ファーザーをさがせ 1
「いやいや、危なかったな。もう少しでアウトだった」
「もう少しどころじゃないわ、ほぼアウトよ? 矢印出して隠しておいたけど、危うくシィちゃんにゲーム放り出されるところだったわ」
綿のはみ出たカウチに座り、シャイナが俺をにらみ付けている。
「フチオミ君には、行動にあとちょっとの慎重さを要求するわね。着替えの時はともかく、非装備の状態でシィちゃんの前に出ないこと。次やったら、私が直々に成敗しちゃうわよ」
枯れ木のような指をポキポキさせるシャイナに、俺は重々承知と頭を下げた。
「ああ、俺だって二度とヘマは……っていうか、とにかくあんな事で〈積み〉になるのは困るからな。二度とやらねぇよ」
そうなんだよ。
昨日の晩は抑圧された何かをもてあましすぎて、少しばかり行動が軽率になった。
ちょい考えてみればわかる話だが、お持ち帰りや蜘蛛の糸を回避したところで、俺が全裸でシィと遭遇しちまったら何の意味もねえ。
俺は危うくリアルに帰る可能性を、自分の手で潰すところだったわけだ。
くわばらくわばら、恐ろしきは肉の欲望なりや。
「それじゃあ今日から心を入れ替えて、真面目にクリア目指すとしますか」
俺は壁際のスツールに腰を下ろすと、そろそろ見なれてきた燦々と輝くシャイナのゾンビ面を正面から見据えた。
「てことでシャイナさんよ。ちょいと相談に乗ってくれ」
「何の相談かしら?」
俺は二階を、ただいま朝寝を満喫中の我らが主人公、シィの部屋を指差す。
「あいつに、どうやってメインシナリオを進ませたらいいか、だ」
「どうやって? 変なことを聞くのね。普通に進めたら駄目なの?」
「それが上手くいきそうなら、悩んだりしねぇよ」
俺は順を追ってシャイナに説明する。
シィ、というか、その中の人である司は、俺と違ってオーソドックスな和製ゲームのファンだ。
あいつもゲーム好きだし、それなりに数を持ってるが、いわゆる超大作RPGだとか、美形武者による無双ゲーとか、そっち方面がほとんどなんだ。
最近はだいぶ事情が違うが、和製ゲームってのはいわゆるシナリオゲーが多い。ゲームのシステムや自由度よりも、シナリオやキャラの方に重点を置くんだな。
味のある深いシナリオ、特徴がある尖ったキャラの方が好まれるのは、日本ゲームの伝統と言っていい。俺も嫌いじゃない。
片や俺が取り込まれたこのゲーム、FO3ってのはバリバリの洋ゲーだ。
システム、背景、個々の要素は物凄く作り込んであるが、一方シナリオはずいぶんとあっさりだ。和製ゲームから考えれば淡泊どころか、拍子抜けレベルと言っていい。
というのも、こいつはガバガバなストーリーでどれだけ自分らしくプレイできるか、を楽しむゲームなんだよ。
で話を戻すが、司はストーリー派で、はっきり言ってこのゲームとの相性は悪い。主人公に主体性を要求してくるもんだから、下手するとストレスになりかねん。
どこがストレスかって? 例が必要なら、この町に最初に来たときの事を思い出せ。
司のやつ、わざと保安官を怒らせる選択して、村人を虐殺してただろ?
シャイナのおかげで爽快なスプラッタショーになったが、もしシャイナがいなかったらどうなった? 間違いなくシィは逆襲されて死亡、つまりゲームオーバーになったはずだ。和製ゲームで最初の町の会話をミスっただけで何度も殺されてりゃ、ストレス溜まるだろ。
おまけに、その手のストレスの種ならシナリオに腐るほどあるんだぜ。
これが和製ゲームなら、絶対「意味わかんねl」って言われる。クソゲーって言われても仕方がない。
しかし思い出してくれ。このゲームは世紀末ゲームなんだよ。
怒らせても問題ない。実力で黙らせてやればいい。仲良くするも、皆殺しにするも、そのどっちを取るのもこのゲームでは自由なんだ。
あんまり自由の幅が広すぎて、プレイ次第では周囲が丸ごと敵になる事もある。
周囲全てが敵のRPG。そんなの、司が普段やってるゲームならウルトラハード、いやインフェルノモードって感じだ。しかもシナリオがガバガバで特に深みがないんだぜ? 絶対に途中で投げるだろうな。
それにゲーム内の俺には、あいつがなんで俺のゲームをプレイしてるのか、その状況がさっぱりわからん。訊くわけにもいかん。
もし暇つぶし程度に始めたのなら、軽度のストレスでも進行が危ぶまれる。
「というわけなんだよ。正直、今までプレイし続けてるのが不思議なくらいだ」
「それは……そうね。私には当たり前すぎて気づかなかったわ」
シャイナの意外そうな表情に、俺は心中ため息をついた。
そりゃまぁ、ここは世紀末ですから。気づかなくても仕方ない。
「メインは、丁寧に進めてもリアルで十時間あればクリアできる。問題はその間、どうやってシィにストレスを感じさせないか、だ」
「……そうね、できるのは、揉め事の種を先に叩きつぶしておく、ぐらいかしら」
俺は真剣な顔のシャイナに、苦く笑いかけた。
「そいつは何とも世紀末的だな。……とはいえ、それが唯一の回答のようだ」
「モンスター相手なら私が頑張れるわ。でもシナリオについてはフチオミ君、あなたにかかってるのよ? 私は外からこのゲームを見た事なんてないんだからね」
「その通りだ」
俺たち二人は、そのまま談話室のテーブルを囲んでしばらく黙っていた。
「これしかねぇ、か」
そう言って俺が顔を上げたのは、その日の昼が過ぎた頃だ。
場所はいつもの談話室。テーブルを囲むのは、俺とシャイナ、ヒャハ子はテーブルの下で遊んでいる。いるのはこの三人だけだ。
シィは経験値稼ぎに一人で狩りに出ている。
……あいつ実はレベル上げ職人だったらしい。てっきりヌルゲーマーだと思っていたので、ちょっと誤解していたな。
「朝のこと?」
カウチから気だるげに身を起こすシャイナ。
「ひゃっはー?」
(なんのこと?)
そう言ってテーブルの下から顔を出したのはヒャハ子だ。
俺は二人に向け、神妙な顔で話し始める。
「いろいろ俺なりに考えた結果、メインシナリオはある程度端折って進める事にする」
「端折るの?」
「そうだ。このゲームは自由が売りだからな。目的地さえわかってれば先回りができる」
実際タイムアタックプレイでは、必要最小限のイベントだけクリアする事でクリア時間を短縮する。前にも言ったが、その世界記録は十九分だ。
「とはいえ、もう一つの目的がある以上、タイムアタックみたいな事はできん。ストーリーも繋がらんしな。だから、端折るのは露骨に無駄な部分だけだ」
「露骨に無駄……例えば?」
俺はシャイナに玄関を指し示す。
「無駄なレベル稼ぎと、無駄な情報収集。例えばこの町の酒場のオヤジだ」
「……ああ、あいつ」
「ヒャッハー! ひゃはひゃっはー!」
(あの人! がめつい嘘つき!)
二人の同意が得られたのでちょびっと解説しとく。
メインシナリオの大目的は、主人公の父親をさがすことだ。主人公はいろんな人物と会話することで行き先を知るのだが、その発端となるのがこの町「ボムシティ」の酒場のオヤジだ。
ところがそのオヤジというのがとんだ食わせ者で、会話をよほど慎重に進めない限り、情報量だけせしめて何一つ情報を寄こさない。
世紀末によくいる、せこい悪党ってやつだ。
正直会話のストレスも半端ないし、目的地は俺が知っているのでスルーするに限る。
「旅立たせるだけなら、シャイナがメッセージを弄ればできるだろ? とりあえずは、最初の目的地を目指そう」
「最初の? どこ?」
「中央要塞さ。あそこに行かないと、次のヒントにたどりつかねぇ」
「ひゃはー!」
(怖い場所!)
俺が地名を出したとたん、ヒャハ子は頭を抱えてテーブル下に引っ込んでしまった。
中央要塞ってのは、この町から南に三十マイル以上離れたところにある砦だ。
砦という以上は軍隊、というか、軍隊のなれの果てというか、とにかく厄介な連中が居座ってるんだが、主人公の父親を探す上で欠かせない中継地になっている。
「中央要塞にはいろいろ古い資料があるし、役に立つ装備も置いてある。もう一つの目的のためにも、あそこにはぜひ行っておきたい」
「……でもフチオミ君、中央要塞のまわりは都市廃墟群よ。いきなり激戦区にシィちゃんを連れて行っても……」
「そこはそれ、俺とお前でカバーする。俺は頭脳とチートとMOD知識で、お前は戦闘経験で、シィのやつをヌルゲー気分で案内するんだ」
「そう上手くいくかしら?」
「ま、泥船に乗った気でいてくれ。どのみち一蓮托生、沈むときは一緒だ」
シャイナが露骨に苦笑いを浮かべる。
「運命共同体ってわけ? いつから私たち、そんなに親密になったのかしら?」
それに対して、俺は精いっぱいの皮肉な笑顔で答えてやった。
「お前が、俺をここに連れてきたときからさ」
「ヒャ、ヒャッハー?」
(あたしも、一緒に行っていい?)
頭半分だけテーブルから出して、ヒャハ子が下から俺を見る。モヒカンが目立って、ザックリ怖い感じだが、俺はその頭を撫でる。
「お前は俺の仲間だろ? どこ行くにも一緒に決まってる」
「ひゃっはぁぁっ!」
(やったぁぁ、支度する!)
テーブルの下から器用に這い出すと、武器ロッカー目がけてトテトテと走っていくヒャハ子。見た目はともかく、その行動は癒し系だ。
「さて、そうと決まれば頼むぜシャイナ。システムメッセージでシィを呼び戻せ。出発は早い方がいい!」
「まったく。主人公使いが荒いのね、フチオミ君は」
そう言ってかすかに微笑んだシャイナの顔から、俺はふいっと顔を反らした。
見えてないからな。一瞬たりとも、可愛いくなんて、絶対に見えてないからな!




