6 転機
黒猫通りは、特におかしな所はなかった。黒猫通りの名前の由来は、そのままなんだろうけど、NPCで黒猫が配置されてるんだ。ある程度のレベルになると、クエストが発生するんだけど、実はその黒猫は、猫の王様で……っていうストーリーに繋がっていったりして。
猫の王国に転移させてくれたりして、そこでクエストしたりとか……あー、落ち着いたら猫の王国行こう。癒されそう。
決意しつつ、あたしは通りを抜けて広場の方へ向かう。
普段は露店でにぎわう場所なんだけど、流石に様相が変わっていた。座り込んで脱力してる人もいる。仲間同士だろうか、集まって話をしている人達もいるが、皆それぞれその表情は明るいものではない。
知り合いはいないだろうか、とちらちら様子を伺いつつも、あたしは目的地へと向かう。あたしの担当は、銀行施設と倉庫。同じ施設内で隣接している筈だから、その両方を一人で確認する。
ジル姉さんには道具屋、ハッシュにはマーケットに向かって貰っている。まあ、武器防具とかに関しては、今は買い換えが必要になるっていう状態じゃないしね。当面必要になるのはあたし達が今向かっている施設だろう。
銀行内に入ると、思った以上に人がいて、ちょっと驚いた。今まではカウンターには、タナという名前の獣人のお姉さんが一人いただけだったんだけど……カウンターがかなり広くなってる。窓口が10個くらいに増えてて、それぞれ獣人族やエルフやら龍人族のお姉さん達が、列に並ぶプレイヤーを捌いているみたいだ。
ふむむ……こんな状態になったから、システム自体も変更になっちゃったのかな?
でも、窓口から離れる人が、ほっとした顔をしてるって事は、無事に使えるってことじゃないかと思うんだけど。とりあえず、実際に目で確認してみなくっちゃ。
「いらっしゃいませー」
列に並んで、程なくして、間延びした口調で、獣人の兎耳の女の子が、ぴょこんっと頭を下げる。あたしの番が来たみたいだ。カウンターへと進むと、いつもの見慣れたウィンドウが宙に浮かんだ。
「ご用件をどうぞ」
言葉に合わせるように、引き出す、と預ける、の文字が半透明のウィンドウに浮かび上がる。いつもみたいにこれで選択できるみたいだ。あたしは、引き出す、の文字へと触れる。触れた途端、ぱっとあたしの預金額が表示されて、素早く額を確認する。
あんまり普段確認してる状態ではなかったけど……違和感は覚えなかったから、多分減ったり増えたりはないと思う。
預金額と共に現れた数字のパネルに触れて、適当な金額を打ち込んで決定ボタンに触れる。
「少々お待ち下さいませー」
にこやかに兎耳の少女が答え、じゃらっと耳慣れた音が響く。銀行からお金を引き出す時のシステム音だ。
「ご確認下さーい」
普段モンスターを倒す時にドロップするような金貨の袋が差し出され、あたしは戸惑いつつもそれを受け取る。ウィンドウに金額が表示され、再度じゃらっと音がしてあたしのアイテムウィンドウに吸い込まれた。ウィンドウ下部に表示されている現在の所持金額が、銀行から引き下ろした分だけ増えている。
「……どうも」
「またご利用下さいませー」
軽く頭を下げるあたしに、兎耳の少女は明るい声で返してくれる。確認を完了して、あたしはカウンターから離れた。
うん、普通に銀行は使えるみたいだね。ちょっとお金が吸い込まれたのにドキっとしたけども。
とりあえず気を取り直して、銀行に隣接している倉庫へと向かう。お金も必要かなーとは思うけど、それより重要なのは倉庫よ、倉庫。あたし、必要な食材とかストックしまくってるんだからー。
倉庫へ向かうと、倉庫番のNPCもやっぱり増えてた。普段は少しやんちゃな人間の少年、ランスが応対してくれるんだけど、色々な種族の人がいるみたいだ。
倉庫番に話しかけようとして、あたしは知り合いの姿がある事に気付く。
「あ、真田さーん」
「あれ、妹ちゃん?」
あう、やっぱしまだそう呼ばれてるのか。
まあ、変態熟練度って言われるよりは……随分マシな呼び方だと思う、んだけど……。
ひらひらと手を振り、人の良さそうな笑みを浮かべた茶色髪の人間の、魔術師のお兄さん。瓶底みたいな分厚いメガネが特徴的。同じ魔術師系だけあって、あたしが始めた頃に、指導していただいた事もある。あたしにとっては師匠みたいなお兄さんかなー。
「真田さんもいたんだ」
あたしの言葉に、彼は苦笑した。
「まあ、運が悪くと言おうか、良くと言おうか……」
おかげでハーレムっぽい状況だよ、と冗談めかして真田さんは笑う。あー……男キャラの方が珍しいギルドだもんね。兄のギルドは大半が女性キャラだ。
ハーレムって言っても、中の人は男の人が多いような気がします。
「あ、ちょっと待って」
ギルドチャットかフレンドチャットが入ったのだろうか。片手を上げて、あたしを制すると、真田さんは何か会話を始める。むむ、この様子からするとギルドチャットかなー。先程までの穏やかさはどこへやら、ちょっと険しい表情になっている。
一通り話が終わったのだろう。真田さんが、あたしの方に顔を向けてくる。
「ごめん、妹ちゃん、ちょっと呼び出しだ」
「……何かあった?」
あたしの問いに、うん、と真田さんは真顔で頷く。
「交戦が始まったらしい。ありったけのエリ持ってこいって」
声を潜めて、ぼそぼそと囁かれ、あたしは息を飲む。
エリっていうのは、回復アイテムでMPを最大回復するエリクサーというアイテムのこと。真田さんはギルドの倉庫番状態だから、そうしたアイテム管理を任されてるんだ。
でも、エリクサーが大量に必要って事は……そんなに厳しい戦闘なんだろうか。
不安になるあたしの頭を、ぽんっと真田さんが撫でる。
「大丈夫、大丈夫。ウチのはみんな丈夫だし。マスターも今回は参戦してるらしいからさ」
え、あ、兄が。
なんか不安です。
「学院方面に追い込んでるみたいだから、あっちに近付かないでね」
じゃ、と穏やかに真田さんは手を振って、空中から取り出した杖を手に握る。そのまま素早い動作で出て行く。
あの人達なら、きっと大丈夫だと思う。思うんだけど……。
自分は、何もしないで良いのかな、って思ってしまう。これだけ偏りがある状態のあたしだし、足手まといになってしまうかもしれないけど……。
自分から危険に飛び込むような真似をしてはいけない、とも思う。
思うんだけど……煮え切らない。
あたしは聖人君子なんかじゃない。だから、全部の人を救えるとか、救わなきゃいけないとか、そんなおこがましい事を考えたりしない。でも、でも……
もし、あたしの知り合いが、大変な事になってるのなら、あたしは、それを見捨てる事なんかできないんだ。
覚悟は決まった。
あたしは倉庫番の一人に近寄り、倉庫を開いて貰う。いつもの倉庫のウィンドウが開くのを確認して、あたしは中のエリクサーを受け取る。何があるか分からないから、とりあえずMP回復薬だけ。回復魔法は使える。MP切れさえ起こさなければ、神殿送りになることはないだろう。
「ハッシュ、ジル姉さん!」
あたしは倉庫を飛び出しながら、フレンドチャットを開く。すぐに二人からの応答があった。
「学院方面で、今戦闘が発生してるらしい。危険だから、そっちの方向は避けて!」
『え、ちょ、待って』
注意を促すあたしに、ハッシュが慌てたような声を上げる。
フレンドリストで、あたしが学院方面に向かっているのが分かったのだろう。
「約束したけど、ゴメン。無茶してきますっ」
『カイン~~!!』
二人の声がハモるけど、もう一度ごめんと謝罪して、あたしはアイテムインベントリから、自分の杖を選ぶ。ソウジ氏に作成して貰った杖。カインの低い魔力を補ってくれる貴重な杖だ。渾身の一振りだと、いつか笑って渡してくれたのを思い出す。
この力……借ります。
走りながら、戦闘用スキルのウィンドウを開く。……うん、やっぱり街の中でも使えるようになってるみたいだね。普段だと、街の中では攻撃スキルは使えないように、封印のマークがついているのに、今はそれがついていない。
補助系のスキルとかは、もともと街の中でも使える仕様になってたから、あたしはカインの補助スキルの熟練度上げは、街中で友人と会話しながらこまめに使用したりして、密かに上げたりしたもんだけど。
上げに上げきった補助スキルへと指先を這わせる。
「西風の息吹っ」
唱えた瞬間に体が軽くなるような感覚がある。む、無事に効果が発動してるみたい。こころなしか、走る速度も上がったような気がする。
西風の息吹は、敏捷性と幸運を強化してくれるスキルだ。敏捷性も必要だけど、どちらかというと幸運の面であたしはこれを重宝している。
さ、もう一丁!
「東風の息吹っ」
力の漲るような感覚。肌に感じるコレは……空気中の魔力だろうか。何か満たされるような、そんな感覚だ。
東風は、魔力や魔法防御を強化してくれるスキルだ。魔術師向けのステータスを上昇させてくれる補助魔法なのだ。
この二種類以外には、攻撃力や命中性を上げてくれる北風や、体力や物理防御を上げてくれる南風などがある。まあ……今のあたしに北風使っても、あんまり意味はないし。とりあえず速攻活かそうと思うなら、西と東でベストなのよね。
広場を抜け、黒猫通りへと駆け込むと、不意にフレンドチャットの呼び出し音がする。
シンシアの文字が点滅しており、あたしは手早くウィンドウを開く。酷く焦った表情の、赤茶髪の少女が映る。
『妹よ、気を付けろ!』
交戦中なのだろう。背後から、スキルを放つ音や、金属と金属がぶつかり合うような音が響いている。そんな中、あたしの事を気にしていたんだろうか。
『暴漢を取り逃がした!おそらく、お前のいる場所の近くに向かっているぞ!』
ざわっと、背中を何かが走り抜けた。これは、恐怖なのか、それとも。
「嫌じゃ、放せぇ!!」
聞こえてきた声は悲鳴。フレンドチャットを通してではない。
あたしは視線を通りの先に向けた。白髪の少女が、男に追われている様が視界に止まる。あの追われてる子は……もしかして、アイラさん?
見覚えのある姿に、ざわっと、また嫌な感覚が駆け抜けた。
彼女は、友達と言えるほど親しい間柄の人じゃない。以前、何度かパーティーを組ませて貰って、遊んで貰ったっていうだけ。
アイラさんは、幼い少女の姿をしているロールプレイ派の、プレイヤーさんだった。雰囲気のあるプレイヤーさんだな、と、あたしは感心したものだ。
中の人の性別がどうであれ、今は、外見は幼い少女なのだ。
その少女に乱暴しようとする暴漢を、見過ごす?
そんなこと、あたしにできると思うのか!!
気持ちが高揚する。それと共に、魔力が満ちる。
これは、原動力。感情があたしを突き動かす。兄達も、もしかすると、こんな感情で動いてるのかもしれない。
「オーケイ、狩りの時間だよ」
多分、その時あたしの口許に浮かんでいたのは、凶悪な笑みだったと思う。




