8 暴露
「改めて礼を言う。熟練度の、助かった。おんしがおらなんだら、儂は今頃操を散らしていたやもしれんのう」
冗談めかすような調子ではあるが、あたしに礼を言う少女の肩は僅かに震えていた。そして、声を聞いていて気付いた事がある。なんというか、やたら可愛いのだ。イメージ通り、というか……。
今までは、声の入るようなゲームじゃなかったからな。姿だけじゃなく、声にも煽られて、今まで冗談で言ってた連中が本気になっちゃったのかもしれない。
アイラ嬢は、そのロールプレイから、ロリババアとか良く呼ばれてたけど。
老人口調で、ちょっと勝ち気な感じの女の子を演じている人だ。
さらりと伸びた白髪の一部を三つ編みにして、後ろで纏めてバレッタで留めている。その容姿は幼く、体は小柄で手足は細い。発展途上なのだろう、薄い胸、紅をさしたような柔らかそうな唇、エメラルドグリーンの瞳は物憂げで、睫毛が長い。
改めて眺めると、守りたくなるような容姿をしていると思うんだけど……
彼女のファンは多い。ファン、と呼んで良いのか分からないが、その人種は大半が歪んでいるように思う。
大きく二分すると、『アイラ様に罵られ隊』と『アイラ様を屈服させ隊』だったかな…?いや、詳しくは知らないけど。前者はドMで、後者はドSよね。
ああ、なんて変態ホイホイ。
ていうかロリババア需要半端ねぇ。
「まったく、不愉快な奴らじゃ!血迷いおってからに!」
ぶるっと身震いして、端正に整った眉を顰めるアイラ嬢。心底嫌そうな顔をしている。
あたしの感覚だと、普通は少女って守りたくなるようなものだと思うんだけどなぁ。今は声のイメージもあってか、勝ち気というか、凄い可愛らしい印象になっている気がするの。
なんで、これに乱暴しようとか思っちゃうんだろ、男ども。
これが趣向の違いなのかな?あー……一番大きいのは、中の人の性別の差かもしれないけどね。
いくら男の体になったからって、女の子を襲うような趣味はないなー。と言っても別に、男相手にそういうのもないんだけど。あたし、恋愛に対する衝動って、少ないんだと思う。憧れる、とかもあんましないし……萌えだけで十分生きていけるというか。
恋愛に対して、枯れちゃってるのかな、あたし。
「災難だったね……」
あたしは苦笑しながら、みんなを居間の方へと招く。いつまでも立ちっぱなしっていうのも疲れさせちゃいそうだし。
「よしよし。ホント、アイラちゃん無事で良かったわよー」
ジル姉さんがアイラ嬢を慰めながら、ソファへと腰を下ろす。あたしはハッシュを誘いながら、向かい側のソファへと腰を下ろした。今は、男性キャラクターは少し距離を取った方が良いだろう。あんな騒動の直後だしね。
あたしはアイテムインベントリを開いて、ホットチョコレートのカップを取り出す。おー、上にふわっふわの生クリームまで乗っている。心憎い演出だなぁ。
「あったまるよ、どうぞ」
テーブルの上に全員分のカップを取り出して勧める。
「お、おお……すまんの」
差し出されたカップに驚いたように目を瞬かせたアイラ嬢は、ちょっと可愛かった。両手で包み込むようにして引き寄せるのを見守りながら、あたしも自分のカップを引き寄せる。じんわりと熱が手を通して伝わり、それだけでなんだか落ち着くような気がする。
「……んむ、うまい」
一口啜って、嬉しそうに呟くアイラ嬢。
「良かった」
あたしも思わず笑顔になる。喜んで貰えるのは、やっぱり嬉しい。
ジル姉さんも、ハッシュもホットチョコレートに癒されてくれているらしい。寒い日のホットチョコレートとか至福なのよねー。このじんわりと広がる甘さと苦さが……あ、別に今日は寒い訳でもないですけどね?
ホットチョコレートによるまったりした空気の中、あたしはジル姉さんとハッシュに事の顛末を説明する。倉庫で知人に会って、戦闘が発生していると聞かされて、その方面に向かってたらアイラさんに遭遇して……って感じだけど。
ホットチョコレートの癒し効果か、ジル姉さんとハッシュの怒りとかは、少し治まってたようだけど。べ、別にそんな効果を狙って出した訳じゃないですよっ。
最終的には、ちゃんと相談すること、と叱られてしまいましたけども。
非常事態だったし、あたしも焦っちゃってたのかな、やっぱり。
不意に、呼び出し音が鳴り響く。フレンドチャットのようだ。開いてみると、シンシアの文字が光っている。
「ごめん、ちょっとフレチャ」
あたしは一同に断りながら、半透明のウィンドウを操作してチャット画面を開いた。スクリーンにシンシアの顔が映し出される。
今は無事に戦闘が終了しているのか、スキル音とかは聞こえてこない。
『妹よ、無事かっ!?』
「ん、問題なかった。そっちは?」
『こちらも無事制圧した』
シャラン、と音を立てて、シンシアが得意武器の鉄扇を閉じる。
シンシアは前衛職の、戦士系から派生する剣舞士だ。と言っても、その武器は剣だけに留まらず、扇のような武器もあるのだ。シンシアは、見た目の優美さから、好んで鉄扇を使用していた。剣よりも範囲が狭くなる分、技術力は必要になると思うんだけどね。
しかし……見た目はすっごい鉄扇って綺麗だと思うんだけど、アレで殴られると痛いよね、絶対。鉄ですよ、鉄の塊ですよ。
『アイラ嬢も一緒か?』
「うん、無事保護してる」
ちらっとアイラ嬢の方に視線を向けて、あたしは答える。そうか、と安堵したような様子のシンシア。しかし、すぐに真顔になる。
『その件も含めて相談したい事がある。今、どこにいる?』
「黒猫通りでマイハウスを出して、中に籠もってるよ。下手にまた動き回って、変なのに遭遇しても困るしね」
『まあ、妥当な判断だな。そちらに合流したいんだが』
「了解。到着したら声掛けて。扉開くから」
『分かった』
交信が途切れて、あたしはソファに沈み込む。じっとアイラ嬢に見つめられ、ああ、とあたしは気付いてぱたぱたと手を振る。
「あ、今のシンシアだよ。こっちに来るって」
不安そうな様子をしているアイラ嬢に、安心させるように笑みを浮かべる。
なんとか逃げ切ったとは言え、襲われかけた恐怖とかあるんだろうから。あー、あとは下手すると、あたしもその強姦魔の一味とか思われちゃってる可能性もあるかもしんないし。ほら、結構あるじゃない。危ない所を助けてくれた人が、実は裏で命令してる人物で、後で仲間を呼んで、とかさー。
んもー、下手すりゃ一生モンのトラウマよっ。
シンシアの名に安心したのか、ほっとアイラ嬢が息を吐く。
「そ、そうか、塵のか。先程助けられたのじゃ、礼を言わねばと思っていた所での」
丁度良かったわい、と安堵の滲む声音で言うアイラ嬢の声は、少しだけ震えていた。それが少し痛ましかった。
「あ、ていうことは、カインの知り合いって塵の人?」
ハッシュにツッコミを入れられて、あう、と思わずあたしは呻く。
そうなんです。兄のギルドってDDDなんです。
知らなかったの、知らなかったのよ、始めた当初は!!
まさか、そんな変態紳士って目で見られてるなんて!!掲示板なんか、存在自体知らなかったし!!確かに、ギルドチャットの会話カオスだなーとか思ってたけど、あたしがいる時は、みんな抑えてくれてたし……いや、でもセクシーポーズ談義とかしてたか?
そういえば、あたし、二人に出会ったのって、塵を抜けてからなのよね……。いつまで経っても初心者顔でお世話になってる訳にもいかないし、……あと、入ってると、あたしも変態紳士なのかって目で見られちゃうのが、ちょっと、いや、かなりアレだったので、ある程度独り立ちできるようになってから、塵を抜けたのだ。
まあ、その後も何かあると塵の人達は、親切にしてくれたけど……
頼り切らないように、って思って、ある程度の距離はとってきたのだけども。
「昔、お世話になった人がいてさ。それで、俺も恩を返せないかなって思って……」
「カイン君義理堅いもんねー」
良い子良い子、とジル姉さんが手を伸ばしてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられた。なんだか子供扱いされてる気がします。
「で、向かってる途中で、シンシアから狼藉者を逃がした、って連絡入って、アイラさんに出くわしたんだ」
「ふむ。ならば、ますます塵のに感謝せねばのう」
何度も頷くアイラ嬢。
やがて入った合図に、あたしは一人分のスペースを空ける。シンシアを迎える為に玄関方面へと向かい、現れた姿に目を瞬かせた。
えーと……人の服の趣味に文句とか付ける訳じゃないんですけど。いえ、あの、似合ってるんですけど。
スリットの深い赤のチャイナドレス姿には、ちょっと驚きましたよ、お兄様。何か狙っておられるんですか。白い太股が眩しいですよ、お兄様。
思わず半目になってるあたしに、気付いてるのか気付いていないのか、それとも故意に無視してんのか。大股でずかずかとこちらに向かってくると、がっとあたしの両肩をシンシアが掴む。そして、おもむろにぺたくたと触り始めるシンシア。
「妹よっ、怪我は、怪我はないかっ!?」
「妹って言うな」
動揺しまくるシンシアと、思わず冷静にツッコミを入れてしまうあたし。ぺち、とチョップで頭をチョップすると、がばっと顔を上げて何をするのかと言わんばかりの目で見つめられる。
いや、何をするのかはそっちだ。
心配してくれたのは分かるんだけど、どんなシスコンだ。それに今の姿で、他の人がいる前で妹とか言うな。
あああ、ほら、見てる三人のドン引き具合が痛いよっ。
「塵の……、熟練度のは、妹なのか」
「ウム、吾輩の妹である」
唖然とした様子で問いかけるアイラ嬢に、あたしが口を挟む前に、あっさりとシンシアがバラす。
「塵のマスターが血縁者……」
「カインの中の人女の子なのは知ってたけどね……」
まじまじと見比べられて、あたしは居たたまれなくなってくる。仲の良い人に性別とかは別に隠してなかったけど、あああ、なんか辛い。居たたまれない。
「……兄」
ぎぎっと音を立てて、あたしはシンシアを見下ろす。きっと今のあたしの顔は、表情が消え失せてるのだろう。兄の腰が引けるのが分かった。
「中の人の性別を言わないでもらえるか」
「す、すまぬ」
流石にこれには、兄も分かってくれたらしく、謝罪と共にしょぼくれた。
分かってくれれば良いのよ。
「熟練度の、すまぬ。聞いてしもうて」
あたしの様子に、アイラ嬢にも謝罪された。彼女が悪い訳ではないのに。
慌ててあたしは首を振る。
「いや、アイラさんの所為じゃないし」
まあ、聞かれてバレてどうって訳でもないんだけどさ。この男の姿で妹も何もあったもんじゃないと思うだけだ。
しかし、真田さんの様子を見てて思ったけど、相変わらず妹ちゃん呼びは健在だったご様子で。そんな可愛い年齢じゃないんですけど。逆に申し訳なく思えてくるんですけど。なんか夢を砕くみたいで、申し訳ない気がしちゃうんですけど。
「互いに性別転換は辛い所じゃのう」
「……そうですね」
はぁ、と溜息を混ぜつつ流しかけて、え、と顔を上げる。互いに、って。
兄の事……じゃ、ないよね?
「アイラさん、中の人、男……?」
「うむ」
大きく頷きを返される。自分だけ知るのはフェアではないじゃろ、と真顔で返されて、まじまじと顔を眺めてしまった。
なんていうか、真面目な人なんだなぁ。
「しかし、じゃからこそ、余計参っておるがの」
あー……、男なのに、男キャラに襲われるのって、余計辛そう。
いっくら体は女の子って言ってもさぁ。
「ウム、特にアイラ嬢の一派は過激だしな」
腕組みをしながらシンシアが頷く。ああ、屈服させ隊だろうか。罵られ隊も迫っているんだろうか。でも、貞操の危機的には屈服させ隊だよね。
ロリババア恐るべし。
「塵のも、萌えスレがあったじゃろ。害される事はないのかの?」
おお、良くチェックしておられる。
「我が同志は、不埒者は遠慮なく神殿送りにしてくれるからな。まあ、そもそも、アイラ嬢の一派程、あからさまに襲ってくる輩の方が少ないのだ。吾輩達に手を出そうという過激な連中は少ないな」
まったくいない訳ではないがな、と付け加えられるが。
DDDは良い意味でも、悪い意味でも有名だ。猛者揃いで知られている事もあるし、現在は複数人で組んで警邏なんて真似もしている。そこを襲うのは難しいんだろうな。
そこで行くと、アイラ嬢は一人だ。確か、ギルドにも所属していなかったはず。
確かにアイラ嬢も高レベルのプレイヤーだけれども、複数人で襲えばなんとかなると思われてしまったんだろう。襲おうとするファンも多そうだし。
そして事実、危ない状況に追いつめられてしまっていた。
それをあたしが伝えると、アイラ嬢は困ったような表情になった。
「儂は、あまり大人数で行動するのを好まぬからのう。しかし、それが呼び水になるとはの」
溜息混じりに吐き出す表情は暗い。つまり、このままでいれば、まだ襲われる可能性がある訳だ。大人数が嫌というのであれば、塵に保護してもらうとかも難しそうだし。
参った様子で眉根を寄せるアイラ嬢。それを破ったのは、ハッシュだった。
「アイラさん、誰かとマリアージュするっていうのはどうかな?」
「む?」
「パートナー召喚とか、結婚スキルが発生するから。いざって時に、それで逃げられるかな、って思ったんだ」
「ふぅむ……しかし、それだと、パートナーとは離れておらねば意味がなさそうじゃのう」
考え込むように、ますます眉間の皺が深くなる。言われて、ハッシュも考え込んでいる様子だ。
「フム。マリアージュは良いかもしれんな」
先程から考え込んでいたらしいシンシアが顔を上げる。何か考えがあるのだろうか。
自然と視線がシンシアに集まる。
「マリアージュで得られるスキル……というか、特性の一つが役に立つかもしれん」
「それって?」
「ウム。『貞節の誓い』だ」
ゲーム時代の貞節の誓いの効果は、エモーションの一つであるキスエモーションを、パートナー以外から受け付けなくする、というだけのものだった筈だ。
ええと、多分、キスとかだけで済まなくなってるこの現状、もしかしてその特性って。
「え、でも、それって……え、確認したいけど、どうしよ」
思わずおろおろするあたしに、ジル姉さんが首を傾げる。いや、あの、この状況。マリアージュしてるカップルっていうのは、ジル姉さんとハッシュであって。パートナー以外の異性って、あたしな訳で。
「萌え萌えお色気展開ktkr」
この馬鹿兄。どうしてこういうトコだけ以心伝心ですか。
そして目敏く二人の結婚指輪に気付いていた訳ですね。
「と、言いたい所だが、こっちの方が問題なかろう」
「え、え、うわああぁ!?」
「ちょ、兄っ」
てやっとやけに可愛らしい掛け声と共にシンシアが、ハッシュへと襲いかかる。ソファに押さえつけられて、わたわたと慌てたように黒尻尾が揺れている。
「吾輩だって男を押し倒す趣味はないのだ」
憮然と言い放ちながら、ハッシュの服へと手を掛けるが、その服は脱げる様子がなかった。上下共に試してみつつ、ウム、と満足そうに頷いてシンシアが離れる。
「有効なようだな」
「うう……汚された……」
えぐえぐと尻尾を丸めて怯えて縮こまるハッシュ。
いや、兄よ、あんたいきなりすぎるだろう。
ジル姉さんが怯えるハッシュを抱きしめて、落ち着かせるようによーしよーしと背中を撫でている。
「まあ、脱がせないだけで、脱がさずに事に及ぼうとした場合、どうなるかは分からんがなー」
次いで続けられた剣呑な言葉に、びくっとハッシュの耳と尻尾が震えた。
さ、流石にそこまでの実験は……
「ともあれ、マリアージュは有効手段だろう。手っ取り早く身を守るなら、信頼のおける相手と結ぶのが良いのではないか?」
「むぅ……」
「塵としても、過激なアイラ嬢の一派がおさまってくれる事に期待をしている」
ちらりと表面に顔を出す、ギルドマスターとしての顔。警邏をしているのは、自由意志なのだろうけど、それでも仲間を危険に晒すのは、気が進まないのだろう。
それほどアイラ嬢へのファンの執着は強いのか。
「ならば、熟練度の」
「はいっ?」
不意にこちらに視線を向けられ、あたしは首を傾げる。
「儂とマリアージュしてくれぬか?」
「はいぃ!?」
今度こそ声が上擦った。
え、え、何ですか、この展開。
「おんしは儂に手を出そうなどとは、思わぬだろう?」
そりゃ、幼い少女っていうのは守るものだと思うし。
何より、中の人的に、女の子に興味があるような性癖は持ち合わせておりませんし。
「おんしならば、最適のパートナーになってくれる予感がするのじゃ」
えーと……それは、認めてくれてる、ってことなのかな?
「ダメ……かのう?」
綺麗なエメラルド色の双眼で、じぃっと上目遣いで見上げてくる。
「のう……カイン」
「……っ」
ずるいずるいずるい!!こういう時に名前呼ぶのってずるくないですか!!
普段ずーっとずーっと他の人も、渾名呼びとかしてて。こういう時に名前呼びするのって!!特別感とか、優越感みたいなものを擽っちゃうつもりですか!!
コレ、うっかり他の人とかにやったら、理性ぷっつん切れちゃったりする人出るんじゃないだろうか。
なんだか、ものすごく、心配です。
そして、心配になってしまった、あたしは。
「……わかりました」
そう返すより他は、なかったのである。
ようやくヒロイン確定です。
いえ、始めから確定してはいたんですけど、出番が遅かったですね。
へたれ魔術師♂(中身女)×ロリBBA♀(中身男)って需要あるのか……




