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突撃ヒャッハーマーケット 5

 「さて、どっから探したもんか……」

 モール入り口を通過、室内へはいるドアの前で、俺は考えあぐねていた。


 手には棍棒と、置き忘れていた荷物から抜いたショットガン。

 持ち物的にはシィの物だが、今の俺には使える。なにせ俺は今、奴の仲間じゃない。いちいち許可なんていらないんだから、使ったって誰も止めない。もちろん、あの「仲間を撃て矢印」だって出ちゃいない。


 いやぁ、気分いいなぁ。


 と、そんな場合じゃない。

 お持ち帰りヒャッハーが、持ち帰った獲物をどこに置くのか。

 だいたいの見当はついているが、いざ侵入するとなると、確証が持てない場所に無策に突っ込むのはためらわれる。


 「拡張されてるから、怪しいのは地下室だよなぁ……でも行くなら、正面を抜けるか、コソコソ横を回るかの二択だしなぁ……隠身抜きだと横ルートは不安極まるし」


 この扉の向こうは、十数人のモヒカンひしめく食料品売り場だ。

 薙ぎ倒された商品棚の上に、モヒカンヒャッハーたちが常時巡回していて、とてもじゃないが正面突破は難しい。


 いやまぁ、不死身のフッチーにゴリ押しできない状況なんてないんだが、撃たれるのは痛いし、リスポン待ちは時間かかるので、できれば清い身体のまま通りたいんだよ、俺は。


 「……となると、答えは一つだ」

 巡回のモヒカン共を、残らず何かに反応させればいい。

 たとえば手榴弾とか、あるいはちょっと危険だが、銃声を立てておいて他へ回るという方法もある。


 「手榴弾は、無いな。ってことは銃声を使うか。いやでも」

 銃声を使う場合、注意しなければならないのは、隠身スキルの有無だ。隠身スキルがないと、銃声を立てても足音で移動先を感づかれる。

 当然、隠身なし、素早さパラメータ壊滅のフッチーには無理だ。


 「手榴弾で無くてもいいんだよ。なにかこう、爆発させられれば……」


 そのとき、俺はふと壁際に目を留める。

 消火器だ。


 あまり目立たないが、消火器は廃墟の至る所に転がっている。

 アメリカ式の、いわゆる二酸化炭素消火器って奴で、弾が当たったりすると爆発し、地味にダメージが入るいやなオブジェクトだ。


 「あれを撃って……いや、それは無理か。銃声で呼ぶのと変わらん」


 あと一押し、何かひらめけば……

 賢さ5%のフッチーでも、考えるのは俺自身なのだから、頭をひねったら何か出てくるはず。


 ……そうか、熱すればいいんだ。

 前にどっかで聞いたことがある。キャンプファイヤーの横に二酸化炭素消火器を置いていたところ、炎の熱で爆発した、と。

 火もとなら、室内にモヒカンが焚き火を用意してくれている。それに向かって、あの消火器を投げるなり転がすなりすれば、万事オッケーという事か。


 「すんなり上手くいけばいいが……駄目ならゴリ押しするまでだ」

 俺は消火器をつかむと、静かにドアを押し開けた。




 食品売り場は幻想的な空間だ。

 150年放置され、見事に腐食しきった鉄骨と、染みだらけのコンクリートが生みだす、退廃的な調和。そこに怪しく揺れる炎と、揺らめくモヒカン付きの人影。


 これで鼻をつくアンモニア臭が無ければ最高だったんだが……


 このゲーム世界に入りこんでつくづく思うのは、臭いが再現できるゲームデバイスを作るべきじゃないって事だ。人間生きてれば、いろんな物を垂れ流す。風景だけなら綺麗だが、そこに生き物がいれば、それに応じた臭いが出るもんだ。


 「ヒャッハーは風呂には入りません。ってね」


 俺は細心の注意を払って、一歩一歩右側に進む。

 一番手前にある焚き火まで約二十五メートル。巡回モヒカンの視界にはギリギリ引っかからないが、消火器を置くことを考えると、できる限り近寄りたい。


 さらに待避する場所も考えなくてはいけない。暗記した敵配置から導き出される死角はたった一カ所、左端のトイレだ。


 焚き火まであと三メートル。これが限界だ。

 これ以上近づくと、巡回のモヒカンに発見される。

 本当は火に突っ込みたかったが、一か八か、俺は消火器を焚き火へと転がし、すぐに引き返してトイレに駆け込む。


 数秒後、パカン、という軽い破裂音が聞こえた。


 『ヒャッハァァァァァァァァッ! 新鮮な獲物だぁ!』

 部屋を揺るがす雄叫びの大合唱。


 続くドタバタという大量の足音に、俺は思わずほくそ笑む。

 (ざまぁ、間抜け共め)


 あとは計画通り、焚き火近くで警戒するモヒカンたちを尻目に、食品売り場奥の扉から地下室へ入ればいい。


 どうよ、この完璧な作戦。パラメータながんぼのもんじゃ! 最終的には、人間の知恵が勝つに決まってるんだよ!


 暗闇でほとんど視界がない中、俺は中腰になり、手探りでトイレの出口を抜け……


 そこでボフンと、何かに顔が埋まった。


 頬に当たるぴたぴたした感触は古びたレザー。

 鼻につんと来るこのスメルは、おそらく人間の体臭、それも三ヶ月は風呂に入ってない人間のだ。

 妙に筋肉質だが、同時に滑らかに丸い二つの膨らみ、これはあれだな、うん、たぶん女の尻だ。


 膨らみを手で存分に確認したあと、俺は顔を上げた。


 「ヒャッハァァッ!?」

 迎えてくれたのは、エンジェルツーサイドという二列モヒカンがキュートな、少女のヒャッハーだった。


 「しくじったっ!?」


 まさかよもや、誘導されてないモヒカンがいようとは。一生の不覚、末代までの恥、こうなれば中央突破もやむを得ず!


 「……あれ?」


 ところがどうした事か、それ以上女ヒャッハーは騒ごうとしない。それどころか俺に顔を寄せ、親しげに笑ってみせる。


 一応言っておくと、このゲームにはファクション、つまり所属の概念がある。たとえば俺がモヒカンの服を着ていても、俺のファクションは一般市民、もしくは主人公の仲間であるため、敵対するモヒカンには攻撃される。

 はずなのだが、なぜかこのヒャッハー少女は、俺を攻撃してこない。それに仲間を呼ぶ気配もない。


 ヒャッハー少女は泥で汚れた頬を俺にすりつけてくる。

 「ひゃっはぁ?」

 何か聞いているようだ。


 「いやそのなんだ……ひゃっはー」


 「ひゃっはぁ!」

 俺が調子を合わせたとたん、俺の首根っこを少女がつかみ、トイレの中へと引きずりこむ。


 「俺なんかマズいこと言った!?」


 「ひゃっはー♪」

 完全な暗闇の中、俺は有無を言わせぬ力で押し倒される。

 だが痛くない。俺の背中には、トイレのタイルではなく、おそらくボロボロのマットレスだろう柔らかい物が当たる。


 ちょっと待て、何がどうなっている!

 混乱する頭をちょっとだけ落ちつかせ、急いで脳内ゲーム資料集を総当たりする。こんな事は起こるはずがない。というか、友好的なヒャッハーなんて聞いたこと無いぞ! そもそも何でトイレにマットレスが……と、それは資料集に当たりがあった。そうか、このトイレ、巡回モヒカンの寝床代わりに使われてたっけ……寝床?


 「ひゃっはぁ、ひゃっはぁ?」

 ヒャッハー少女の鼻にかかった声、そして衣擦れならぬレザー擦れの音と、トゲ付き肩パッドの外れる音。

 ジーッというのは、たぶんジッパーを下げる音だ。


 まさか……脱いでる?


 いや確かに、薄暗がりに見える少女のシルエットには、余計なトゲも鎧じみたレザージャケットも見当たらない。おそらく今、こいつは素っ裸だ。


 「待て……じゃない、ヒャッハー!」


 「ひゃっは?」

 少女の動きが止まる。

 どうやらヒャッハー語とでも言うべきか、ヒャッハーだけで意思疎通ができるようだ。俺はとりあえず、少女を説得してみることにする。


 「ヒャッハー、ヒャッハー、ヒャッハヒャッハー」

 (落ち着け、俺は今、お前と一戦を交える気はない)


 「ひゃっはー? ひゃっはぁ? ひゃっはぁぁぁぁっ」

 (そうなの? やりたい? って聞いたら、うんって言ったから、てっきりしたいんだと思ってた)


 ……不思議なもんだ。いざ話す気になったら、何となくだがヒャッハー語(?)の意味が理解できる。


 「ヒャッハー、ヒャッハァ」

 (ごめんな、誤解させたみたいだ)


 「ひゃっはー、ヒャッハー?」

 (ううん、ほんとはあたしも乗り気じゃなかったし。でも何でトイレから出てきたの?)


 「ヒャッ、ハァァッ」

 (それは……ちょっと事情があるんだが、俺、実はある人たちを探しているんだ)


 「ひゃっは?」

 (ある人たち?)


 「ヒャッハl、ヒャッハッハー」

 (昼間捕まった、女の子……二人なんだけど)


 「ひゃっはー! ひゃっは、ひゃっはー?」

 (あたし知ってるよ! 案内してあげようか?)


 「ひゃっはぁぁぁぁぁっ!」

 (マジか! よろしく頼む!)


 ……これを会話と呼べたものだろうか。

 とにかく、ヒャッハーだけの会話を交わすや、少女は手早く世紀末ルックを着込み、俺を手招きする。


 「ひゃっはー」

 (こっちこっち)


 「お、おう。じゃない、ヒャッハー」


 俺は不思議なヒャッハー少女に連れられ、トイレを脱け出して、地下室へ向かうドアへと進んでいった。

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