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世紀末生活向上委員会 4


 CMにいってる間に五回は死んだぜ。

 どうも、俺だ。

 

 シィの奴の狙いが適当すぎて、重傷どころか死亡まで何度も到達したが、かろうじて俺たちは二つ目のお手伝いも達成した。

 もう気づいていると思うが、このゲームには味方誤射、フレンドリーファイアがあるからな。銃持った仲間の前に立つんじゃねぇぞ?

 しかし、俺たちとか言いたくないぜ、ほとんど俺だ。


 

 でもって、ついに三つめのお手伝いにたどり着いた。


 マリーが毒々しいペイントのスプレー缶を持ち、薄い胸を張って熱弁を振るっている。


 「というわけで、これが私の開発した〈巨大昆虫撃退スプレー〉よ。これさえあれば、巨大アリから巨大カマキリまで、あらゆる巨大昆虫を追い払うことができるわ! これぞ叡智の結晶! 人類は巨大昆虫の恐怖から解放されるのよ!」


 その巨大昆虫、生みだしたのは人類の最終戦争だったりするんですけどね。


 俺は彼女の手に握られたスプレーを、複雑な表情で見ていた。

 俺は知っている。彼女の手に握られているのは、断じて〈撃退スプレー〉などではない。

 俺は幾度となくこの仕事をクリアした歴戦のプレイヤーだぞ? そのスプレーの手書きラベルがとんだ嘘っぱちな事ぐらい、とうの昔に経験済みだ。

 じゃあ何スプレーかって? それはほれ、これから使えばわかることだ。


 「シィちゃんたちには、これのテストを頼みたいの。この町の地下に昔の浄水場があるんだけど、今は巨大昆虫の巣になってるのよ。もし追い払えたら、今よりもっと浄水能力がアップできるから、町は助かるわ」


 キタァァァァッ!

 俺は心の中で快哉を叫ぶ。


 実は今のセリフ、ゲームオフィシャルのセリフではない。自宅改造MODのオリジナルだ。

 MOD制作者には、かなりの数の「整合性マニア」がいる。この世紀末の現実を変えないまま、いかにしてゲームを自分好みに改造するかに腐心する連中だ。

 俺もその一人だが。


 とにかく、水か貴重品の世界で、どうやって二十四時間三百六十五日使える大浴場を実現するか。その答えが今のセリフというわけだ。


 本来なら、三十マイル先の下水道跡地に行かなくてはいけない仕事を町の地下に持ってきて、ついでに浄水場修理と連結させる。豊富な水と世紀末の現実との、完璧な整合といえる。

 まさに匠の仕事だ。


 「スプレーは十回分ぐらいだから、使い切ったら報告して。地下への入り口は、うちの店の裏にあるから」


 「よし、行くぞみんな!」

 こうしてシィの無表情の気合いを合図に、俺たちは地下浄水場跡地へと降りていった。




 「ずいぶん深い施設ね……」

 松明を手に進むシャイナが、ポツリとつぶやく。


 「そ、そりゃ、念入りに調整を施された、お、お手製ダンジョンだからな……この先、ま、まだ五層ぐらい、あ、あるぜ」


 「……フチオミ君。何震えてるの?」


 シャイナの松明に照らし出された俺は、みっともなくも肩を震わせ、膝をガクガクさせて壁にすがりついていた。

 「だってほら、く、暗いし狭いじゃねぇか! しょうがねぇよ!」


 「ふっちー、ひゃっはぁ?」

 (ふっちーは暗いの怖いの?)


 後ろからヒャハ子が抱きついてくるが、俺に反応する余裕はない。

 ああそうだ、認めるよ。

 俺は暗所恐怖症なんだ。狭いのは仕方ないにしても、暗いのはマジで勘弁してほしい。その昔、ばーちゃんの家で納屋に閉じこめられて以降、全力でトラウマなんだよ!


 「また仲間の反応鈍いし……三人とも置いてくよ?」

 先頭をいくシィが、こちらをふり返って声を張り上げる。


 「ほら、シィちゃんが呼んでるわよ。……あのさ、暗いダンジョンなんてこの世界いくらでもあるのに、フチオミ君ってどうやってクリアしたの?」


 「いやそれは、モニター越しだったからな……輝度上げたりとか、暗視ゴーグルとか……」


 「……呆れた。とんだプレイヤー様ね」

 シャイナがため息を吐いて、シィに合流する。


 後衛たる俺とヒャハ子も、リスポンでぶっ飛ばされる前になんとかシィに追いついた。


 しかしまぁ、画面越しとはこうも雰囲気が違うものなのか。

 恐怖心をなんとか追い出してみれば、このダンジョンの内装はとても素晴らしい。


 長い間使われていない地下施設。

 壁は湿ったコンクリート、床には錆びて穴の開いた鉄板。ポタポタと水が滴り、天井に走った配管は、カビや謎の物体でドロドロに覆われている。

 この世界に来てから幾度となく味わった、滅びの美がここにもある。


 もしリアルの世界が滅びたなら、きっと俺の町の地下にもこんな場所ができるのだろう。


 「さて。お目当ては虫退治と、五層目の奥にある浄水装置の再稼働なんだが……」


 このダンジョンは、浄水施設と水源である昔の下水道からなっている。

 何層目、というのは施設側から見た呼び方で、まぁだいたい階段を何階下りたか、だな。


 「迷いやすいから慎重に……って、シィに聞こえるはず無いか」

 俺は頭を振り、ズンズン先へ進んでいくシィの後に続いた。




 それは階段を一階下りたところで聞こえてきた。


 かさかさ、ゴソゴソ。


 「……お出ましだ」


 「敵の内容は?」

 シャイナが訊く。


 「だいたいは巨大昆虫だな。アリ、クモ、それと…………ムカデだ」


 一瞬、核シェルターでの嫌な思い出がよみがえってしまい、ガクブルと震えが走ったが、今は怖じ気づいてる場合じゃない。


 「念のために訊くけど……」

 シャイナがナイフを構えて身を伏せ、俺にふり返る。


 「特殊な昆虫はいないのね? あれ(・・)とかそれ(・・)とか」


 「安心しろ、そこまでこのMODは心折(しんせつ)設計じゃねぇ。ま、ちょっと巨大変種ぐらいはいるが」


 「それは安心、ねッ!」

 音が通路を曲がった瞬間、シャイナがシィの横を飛び出した。


 俺たちが松明をかざして追うと、小部屋の入り口になった場所でシャイナが巨大なアリと格闘している。


 ちょっとした大型犬ぐらいもあるアリだ。

 これぞ世紀末名物、巨大昆虫だ。汚染により変異した虫のなれの果て。モンスターとしては初級から中級に当たる。


 「シィちゃん! スプレー!」

 アリの大アゴをコンバットナイフで受け止めたシャイナがシィに叫ぶ。


 シィがポケットに手を突っ込んでスプレーを探す間、俺とヒャハ子は周囲を警戒する。

 巨大昆虫で何が怖いって、まず単体で現れることが無いって点だ。一匹見たら十匹いると思っていい。


 予想的中。側面の通路奥からアリが数匹沸いてくる。

 「ヒャハ子!」


 「ヒャッハァァァァッ! 新鮮なアリだぁぁぁぁぁっ!」

 かわいい雄叫びを上げ、棍棒片手に嬉々としてアリに突っ込んでいくヒャハ子。なぜか知らんが、固有名詞が絡むとヒャッハー以外も出るんだよなぁ。

 ま、こういうときはいると助かるね。俺以外に戦力がいないと、シィの防御役がいなくなる。


 んべっ!


 いきなり後方の暗がりから、粘ついた液体が俺に降りかかる。レザーコートの表面にシュワシュワと泡が発生した。


 「こいつは……酸だぁぁぁっ!?」


 いやいや、気を抜いててすっかり忘れてた! アリの攻撃って噛みつきが基本なんだが、遠距離攻撃で酸を吐くこともあるんだよ。

 もっとも防具履いてれば、すぐに致命傷にはならない程度なんだが。


 「シィ急げっ!」

 言いながら俺は、意を決して暗がりに吶喊する。

 幸い、酸アリは一匹しかいない。いくら俺がフッチーで、いくらレベル一桁でも、アリ相手に負ける道理はない!


 「くったばれやぁぁぁっ!」


 俺はコンバットナイフを逆手に構え、アリの頭部目がけて振り下ろす。

 かりぷすっ、と薄い皮を突き破って、刃がアリのハシゴ状神経系を切断する。


 その直後。


 「出た! ぶしゅーっと!」

 シィがスプレー缶を構え、一面にふりまく。


 効果は絶大だった。


 ばん、ばん、ぺん、ぱぱぱん。

 軽い音を立てて、周囲に群がっていたアリ共が相次いで破裂する。


 「よっしゃ! マリー謹製〈巨大昆虫爆殺スプレー〉! こうかはばつぐんだぜ!」


 俺はナイフを引き抜きながら、思わず喜びの叫びを上げた。


 そう、あのスプレーは断じて〈撃退スプレー〉ではない。

 超がつくほどの殺虫成分が入っていて、虫系モンスターならどんな敵でも爆殺できるって代物だ。それこそ最上級の奴でも一撃。

 マッドサイエンティストにありがちな、作りたい物と違う物ができてしまったシュチュエーションの好例だな。


 勝ち誇る俺の横をスプレーの霧が抜け、今しとめたアリにも降りかかる。


 「はっ!?」


 気がつけどすでに遅し。

 アリの死体が爆裂し、俺に白濁した内容物が降りかかる。


 「えぶっ! く、口に入ったっ! 気持ち悪ぃ!」


 ……そうなんだよ、これ、死体に降りかかってもドッカンいくんだよね。

 画面で見てたときには「汚ぇ花火だ!」とか喜んでられたんだが、実際やられるとただ迷惑なだけだ。


 「くっそ、ずぶ濡れじゃねぇの……」


 「こっちもやられたわよ。とんだスプレーね」


 「ひゃ、ひゃっはぁ」

 (べ、べちょべちょだぁ)


 白いの体液にまみれた三人が、シィのところに集まる。


 災厄の中心は相変わらず無表情で佇んでいるが、動かない口からはクスクスと笑う声が漏れている。

 「くすっあはっあはははははっ! 何これ超面白い! まるで汚い花火みたい!」


 ああ、俺もこんな感じだったのか。


 それにしても、こいつだけ粘液が一滴もかかってないのが腹立たしい。

 横のゾンビだのヒャッハーだのはいい具合に白濁液まみれなのに、唯一の萌えどころだけは無傷ときたもんだ。ビジュアル系イジメとしては、ターゲットがピンポイント過ぎて文句も言えない。


 「さあみんな、ズンズン進もーか!」

 まったく顔を動かさずに拳を振り上げる主人公に、仲間三人粘液まみれで、全員げっそりしたままついていく。


 全て終わったら……一番風呂は俺のもんだ。

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