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世紀末生活向上委員会 5


 よぉ、全国一万五千人(推計)のリョナゲー愛好家諸君。今日も元気にリョナってるかい?

 ちなみに俺は締め上げられている。もう口から内臓出る寸前だ。


 あ? リョナが何か分からんだと?

 十八歳超えたら、近くの一見優しそうなゲームマニアに訊いてみるといい。たっぷり三時間は語ってくれるから。

 もっとも俺は十七歳だが。

 

 ともかく、俺は今、巨大ムカデに絡め取られている。うっかりするとトラウマが再燃しそうで、別のこと考えないと精神が持ちそうにない。


 このムカデが配置されてるのは、三階の下り階段前。ちょっとした中ボスだな。


 「はやくたすけろぉぉぉぉっ! あっ、らめ! そっち締めたら(中身)出ちゃうぅぅ!」


 俺の身も世もない悲鳴に、ヒャハ子とシャイナがムカデに詰め寄ろうとする。んだが、毒腺付きの尻尾、よく考えりゃムカデの尻尾ってどういう事だ? とにかく尻尾に阻まれて前進できない。


 「はい、ぶしゅっといきまーす!」

 後方で構えてたシィが宣言し、シャイナとヒャハ子が揃って飛び退く。


 毒々しい殺虫成分が噴射され、ムカデが身もだえする間もあらば、紫の水風船となって破裂する。もちろん、俺は全身に生臭いシャワーを浴びるはめになった。


 「げほっ! そいつはできれば、あとに取っててほしいぜ!」


 俺は這々の体で粘液だまりから抜け出すが、誰一人助けに寄ろうとしない。

 くそっ、世の中世知辛いぜ。


 「これで三層、残り二層ね」

 シャイナが俺を生ゴミを見る目で見ながら、静かにうなずく。


 「ひゃっはー!」

 (いこう!)


 ヒャハ子なんか露骨に鼻をつまんでいる。


 「おまえら……いつか見てろよ」

 怒りに震える俺の横を、無表情にシィがスタスタと通り抜けると、階段を下っていく。


 とりあえず合流しながら、俺はシャイナに顔を寄せた。


 「ちょっと、もう少し離れてよ」


 「うるせぇゾンビ女。ところで、さっきからシィがスプレー撒いた回数わかるか?」


 「通算八回。あと二回分ね」


 やっぱりこいつも数えてやがった。


 この仕事の初心者殺しポイントはスプレーの消費回数だ。

 一応、本家のダンジョンと敵構成が同じこのダンジョン、まともに進んでいくと、合計十二グループの敵と遭遇することになる。

 最初からバンバンとスプレーを使っていたら、強敵のラスト二グループを残してスプレーが切れる計算だ。

 腕に憶えがあれば通常武器での突破も難しくないが、一撃必殺の装備が残っているに越したことはない。それに……


 「ラス一の巨大クモは速攻で倒したい。わかるな?」


 「……フチオミ君。巨大クモの行動に何か細工したのね?」


 「ああ、リョナゲー愛好家として、どうしても外せなかったんだ。〈捕縛脱衣MOD〉を」


 とたんに腕力最大のツッコミが俺を襲う。

 「あっきれた……どういう趣味してんの!」


 階段をゴロゴロと転げ落ち、踊り場にひっくり返りながら、俺だって自分の迂闊さを呪っていた。


 かの「お持ち帰りMOD」と双璧を成すヤバイ系MOD「捕縛脱衣」。

 簡単に言えば、相手を絡め取る(スネイル)属性のある敵に、一定確率で防具を剥ぐ攻撃を許可するMODだ。

 単体では特に問題ない。

 デフォルトなら下着が、それも色気まったくなしの奴が鉄壁のガードになる。しかし今、この世界には全裸MODが適用中。そんな状態でシィが捕まって、何かの拍子にアーマースーツを剥がれでもしたら……あの恐怖再びだ。


 「自業自得って言いたいけど、そうも言ってられないわね……」

 踊り場に立ち止まり俺を足蹴にしてから、シャイナが唇を噛む。


 「だからお願い、先行して蹴散らしてくれ」


 「はいはい、主人公使い荒いんだから。ま、元主人公だけどね」


 言葉を交わし終えるや、階段の手すりから身を躍らせるシャイナ。

 さすがは元主人公、隠身持ちの素早さ100%越え。足音一つ立てずに着地し、そのまま物陰に消える。


 「ひゃっはー?」

 (たてる?)


 「おう、あ、ありがとなヒャハ子」


 ヒャハ子の差し出した手にすがりながら、俺はちょっとだけこいつのことを考える。

 戦闘では純然たるヒャッハーだが、それ以外ではわりと、いやけっこう優しい。ちょっと頭の軽いところがあるが、それ以外では申し分のない相棒だ。


 「なぁ、ヒャハ子」


 「ひゃっは?」

 (なに?)


 二人でシィを追いかけながら、俺はヒャハ子に問いかける。


 「なんで、俺を気に入ったんだ?」


 「ひゃっはぁ、ひゃっはー♪」

 (それは……ひみつ♪)


 はぐらかされてしまった。


 何だかわからん事態だ。そもそも、このゲームに敵モンスターを仲間にする機能はないし、それ系のMODを入れた憶えもない。そもそも自発的についてくるNPCには、ちゃんとそれに付随するシナリオがあるのが普通だ。

 ましてや、俺は主人公ではなくフッチー、仲間とはいえ脇役だ。何らかのシナリオが発生してるとは考えにくい。


 「まぁ、いいさ。細かいことは気にしてもしょうがない」


 「ひゃっはー!」

 (そうそう!)


 先行するシィの松明目がけて、俺たちは走った。




 「おまたせ」


 物陰からシャイナがそっと現れたのは、俺たち一行が五層目に到着した直後だ。

 さりげなく一行に加わり、平然と歩くシャイナに、俺はこっそりとささやく。


 「首尾は?」


 「聞くまでもないでしょう? 途中で敵にあった?」


 「いや、見事に死骸の山だけだった」


 「ふふん、元主人公の本気、舐めてもらっちゃ困るわよ。ついでにこの先も偵察もしてきたわ」


 「で? あれは?」


 「はぁ……フチオミ君の悪趣味さがよくわかったわ。迷い込んだNPCが一人、ちょっとひどい目に合ってたけど、隠蔽してきたからご心配なく」


 「助かる」


 「お風呂のためよ。安い物だわ」

 そういうシャイナに、俺は微妙な眼差しを向ける。


 いやまぁ、ゾンビに見えるのが俺だけってのはわかるんだが……やっぱり光るゾンビがお風呂を心待ちにしている図というのは、何度見ても違和感しか湧いてこない。


 俺たちは曲がりくねった通路と、吹き抜けのフロアを抜けて、ついに浄水設備のメインコンソール室に足を踏み入れる。


 そこかしこにやたらでっかい蜘蛛の巣が張っているが、肝心のクモの姿はない。暗い足下をよく見ろと、クモの足が散らばり、その合間に衣服の切れ端が見える。

 シャイナが偵察と称して何をしていたか、如実にわかる光景だ。


 グッジョブ、シャイナ!


 「あとはあのスイッチを押すだけね」

 シャイナが指差す先に、一つだけ赤ランプのついたスイッチがある。あればっかりは「主人公専用」の属性付きなので、シャイナにも押せないようだ。


 この手のゲーム初心者のシィのため、シャイナの差し金かスイッチには「TARGET」の文字が光っている。


 「んー、このスイッチ押したら終わり?」

 シィはまんまと誘導され、スイッチをポチリと押し込んだ。


 部屋に光が溢れる。施設中の蛍光灯が息を吹き返し、俺の心理的な重圧が無くなる。ああ、明るいって素晴らしい!


 「ん?」

 なんだ、地面に変なシルエットがあるぞ? ○が二つに八本の直線……


 「やべっ!」


 上を見あげれば、そこにはやはり巨大グモ。

 それも巨大変種という、通常個体より五割り増しに膨らんだ奴が、照明をバックにこちらを睨んでいる。


 「片付けたんじゃなかったのか!?」


 「見落としぐらいあるわよ!」

 そう言いながらも、シャイナの行動は素速い。

 コンバットナイフ片手に瓦礫をよじ登り、クモを攻撃できるポジションへ移動する。


 「ひゃっはぁ! でっかいクモだぁぁぁっ!」

 ヒャハ子も素速く棍棒を構えるが、天井が高すぎて狙えないようだ。


 我らがシィも気がついたようで、ポケットを探って〈爆殺スプレー〉を取り出し……

 その時、クモの複眼がいっせいにキラリと光る。


 「! みんな避けろ!」


 俺はいち早くダッジロールにはいるが、他の三人は一瞬反応が遅れた。

 たちまち複数本の蜘蛛の糸が発射され、シャイナ、シィ、そしてヒャハ子までをも絡め取る。


 「しまったわ!」


 「ひゃっはぁぁ!? の、望みが絶たれたぁ!?」


 「ちょ、え、なにこれ動けないし!」


 そのままスルスルと引き上げられて行く三人を前に、俺は盛大に歯がみする。

 「しまった! このままじゃまずい!」


 とっさにポケットを探ったが、悲しいかな後衛の荷物持ち、拳銃はおろか遠距離攻撃のできる武器はなにも持っていない。

 そんな俺の足下に、カツンと音を立ててスプレー缶が転がってくる。


 だがしかし……

 「やっぱり拾えねぇ!」


 何度つかもうとしても、俺の指はスプレー缶をすり抜ける。

 この手のイベントアイテムは総じて「主人公専用」だ。脇役フッチーに使えるようにはできてない。


 「何か手は……」


 「きゃぁぁぁぁっ!」

 悲鳴に顔を上げれば、糸に巻かれたシャイナのレザーコートが破け始めている。

 こいつはピンチだ! いや、俺的にはゾンビの生肌に思うところはないが、シィの画面には美女で表示されてるだろ? 幸いシィの死角になってるとはいえ、一度脱衣させられたら、対象は次に移るわけで。


 「ひゃっはぁぁぁっ!? 離せこのやろぉ!」


 ああ、ヒャハ子の世紀末ファッションがビリビリのボロボロに。


 頭上から、取れたトゲ付き肩バッドやら何やらが振ってくる。最後にヒャハ子の手から棍棒が滑り落ち、俺のどたまを直撃した。


 「いってぇぇっ! ……そうだ!」

 俺はひらめいて、その棍棒を拾い上げた。

 長さは野球のバットぐらい。ちょっと短いが、しかし充分使える。もちろんクモには届かんが、リアル極めたこのゲームならではの使用方法がある! 


 蜘蛛の巣から、アーマースーツにヒビが入る、パキパキという音が響き始める。しかし俺は何度も上下を見比べ、棍棒をゴルフクラブよろしく振りかぶる。


 「とっどけぇぇぇぇぃ!」


 気合い一声、俺は棍棒を振り下ろした。

 その先端とスプレー缶が触れあった瞬間、パキンと音を立てて、スプレー缶が飛び上がった。


 見たか! 直接触れられなくても、使用できなくても、物体を通してなら接触できる!


 缶は壁面に一度はね、また飛び上がり、俺の予想通りのコースを描いてシィの手に収まった。


 伊達に累積プレイ千時間以上じゃないぜ? 物が壁に跳ね返る軌道なら、十手先までお見通しだ。これができなきゃ、手榴弾を狙い通りに投げられんしな。


 「やっちまえ! シィ!」


 「装備できたし……それ、ぶしゅー」

 若干気の抜ける返しではあったが、シィの声と同時に、二回分の殺虫ガスが室内にばらまかれる。


 クモは、キュルキュルと不気味な声を上げたかと思うと、たちまち特大の破裂音を立てて爆散。あとには黒く粘ついた粘液が……


 「へぶっ!」


 俺は天井からの粘液の雨に打たれ、がっくりと肩を落とした。



 ああ畜生、結局最後はこうなるのかよ。

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