5 不安
キッチンへと向かいつつ、あたしは、エプロンも欲しいなぁ、とぼやく。
いや、料理の作成は、アイテムメイクの生産用画面開いて、作成メニュー選んで、材料セットして選択するだけですけどね?
やー、しかし普段はアイテム効果で食べ物選んでたからなー。こうやって純粋に食べたい物を選ぶのってちょっと新鮮。
ああ、エプロン姿で料理作成したーい。ポーズだけでも、やってみたーい。エプロンつけてる方が絶対サマになると思うんだけどなー。
しかし、ロスト・タクティクスは、運営のお遊びが多いのか、食べ物の種類が豊富で良かったよ。毎日毎日同じ食べ物とかだったら、ちょっと凹むもん。チーズケーキはおいしかったけど、毎日アレだけ、とかだったりしたら、チーズケーキ嫌になっちゃうんじゃないかなー。いっくら美味しくても、毎日毎食とか無理です。
朝は、あたし、和食が好きだなー。
ぽんぽんっとメニューを選んで、おにぎり、みそ汁、鮭の切り身を選ぶ。ホントは、普通に炊きたてご飯だけ、ってあったら嬉しいんだけどなー。おにぎりも、おいしいんだろうけどもっ。定番の梅と、おかかのおにぎりだよっ。
あとは、だし巻き卵も食べたいなー。なんか、朝って卵とか食べたくなるんだよね。納豆とか海苔も好きなんだけど、それだとおにぎりよりは、お茶碗に盛った炊きたてご飯だ。炊きたてご飯に納豆と刻みネギ。ああ、なんて最強のコラボレーション。
ちょっとだけ懐かしさを味わいつつ、朝食を完成させる。ふわりとお味噌の良い香りが鼻をついて、出来上がりに満足だ。
「おはよ、カイン」
早速朝食の匂いに誘われたのか、むにむにと目を擦りながら、ハッシュが姿を現す。ちょっと癖のある黒茶の毛の中で、耳がぴこぴこしている。
ああ、もふもふ。もふもふしたい。
「おはよ。ご飯出来てるよ」
「ご飯っ!」
あたしの呼びかけに、ぱっとハッシュが目を輝かせる。思わずその素直な反応に笑いが零れた。
「ジル姉さん起こしてきて、一緒に食べよ。先にハッシュは顔洗っておいでよ」
洗面所はあっち、と方角を指差すと、尻尾をふりふり上機嫌でハッシュは洗面所の方へ向かう。
ああ、やっぱり尻尾って良い。
獣耳と尻尾でもへたれ具合の表現ができそうだ、と滾るものを感じながら、あたしはジル姉さんに割り振った客間の方に向かう。大人っぽい外見をしてはいるけれど、姉さんの趣味は、少女趣味だったりする。姉さんの好みそうな部屋になったと思うけどなー。
猫を象った背もたれの椅子とかも、この部屋に合うように一揃えで買ったんだ。ギルド、「猫まんま」の家具職人、鈴白さんの自信作。黒髪黒目のちみっこ少女な外見をしている有能な僧侶さんだ。そういえば、鈴白さんの相方の、鈴音さんはお針子じゃなかっただろうか。顔立ちとかは、鈴白さんにそっくりなんだけど、茶髪茶目のちみっこ少年なのだ。見た目は双子のように見えるんだけど、二人はマリアージュしている。
結構らぶらぶなカップルなんだよね、ここは。しかも同棲中のカップルでもあるらしく、時々中身が入れ替わってる事があって戸惑うんだ。
そんな鈴白さんに一式作ってもらったのが、この家具です。ベッド、テーブル、戸棚、本棚まで、所々に猫の模様が刻まれているのだー。あたし、鈴白さんのこの手法がすっごい好き。
でも、さすがにこれをカインの部屋ってするには、男キャラだし、ちょっと抵抗がある。 だから、泣く泣く客間にしているんだ。
「ジル姉さん?」
一応扉をノックしてから声を掛ける。中の人の性別はともあれ、今はあたしがカインだし。女性の着替えとかに、うっかり遭遇しちゃったら、カインは真っ赤になって顔をそらして、勢い良く扉を閉めると思うんだ。
カインはへたれだけど、紳士なつもりですッ!
「……カインくん?」
中から聞こえてきた声は、涙声だった。
ああ、やっぱりなぁ……。
やっぱり、ジル姉さんは、無理してたんじゃないかな。昨日は、あたしの家に来る頃には泣きやんでたけど、無理にお決まりのギャグをかましてたけど。
「中、入っても良い?」
あたしは、なるべく穏やかな声で呼びかける。
しばらくして、良いよ、と返事が返されるのを待って、あたしはそっと扉を開けて部屋の中に身を滑り込ませた。
随分泣いたのだろう。その目は真っ赤になっていた。まだベッドの中に深く潜り込んだまま布団を被って、枕を抱いた状態で、顔だけをこちらに向けている。
ゆっくりと歩み寄ると、あたしはベッドの縁に腰を下ろした。手を伸ばして、ぽんぽんとジル姉さんの頭を撫でる。金色のさらさらした髪は、凄く滑らかだ。
「私達……戻れるのかな」
ぽつりと呟かれた声。いつもの元気はそこには感じられなかった。
返事を求めていた訳ではないのだろう。ただ、不安がそのまま口に出てしまった。そんな感じだった。
呟いてしまった後に、しまったと言いたそうにジル姉さんの秀麗な眉目が顰められる。
あたしに答えられる問いではないことも、彼女はちゃんと知っている。けれど、不安が彼女の心を締め付けるのだろう。こんな呟きを落としてしまう位には。
「何かの不具合なら、修正が来るだろうね。まあ、そう言っても、今回のは……不具合の一言で済ませられない非現実だけど」
すん、と鼻を啜る音。話している内に、段々落ち着いてきたのか、涙は止まったみたいだ。
「戻れる方法があるっていうなら、探そう。もし、戻る術がないっていうのなら……その時は、その時だよ」
真っ赤な目をしたジル姉さんが、じぃっと顔を覗き込んでくる。
だから、あたしはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「その時は、楽しんじゃお」
「ふぇっ?」
あたしの言葉に戸惑ったのか、ジル姉さんが間の抜けた声を上げる。
「だって、ゲームキャラになるなんて、ありえない経験だよっ!剣も魔法も使えちゃうんだよっ!生産も簡単に出来ちゃうし、うっかり現実世界でサバイバル、なんていう状況より救いがあると思うなぁ」
力説するあたしに、ぽかんとジル姉さんが目を丸くする。
「カイン君……前向きだねぇ」
「ま、そこは一応取り柄だからねー」
へらっと笑って肩を竦めてみせる。
「根性据えて、前を見て行かなきゃ、進めないし。立ち止まってて、何か変わる訳じゃないよね。だったら、開き直ってやれる事やろうって」
もう一度ジル姉さんの頭を撫でてから、あたしは立ち上がる。
くるっと回って振り返り、人差し指を立てて口許に当てる。
「ファーロット家の家訓だよ」
冗談めかして続ければ、ジル姉さんは笑ってくれた。
「私も、自分のできる事、しないとね」
「まず姉さんがするべきことはっ」
立てた人差し指を、びしっと突きつけるように向ける。
「顔洗って、みんなで朝ご飯だよっ」
「はぁい」
笑いながら答える様子に安心して、あたしは一足先に部屋を出る。出掛けに、洗面所の方向をジル姉さんに示してから、キッチンの方へと戻った。
キッチンへと戻ると、すでにハッシュがテーブルについて待っていた。
付き合いの長さからだろうか。ハッシュはジル姉さんの状態に気付いていたようで、長く待たされた事にも、彼女の目が赤い事にも、何も言わなかった。
いつものように穏やかに笑って、隣に腰掛ける彼女を優しく見守っている。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
「召し上がれー」
両手を合わせてから、おにぎりに手をつける二人を見守り、自分もおにぎりを取る。
まだ完全な熟練度とは言えないんだよね、このおにぎり……。良く使うステータス上昇の食べ物とかは、生産頻度が高いから上がりまくってるんだけど、あんまりおにぎり作る機会がなかったからなぁ。もう少し極めようと思えば、極められるレベルなんだよね。
はむ、と頬張ると香ばしい海苔の風味と、梅干しの酸っぱさ、はらりと崩れるご飯の甘さが、怒濤の様に襲い来る。うう、上げきってなくても十分においしいっ。でも、上げきったらもっとおいしくなっちゃうのかな。頑張っちゃおうかな。
全体的に、ロスト・タクティクスの食べ物っておいしいような気がするなー。もし万が一戻れなかったとしても、食べ物おいしいのは良いよ、良いよ、大事なことだよー。幸せなことだよー。
そしたら、あたし、ここで飲食店でも開いて生きて行こうかしら。
結果。おいしいご飯も偉大でした。どうしよう、現状を嘆く所か、前向きに物が考えられてしまうよ!!
ハッシュも、ジル姉さんも十分に満たされたのか、あたしが出した食後の緑茶を飲みながら、まったりしている。
「こんなしっかりした朝ご飯、久しぶり……」
湯飲みを傾けながら、呟くハッシュにあたしは首を傾げる。
「あー、ハッシュは一人暮らしだもんねぇ」
リアルでも友達だという二人は、当然お互いの事情を知っているのだろう。そういえば、ジル姉さんは自宅暮らしで、ハッシュは家を出てるんだっけ。
「一人だと、朝は適当に食パンだけ焼いて、とかねー」
「自宅でも面倒くさくて食べない時とかもあるわよ」
みんな色々なんだなぁ。我が家は、朝食はしっかり食べる、がモットーだったから、毎朝しっかり食べてるなぁ。大体和食が多いんだよね。朝、お味噌汁の匂い嗅ぐと、ほっとするっていうか、朝が来た、って気がするのよねー。
ふと、先程の兄との会話を思い出す。不安にさせるとは思うけど、やっぱり二人にも伝えておかないとならないよね……。朝食効果でまったりしてる内のが良いかな。
「二人とも、ちょっと良い?」
これからの事なんだけど、と続けるあたしに、二人が視線を向けてくる。
「ショップとか、銀行とか使えるか確認して、少し外に出ようと思うんだけど」
「りょうかーい」
「倉庫は大事よっ、私のコレクションっ」
「あぁ……ヴァルハラシリーズ」
力一杯拳を握って力説するジル姉さんに、苦笑しながらハッシュが返す。
ああ、と私も思い出す。実はジル姉さんも結構なレアハンターなのよね……。特にヴァルハラシリーズって呼ばれるユニーク装備に力を入れていたっけ。
ユニーク装備っていうのは、ボスドロップ装備なんだけど、凄くドロップ率が低いアイテムなんだよね。アイテムドロップ率を上げてくれる盗賊職の人を連れて、あたしも良く手伝いで姉さんと籠もったなぁ。おかげで、大分レベルが上がった気がする。
武器、防具と、姉さん全種類集めきってる筈だ。付いた二つ名が天上の魔女。……変態熟練度より全然良いんですけどー。べ、べつに悔しくなんかないんだからねっ。
あたしは、ユニーク装備は見た目くらいしか興味がないから、普段使ってる武器防具は職人さん製だけどね。職人さんは銘を入れたり、好きな能力をカスタマイズエンチャントっていう効果で伸ばす事ができるから、職人さんの武器防具も良い物なのよ。
銘を入れるのと共に、そのアイテムに好きに名付けできるから、自分好みの名前の武器とかにして貰えるんだ。やっぱり、その方が愛着湧くしっ。
それはともかくっ。出る前に説明しなくちゃね。
「で、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだ」
出られるかと二人の様子を伺うと、既に準備済みのようで、あたしは頷きを返してマイハウスを閉じる。先日マイハウスを出していた黒猫通りに出た。
兄がしたように、あたしも二人にマップを開いて貰い、文字を確認して貰う。見慣れない表示に驚いた二人に、今朝シンシアから聞いた事態を話す。
「治安ってないようなものみたいだから、十分気を付けてね。特にジル姉さんは、そういう被害がないとも限らないから……」
「あ、多分大丈夫よ」
不安いっぱいのあたしに、あっさりとジル姉さんはひらっと手を振る。そして左手の薬指に嵌められた指輪を見せるように手を上げる。
「結婚スキル。危なくなったら、ハッシュに召喚んで貰うから」
あ、パートナー召喚か。そういえば、そんなスキルもあったね。
マリアージュしていて、親密度を上げていると使えるようになるスキルの一つだ。文字通り、パートナーの元へと瞬時に移動することのできるスキル。
戦術の幅も広がるし、あると便利そうなんだけどな。まあ、こういう不測の事態には、使えそうな気がする。
「じゃ、手分けして確認しましょ。お互い、何かあったら連絡。オッケ?」
ジル姉さんの言葉に、あたし達はそれぞれ頷いた。
サウスタウンのマップは広い。手分けをした方が早いだろう。危険はあるようだけど、有志の変態紳士の方々にお任せしよう。
気を付けて行動することを約束し合って、あたし達はそれぞれの施設へと別れた。




