世紀末生活向上委員会 1
「……デジャブかな」
「ん?」
俺の独り言に、シャイナが顔を上げる。
「たしか、昨日もマカロニだった気がするんだが」
「寝ぼけたこと言わないで。昨日も一昨日も、三食インスタントマカロニだったでしょう? 忘れちゃったの?」
「そうか」
俺は調理すらされてない百五十年前のマカロニを口に放り込み、ガリボリかみ砕く。
「夢だと思いたいぜ」
「残念だけど現実よ。フチオミ君にはね」
ヒャッハーマーケットに突撃を敢行してからはや三日。
パン一切れ、マカロニ一本時代から食糧事情が改善したとはいえ、世紀末は厳しかった。一番安く、そして大量に手に入るインスタントマカロニだけが、俺の食料だ。
これは愚痴じゃないが聞いてくれ。
このインスタントマカロニ、お湯かけて三分で食える代物なんだ。さすがに賞味期限を百四十年ほどオーバーしているが、お湯さえあれば今だってほっかほかのアメリカ伝統料理「チーズ・アンド・マカロニ」が食えるんだぜ?
まったく驚異の食品加工技術だ。
しかしな、これを作った奴は根本的なミスを犯した。
世紀末、浄化された水がどれだけ貴重だと思う?
五百ミリペットボトル一本分の水で、野犬の肉二頭分と交換だ。その水だって汚染物質が入ってないだけで、ぬるくて、臭くて、最高にまずい。
だが、水は水だ。沸かせばお湯にだってなっちまうんだ。
マカロニなんて廃墟を探せばまだまだ手に入る。
だが水はそうはいかねぇんだよ。美味しいマカロニを味わいたければ、貴重な水を手に入れる必要がある。そんな時代が来ることを、この開発者は予想しなかったに違いない。
といって、チーズ・アンド・マカロニが美味いとも、俺は思ってないが。
疑うならこのマカロニをかじってみればわかる。どこまでも塩味。味なんてこれっぽっちもありはしない。
「人間ってのは、炭水化物ばっかり食ってちゃ駄目なんじゃないかな。タンパク質が必要なんじゃないかな」
「何の話?」
「肉は美味いって話さ」
「ひゃっはー!」
(お肉なら、すぐに取ってきてあげる!)
「よせぇぇぇっ! やめろぉぉぉっ!」
ナイフ片手に喜び勇んで出て行こうとしたヒャハ子を、俺はすんでの所で止めた。
「お前らの食料は……だろうがな! そこら辺にいっぱい歩いてるからって、好きに獲って食っていい訳じゃねぇ! お前がお尋ね者になったら、俺は三日間、迂闊に外を歩けねぇ!」
ヒャハ子、つまりモヒカンにとっての新鮮なお肉とは、詰まるところあれだ……ソイレントなグリーン的なものだ。入手方法は簡単で、町にわんさかといる獲物をゴニョゴニョすればいい。
ゴア大国アメリカの自由を体現したこのゲームにおいては、いわゆる二本足の羊の肉はしっかりとアイテム登録されている。
地味に回復能力が高く、汚染除去効果もあるので、初見プレイヤーなら一度は知らずに口にしている食料アイテムだ。
俺は断るぞ。断じて断る。
特にこの、ゲームの名を借りた世紀末な現実で、それを食うことは何としても避けねばならない。俺の精神は清いまま守り通したいんだよ!
そして、それは俺の仲間についても同じだ。古今東西あらゆる法律で、そのお肉を狩る事は禁止されている。もちろんこの町の法律でもだ。
力こそ正義といっても、罪を犯してから三日間は、関係者全員に報復が認められている。いわゆる三日ルールってやつだ。
もし俺の仲間がそのお肉を獲ってきたら、連帯責任で俺まで三日ルールの対象になる。それだけはどうしても回避したい。
「とにかくだ! このままじゃメインシナリオの攻略どころか、俺の頭がおかしくなっちまう!」
「私はおかしくなっても構わないけど?」
「ひゃっはぁ?」
(そっちの方が楽しいよ?)
「うるさいうるさいうるさーい! いいか、俺がほしいのは快適な生活だ! 冷えたコーラが飲みたい! パソコンでゲームをしたい! 俺は、今ここに、世紀末生活向上委員会の発足を宣言する!」
高々と拳を突き上げた俺に、ヒャハ子がきゃっきゃとすがりつく。
絶対こいつ何も分かってない。
「はいはい、委員会でも政府機関でも構わないけど、具体的な策はあるの?」
あきれ果てた様子で肩をすくめるシャイナに、俺は中指を立ててニヤリと笑い返す。
「案ずるな、バッチリだ」
シィが寝ている間に発足した世紀末生活向上委員会(委員三名)の、具体的な最初の活動。
それはずばり、自宅の機能向上だ。
幸い、俺は自宅改造マニアだった。これは前にも話したと思う。
途中でカスタムに行き詰まって、理想の豪邸を別MODで一から作ったりもしたが、幸いなことにこの小屋には、まだ改造MODがしっかり適用されている。
つまり、まとまった金とある仕事の達成を条件に、この自宅の住み心地は劇的に改善できるんだ。
シィをそそのかして条件を達成してやれば、もう階段でヒャハ子と寝苦しい夜を過ごしたり、お湯がないからと塩辛いマカロニをそのままかじったりする必要はない。
目指せビフォー&アフター! 俺のちょっとはマシな世紀末生活!
最初の問題は、どうやってシィをそそのかすか、だ。
「ということで頼む。シャイナ協力してくれ!」
俺は光るゾンビなチームメイトに、土下座して頼み込んだ。
何でかは知らんが、こいつはシステム的な操作ができる。予定にないセリフを喋らせたり、有り得ない指示矢印を出したり。
こいつを口説き落とせれば、目的は達成したも同然だ。
「何で私が、フチオミ君の生活をマシにしてあげないといけないのかしら? 私はどっちかと言えば、フチオミ君に全力で苦労してほしいと思ってるんだけど」
腕を組み、不満そうな表情で俺を見下すシャイナ。
「ふふ、そんな事を言っていいのかシャイナ。俺がいないと、シィの奴はまた同じエンディングにたどり着くぜ。死亡回数プラス1、しかもリトライはないんじゃないか?」
「それは……そうだけど。でも私の力があれば、あなたに力ずくで言うことを聞かせられるとは思わないの?」
そう言ってグイグイ踏みつけてくるシャイナだが、俺に対抗策が無いと思ってもらっちゃ困る。
そう、押して駄目なら引いてみろ。脅しが駄目なら利益誘導だ。
「そうだな、確かにその通りだ。しかし、この自宅を改善すればお前も恩恵に与れるんだぞ?」
「例えば?」
「そうだな……そう、風呂だ!」
「お風呂、この小屋に?」
シャイナが足を下ろす。よし、計画通り乗ってきた。
なにせヒャハ子がチームに参加してこの方、日増しに自宅の生活スメルはひどくなってきている。昨日の晩、お前が寝言で「身体洗いたいわぁ」って言ってたの、俺は知ってるんだぜ。
「まさか部屋の真ん中にバスタブ置いて、はい風呂です、なんて言わないわよね?」
「ふん、そんなレベルじゃないさ。改善が全適用されれば、2DKロフト付きのこの小屋は、地上三階地下一階のプチ豪邸に生まれ変わる。二十四時間三百六十五日使える、汚染なしの大浴場付きで、な」
「汚染なしの……大浴場ですって……」
シャイナは肩をプルプル震わせ、目を見開いた。
「それだけじゃねぇ、チームメイト用の広々とした部屋に、専用のベッドまで付いてくる。どうだ、お前にとっても悪い話じゃねぇだろう?」
俺が伏せた顔をニヤリとさせた瞬間、シャイナはしゃがんで俺の手をガバッと取った。
「素晴らしい、素晴らしいわフチオミ君! あなたって、本当に真の匠ね!」
「だがその素晴らしい自宅も、お前の協力がなけりゃ、ただの絵に描いた餅……やってくれるな?」
「全力で協力させてもらうわ!」
目に涙を溜めた光るゾンビを見て、俺は計画の大成功を確信した。
そう、この時の俺は浅はかだったんだ。




