世紀末生活向上委員会 2
明くる朝、俺たちはさっそく行動を開始した。
「あれ? システムメッセージが……雑貨屋が、仕事の引き受け手を探しているようだ。なんだろ、これ」
起きてきたシィが、ぶつくさと何か言っている。
俺はシャイナと目配せを交わす。
シィの見ている画面に表示されているシステムメッセージは、本来もっと後に別件で使われるものだ。シャイナが小細工をして、それを今表示させている。
ここで自宅改造の条件を確認しておこう。
条件は三つだ。
1、雑貨屋にて、特定のお手伝いイベント三つを達成する。
2、町の浄水装置を修理する。これには町の各所を回る必要がある。
3、総額二千チップを用意する。
このうち条件3については、この前のヒャッハーマーケットの報酬で達成している。条件2は簡単で、半日もかからない片手間イベントだ。
問題は条件1、雑貨屋のお手伝いだ。
前も言ったが、あの雑貨屋は店長の可愛さに反比例するように、初心者殺し的な仕事を回してくる。自宅改造に必要なイベントには、ヒャッハーマーケットに次ぐレベルの罠仕事が揃っていた。
まぁ、そのほとんどは主人公がひどい目に合う系で、仲間である俺には関係ない。シィのことはかわいそうだが、俺たちのために人柱になってもらおう。
どんなひどい目に合っても、モニター越しなら大丈夫だ。
「ボムスプリット・サプライにいらっしゃい♪」
俺たち四人が扉をくぐると、赤毛ポニーテールの美少女店長が笑いかける。
年中袖をまくった作業着姿で、どんなきつい取引にもめげない笑顔。
田舎の天使を再現したようなこの少女が、実はゲーム制作者の遣わした悪魔の化身であろうとは、大概の初見プレイヤーは気がつかないだろう。
「仕事のリスト見せて?」
「いいわよ、有能なアシスタントはいつでも大歓迎なの」
シィがカウンターに寄り、店長がうきうきと応じる。
この店長、マリーというのだが、雑貨屋の店主とは仮の姿で、裏の顔はマッドサイエンティストだ。
世紀末のマッドサイエンティストというと、過去の技術を操って不幸を振りまいてそうだが、こいつのはちょっと違う。過去ではなく未来に目を向け、今ある技術を使って世界をよりよくしようと奮闘しているのだ。
それだけ聞くとどこがマッドなのかと思われそうだが、実はちゃんとマッドしている。
「それでね、やっぱり汚染の影響を把握しておかないと、治療も対策もできないでしょ? だから、誰かに限界ギリギリまで汚染されてきてほしいの。もちろん、記録を取ったらちゃんと戦前のクスリで治療してあげる」
ほら来た。
普通、影響を調べたいなら野犬なりネズミなりいくらでも手はあるのに、直球で人体実験に走るんだ。倫理観の欠如、な、紛れもなくマッドだろ?
システム的には、つまり汚染状態による能力低下のチュートリアルなんだが、それだってもうちょっとやりようがあると俺は思うぜ。
さて、さっそくシィを人柱に……
「えぇえ? それって汚染源に飛び込んでこいっての? あたしヤダ、パス」
おい待てや! そこで拒否する主人公なんて初めて見たぞ!
「そう言わないで引き受けてくれない? 報酬は弾むわよ?」
「だって何かばっちそうだし。あたしやんない。他を当たって」
まずいぞ。
このゲーム、一度突っぱねた仕事は二度と受けられないんだ!
もしこのまま交渉が決裂したら、最初の一手でさっそく手詰まりになる。夢のプチ豪邸が、そのまま夢と消えてしまう!
その時、シィの横についていたシャイナが、俺に向かって意味ありげにウインクする。任せておけってのか?
マリーが腕を組んで、シィに提案する。
「うーん、じゃ、あなたじゃなくていいから、仲間の誰かにやってもらってくれない? それならいいでしょ?」
「そう、か、それならオッケーだね」
オッケーじゃねーよ! 何でそんな無茶な展開……シャイナ貴様か!
「誰にやらせるの?」
マリーにそう聞かれ、シィが俺たち三人、シャイナ、俺、ヒャハ子を順に見る。
願わくばシャイナを選びますように。だってあいつ、すでに重度の汚染食らったゾンビだし、これ以上どんだけ食らっても大丈夫だし。
「じゃ、フッチー」
「いやっほぉぉぉい! 俺の出番だ!」
(ウソだぁぁぁぁっ! おいシャイナ、お前の差し金か!?)
俺の探るようなギロ目に、シャイナはフルフルと首を振った。
誰が選ばれるかは運だったとでも言うつもりか!? 自慢じゃないが、フッチーの幸運は100%だぞ? こんなところでハズレ引く道理があるかよ!
「それじゃ、フッチー君、かな? 重度の汚染状態になったら店に来てね。待ってるから」
「あ、はい」
茫然自失のまま、俺は笑顔のマリーにうなずいた。
人柱、俺、確定。
「時間もないんで、チャチャッと済ませましょう」
シィとシャイナに引っ張られるまま、俺が連れてこられたのは近所の小川。
見た目に濁ってるわ淀んでるわで最悪なんだが、それより恐ろしいのは、川から立ちのぼる緑の光と、圧倒的な負のオーラだ。
汚染値チェッカーを持ってない俺ですら、近づくだけで肌が粟立つ。
「ちなみに聞いておくぞ、この水の汚染値ってどのくらいだ、シャイナ」
川縁に立ちすくんだ俺は、ぎこちなくシャイナの方を向く。
シィが持つハンドコンピュータをのぞき込んだシャイナは、一瞬げっという表情をしたが、次にはニコッと笑って俺を見た。
「心配しないでフチオミ君、秒間+100カウントってところだから」
「そうか秒間100か、安心……なわけねえだろ! 人間の限界は1000だぞ! 十秒で俺はあの世行きかよ!」
「大丈夫よ、あなたフッチーなんだから。死んでもリスポンして帰ってこられるわ」
「リスポンしたら汚染値も吹っ飛ぶだろうが! じゃあなにか? 九秒九ジャストで川から上がれるまで、延々俺に水浴びをしろと?」
シャイナは申し訳なさそうに笑いながら「そうなるわね、ファイト」と嘯きやがった。
「ふざけんな、もうちょっとマシな条件の――」
「それいけフッチー!」
横でやり取りを聞いていなかったシィが、無表情で俺を川に突き落とした。
「ゴボッ!」
予備動作なしで水中に沈み、俺は何とかもがいて水面に上がろうとする。その間にも、皮膚にチクチクとした痛みが走り、何やら全身が熱くなってくる。
(これが汚染状態かよ! 耐えられないほどじゃないが、死ぬほど気持ち悪い)
数秒で水面に復帰するが、もう手足がだるくて動かせない。
急速に力が失われ、俺は首だけ水から出したまま、ぐったりと水中に漂う。
「フチオミ君、あと二秒!」
シャイナが珍しく手を差し伸べてくれたが、それをつかむ力はもう無い。
「ゴフッ!」
口から血を吐き、俺は水底深く沈んだ。
ちょっといつもとパターンは違うが、これで本日一回目の死亡。
さて、俺はあと何回死ねばいいんだ?




