7 黒猫通りの戦闘
「来るなと言うておる!」
暴れながら震われた短剣は、美しい十六筋の軌跡を描き、腕を掴む戦士系の男へとぶち当たった。あれは、盗賊職系のスキル、ニードルレインだろう。
くそ、まだ呪文を飛ばすには距離が足りない。
焦りながらも、あたしはアイテムインベントリから取り出したチョコレートケーキを口に放り込む。幸運を上げてくれる料理アイテムで、自分に使える一番高レベルのアイテムだ。
「くそっ、痛ぇじゃねぇか」
流石にそれだけでは仕留めきれなかったのだろう、戦士風の男は目を血走らせながら、少女に迫る。少女に、近接しているのは、その戦士風の男と、弓を持った盗賊職風の男。そしてあと一人、追いかけてくるのは魔術師系だろうか。杖を持っているようだが。
まだ届かない状況に尚も焦りは込み上げるが、状況を確認する。
既に少女の服は裂かれ、半分脱げかけたような状態だ。その様子に、怒りが込み上げてくる。
世の中にはなァ、やって良い事と悪い事があるんだよッ!
「もう逃げられねェぜェ、お転婆姫さんよォ」
「くっ、このっ!」
布の裂ける音が耳に届く。捕らえられた少女が、壁へ押しつけられるのが見えた。
「怯えるアイラたんハァハァ」
囃すような調子の盗賊職の男に、地味にイラっとする。愉快そうな様子で、戦士風の男を煽りながら、男が彼女に手を伸ばす。
……あと数メートル!
「塵の奴らの邪魔が入りやがったが、これで……」
「ファイヤーアロー!」
最後まで言わせるつもりはなかった。杖の先から放った20本の矢が、戦士風の男へと襲いかかり、その衝撃で吹っ飛ぶのを確認する。
よっしゃ、クリティカルヒットォ!
流石に戦士系だけあって幸運が低かったようだ。クリティカル効果のノックバックが発生したんだろう。
「んなっ!?」
思わぬ方向からの攻撃に驚いたらしい所に、間髪入れず盗賊系の男にも炎の矢を打ち込む。
初期中の初期呪文ではあるけど、魔術師の全スキル中、もっともスキルクールタイムが短い。下手に威力が高くて、クールタイムが長い呪文を放つよりも、こまめにコレを撃ち込んでやる方が、効果的だったりする。
ただでさえ、あたしはこのスキル熟練度を上げに上げまくって極めた結果、通常の20倍の威力に上げてるからね。熟練度を上げる事によって、このスキルは矢の本数が増える。
極める直前までは17本だったのが、極めた途端20本に増えた時は嬉しかったなぁ。苦労した甲斐があったと、密かに涙したもん。
「なっ、今のアロー何だ!?」
盗賊系の男も弾き飛ばされるのを見て、魔術師職らしい男が戸惑った声を上げる。驚いた様子からすると、多分あまり熟練度を上げていないんだろう。
まあ、あたしも、あたしの他にそこまで熟練度上げきった人って、見たことないけどね。熟練度の意味を教えてくれた真田さんくらい?でも、真田さんも、完璧に上げきってるって訳でもなさそう。
魔術師が動揺している隙に、一人を片付けてしまうことにする。戦士系から片付けておく方が、あたしには都合が良い。
「女の子に乱暴するような男は神殿逝って来い!」
びしっと杖を突きつけながら宣言し、炎の矢の雨を降らせてやる。
「うがっ、な、何だァ!?」
対応しきれないままに炎の雨を喰らった戦士風の男の体が、光を放つ。次いで、ピシャンと雷のような音を上げて姿が掻き消える。神殿へと転送されたのだろう。
仲間が倒されて、ようやく動揺から戻ったのか、魔術師の男がこちらに呪文を放ってくる。碧と青の丸い塊のような閃光を放つ球体が飛ぶ。多分アレは、麻痺属性付きのサンダーボルトだろう。
「熟練度の!」
アイラ嬢の叫び。彼女は、あまり人を名前では呼ばないのだ。それぞれに付いた渾名や、その時の気分や、その特徴で相手を呼ぶ。
変態熟練度、とフルで呼ばないだけ、ありがたいと思った方が良いんだろうか。
心配そうな彼女に、大丈夫、と杖を揺らす。
そう、大丈夫だ。
ぱちんっと音を立てて、その球体はあたしの前で消え去った。きっと、あちらのステータス画面には表示されているだろう。ミス、と。
流石に目の前に呪文飛んでくるのは、ちょっと怖かったけどね。
幸運ドーピングしまくったあたしに、並のスキルが当たるわけないのだ。
「なっ、何で当たらないんだ!?」
動揺した魔術師がスキルを連発してくる。そのすべてが、あたしの目の前で掻き消える。自分より幸運の高いものと戦闘したことがないのだろうか。
「俺がっ!」
ノックバックから立ち直ったらしい盗賊職の男が、弓を番える。
「させぬわッ!」
男達の意識がこちらに移った隙に、裂けた服から一瞬で早着替えをしたのだろう。動きやすそうなチュニックにスパッツという姿に変わったアイラ嬢が、盗賊職の男の足下に針を投げるモーションを取る。あれは影縛り!5秒ほどだが、相手の動きを封じるスキルだ。
好機!!
「吹き飛べッ!」
5秒も固まれば、5回の炎の矢が叩き込める。
100本の矢が続けざまに叩き付けられる様は、ちょっとした花火のようだった。何度も後方へ飛ばされつつ、それでも当たるというのを繰り返して、盗賊風の男はごろごろと無様に転がる。
「あ……」
まだ少しHPが残ってしまっているようだ。流石に、街中じゃ威力が下がるみたいだ。外の戦闘だと、あたしの足りない魔力を補ってくれるペットがいるから、なんとかなるんだけど。
魔術師もいたし、体力強化されてたのかもしれない。
「あ、アイラたんは俺のよめえええええええ」
「じゃかましいわッ」
あ。アイラ嬢の短剣が、十六筋の軌跡を描いている。
放たれるニードルレインにとどめを刺されたらしく、ぱしゅんっと盗賊風の男が光となって消える。ええと……最後まで締まらない男だったね。
さて、残るは一人……だけど。
「うあ、ああ……な、何なんだよお前……」
放たれる魔法魔法全部弾き飛ばしてた所為か、すっかりあたしを化け物を見るみたいな目で見てるわ。
「ただのフェミニストな魔術師だよ」
ちょっと哀れになったけど、コイツだってあの男二人と、アイラ嬢を乱暴するつもりだったのよね。容赦なんかしてあげる気は、ない。
アイテムインベントリからチーズケーキを取り出して、手早く囓る。
魔術師相手だ。魔法耐性は高いだろう。存分に、それを上回る魔力を確保しないとね。
マイハウスの外に出たからだろうか。ゆらりと、大気中の魔力が集まってくる感覚を感じる。
「さ、教育的指導だ」
いつの間にかアイラ嬢の影縛りに縫いつけられている男。
狼狽えて怯えている所に、あたしは100本の炎の矢をぶち込んでやった。
スキルのバリエーションに面白味がないと言うなかれ。基本は大事デスヨ?堅実が一番だよねっ。
今度は無事に沈めて、男が神殿に飛ぶのを確認してほっと息を吐く。
「すまんの、熟練度の。おんしのお陰で助かった」
安堵の吐息を漏らすアイラ嬢にあたしは駆け寄る。
「ん、無事で良かった。でも、まだあいつら神殿から戻ってくるかもしれないから、今の内に移動しないと」
彼女の小さな手を取りながら、あたしは手早くシンシアの位置を確認する。交戦中なら、そちらは避けた方が良いだろう。
まだ学院にいるみたいだ。
ああ、いっそ姿を隠すならマイハウスの方が良いか。
「カインっ」
「カインくーーーんっ」
通りに響く声に、思わずびくっとする。聞き覚えのある声は……ハッシュとジル姉さんだ。わ、はわわわ、二人とも凄い脚力だよっ。
そのままがばっと二つの温もりに突進されて、巻き込まれるように地面に倒される。
ちなみにアイラ嬢は、あたしが一瞬手を離してしまった隙に、しっかりちゃっかり避けていた。流石盗賊職。
「もうもうもうもうっ、何が無茶してきますよっ!」
ぽかぽかと思い切りジル姉さんに胸を殴られた。
う、めちゃめちゃ怒っておられる。
「カインはっ、なんで一人で行っちゃうんだよっ」
うっ、ハッシュは思い切り泣いてるし……
「あ、あう……、ご、ごめんなさい……」
二人の様子に、あたしの怒りとか昂揚みたいなものは、すっかり冷めてしまった。
代わりに、二人を置いて突っ走ってしまった申し訳なさとか、不謹慎ながら心配して貰って嬉しいとか、色々な感情が胸を駆け抜けていく。
しゅんと思わずあたしはしょげ返る。
不意に、くすくすと可愛らしい笑い声が降ってきた。
「久しいの、天上の、黒狼の」
「え?」
「あ、アイラちゃん!」
二人の目には入っていなかったのだろうか。あたし達を覗き込むようにして笑っている少女に、二人が目を瞬かせる。
はっ、呑気にしてる場合じゃないよ!
「ジル姉さん、ハッシュ、アイラさん、新手が来る前にマイハウスに入るよっ」
神殿からはまだ距離はあるけど、まだ来ないとも限らないし、また兄達の包囲網を抜けて来る連中が来ないとも限らない。
「え、えっ、襲われてたのってアイラさんなの!?」
二人を退かしながら、あたしはマイハウスを開く操作をする。入室人数設定は4人。よし、オッケー!
「行くよっ」
あたしは二人を急かして、マイハウスへと入らせながら、再度小さなアイラ嬢の手を取る。頷きを返すのをちらりと横目で確認しながら、手を引っ張りつつマイハウスへと駆け込んだ。




