世紀末生活向上委員会 3
答え、十七回。
何の答えかって? そいつは一つ前を見てくれ。
とにかく、十七回だ。その回数、俺は汚染された水に沈んではよみがえり、よみがえっては沈みを繰り返した。
一回につき十秒、外傷ではないので苦痛はさほどではないんだが……なんていうか、飛び込むたびに人間として大切な何かを失っていく気がする。
正直精神的には、もうお婿にいけない。
そしてこれは、十八回目のトライだ。
「問題は、フチオミ君が自力じゃ上がれないことなのよね」
冷静そうに顎に手を当て、シャイナがつぶやく。
まて、十八回目にしてようやくその考察ですか? 俺は五回目には気づいてた
ぜ?
汚染状態ってのは、平たく言えば毒状態だ。
人間の汚染許容限界、つまり毒の蓄積限界を1000ポイントと考えて、100刻みで段階的、かつ割合的にペナルティが加算される。
この割合的ってのがミソで、つまり死亡扱いになる体力0%状態ってやつが、ピッタリ限界点になるようにペナルティがかけられてる。
あ、ちなみに、体力ってのはいわゆるヒットポイントとは別だぞ? パラメータの一つだ。
この世界の死亡には、直接のヒットポイント喪失死と、体力0%死って二つのカテゴリーがあるからな。
単純に分けると、身体の物理的な耐久度がヒットポイント、身体の生理的な耐久度が体力だ。ヒットポイントが攻撃されて減るなら、体力はペナルティで減らされる。
過度の睡眠不足、空腹、汚染などによって体力パラメータが0になると、ヒットポイントがどんだけ残ってようが即死だ。
問題は体力パラメータが、同時に筋力にも関わってることなんだよ。つまり汚染で体力が半減すると、それに伴って筋力も低下するんだ。
例えば体力半減になると俺なら体力15%の半分、体力7.5%を元に筋力を計算することになる。
体力7.5%の筋力ってのは、だいたい小学三年生の平均と思ってくれ。
さて問題だ、小学三年生の腕力で、十九歳の体重を川から引き上げられると思うか?
答えはもちろん否だ。
まったく力が足りねぇ。つまり川に突き落とされて五秒後には、俺は自力ではい上がる力を失ってるわけだ。あとは沈むしかない。
と長々考察したのはいいが、問題は解決してないぜ。
「どうやってはい上がらせようか……」
「上手くいかないなぁ、もう一回突き落として……」
とにかく、主人公と光るゾンビの脳筋シスターズをどうにかしてくれ。
あいつら考えに詰まるたんびに、俺を川に突き落としやがる!
「ひゃっは?」
くいくい。
ん? ヒャハ子が俺の袖を引いてくる。
心配そうに見上げるヒャハ子の手には、どこから拾ってきたのか、ちょっとした長さの鎖が握られていた。
ヒャハ子はそれを俺の手にぐるぐる巻きにすると、端っこを持つ。
「……なる、こいつは名案だ」
っていうか、何で誰も考えつかねぇんだよ! 簡単な解決方法だろう? 自力で上がれないなら、他が引っ張ればいいじゃないの!
「ヒャハ子、俺が今だ、って言ったら引き上げろ」
「ヒャッハー!」
(わかった!)
ヒャハ子の頼もしい返事のもと、俺は頭を抱える脳筋シスターズを放っておいて川に正対する。
これで最後にするぞ俺。これも全て、今後の健やかな世紀末生活のためだ!
「南無三!」
俺は飛び込んだ。相変わらずの不快感と熱感が俺に染み入ってくる。
耐えること五秒で、もう俺の体力は十歳児並。到底自力では上がれない。俺は水面に顔を出し、ヒャハ子に叫んだ。
「今だ! 引っ張れヒャハ子!」
「ひゃっはぁっ!」
気合い一閃、真剣な表情でヒャハ子が鎖を引っ張る。
小柄なヒャハ子が全力で引っ張っても、俺の身体はすぐには上がらない。しかし大丈夫、五秒の余裕はそのためにある!
「まぁぁにぃぃぃあぁぁぁぁえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
まぁ、俺が叫んだところで、引っ張るのはヒャハ子なんだがな。
間一髪、九秒八ぐらいで、俺の足が川の水から抜ける。ほぼ完璧なタイミングだ。
しかし汚染ステータスの影響は深刻だった。
俺の目はぐるぐる回っているし、頭痛もひどい。まるでインフルエンザと食中毒と夏風邪をミックスしたような、絶妙の病気感と不快感が俺の意識を混濁させる。
見れば、俺の身体は重度汚染の証、あの緑色の光を放っている。
リアルなら余命1秒ってところだ。これがゲームの世界でよかったとつくづく感じながら、俺は河原の土に力なく横たわった。
もう駄目、もう限界。
……ああ、こうして美少女や美女に看取られながら死ぬのも、悪くないかもしれん。
「ちょ、フチオミ君!」
とびきりの美女が驚いて俺にすがる。
あれ? こいつ誰だ?
「完璧な汚染度……でも無茶しすぎよ! 急いで町まで戻らなきゃ!」
その、どこか見覚えのある美女は、信じられない力で俺を担ぎ上げる。
柔らかな髪、程よい弾力を感じながら、俺は気を失った。
「まぁ、すごい熱ね♪」
俺が意識を取り戻したのは、雑貨店のカウンターの上だ。
「これは最高の状態よ! 今すぐサンプルと、それにインタビューを取らなきゃ!」
俺の横には問題の店長、マリー。そして遠巻きに俺を見守るシィたち三人。
マリーは怪しげな機械を持ち出し、何やら俺の身体にプスプスと針を立てている。ああ、サンプルってそういう……俺はモルモットかよ。
「ねえフッチー君、ちょっとお話聞かせて、今どんな感じ?」
眼をキラキラさせるマリーに、擦れた声で病状を伝える俺。
「ふんふん、頭が痛い、身体がだるい、全身がしびれる……もっとこう、特有の症状はないの? 腕がもう一本生えてきそうとか、巨大化できる気がする、とか」
「どんだけ……汚染に夢見てんですか、アンタは……」
さすがはスーパーヒーローの国アメリカ。こんだけ世紀末になっても、まだスピリットが失われてないんだぜ。
俺の意識は、また闇に沈んだ。
「注射一発、完全回復ってね」
そして俺はケロッと全快した。
紫に光る注射器を手に、マリーがキュートな笑顔を向けている。
「やっぱり戦前の治療薬ってすごいわね。でも、そうそう見つからないし、やっぱりあれね、汚染源に近づかないってのが、唯一の対抗策なのかも」
あんだけ人に無茶させといて結論それかい。
そこだけチュートリアルまんまですか?
「とにかく、これで仕事は完了よ。シィちゃん、終わったわ。ちょっとフッチー君に副作用残ったけど心配しないで」
何だか不穏な単語を織り交ぜ、マリーが三人を手招きした。
相変わらず光るゾンビなシャイナが、俺に駆けよって耳打ちする。
「よかったわねフチオミ君。これで一歩、目標に近づいたわ。それにしても運ぶの大変だったんだから、ちょっとは私にも感謝してね」
ゾンビに至近距離で耳打ちされると、次の瞬間には噛みつかれそうな気がして恐ろしい。
とはいえ、運んでくれたのが馬鹿力のシャイナでよかっ…………あれ? なんか大事なこと忘れてないか? 俺を運んでくれたのはゾンビじゃ……
かぷっ
「うをひゃぁぁぁっ!?」
「ひゃっはぁぁぁぁ!」
(元気になったね! 味でわかるよ!)
いきなり腕に噛みついたヒャハ子を、俺は必死でふりほどいた。
ええい、そのネタはもうええっちゅうに!
ふう、さてシィの奴は何を……
「次の仕事だけど、重症治療の研究をしたいのよ。だから重傷状態のモルモットを――」
「おっけー、フッチーを痛めつけてくるね」
きゃぁぁぁぁぁっ! 乱暴はよしてぇぇっ!
俺の心の叫びが聞こえるわけがない。シィが無慈悲に俺の襟首をつかみ、店の外へと引きずる。
手を振るシャイナとヒャハ子を残して、雑貨店の扉が閉じた。
響きわたるショットガンの銃声。
もう……どうにでもしてくれ。




