4 予兆
ふかふかのベッドって、思ってた以上に偉大だったわ。なんだか、すっごくスッキリしてる。疲れとかも取れてるし、頭もスッキリ……って、もしかして、これ、RPGゲームにありがちな宿屋効果的なモノ!?
HP、MP完全回復、ステータス異常も完全回復、みたいなっ。だとしたら、半端ないわねー、コレって。
起き上がって大きく伸びをしてから、部屋に配置してある鏡を覗き込んで髪型を整える。寝癖とかは……ついてないなー。この辺、やっぱりゲームなんだろうなー。
でも、と昨日から着たままの服を見ながら思う。
ルームウェアとか欲しくなってくるなぁ。誰か腕の良いお針子さんいなかっただろうか。今度頼んでみよう。
お針子っていうのは、ファッションアイテムを作成できる生産職の事だ。この世界では、装備品とファッションアイテムを分ける事もできるんだ。ごっつい鎧とかも、ファッション品を装備することで、ファッション品の外見に見せる事ができるから、隠せて重宝だと思うの。
ま、うちのカインは魔術師系だし、ローブ類は装備できるけど、金属鎧の関係は装備できないから関係ないんですけどもー。でも、どうせなら格好良かったり、可愛かったりする方が良いじゃない!
外見も、キャラ愛への大事なポイントですよ!!
中には鎧に萌える、燃える、って人もいるけどね。塵にも、ゴツい鎧の女戦士萌え、っていうおにーさんがいたかな……うん。
でも、あたしはファッション品を好みます!今は、部屋着用のファッション品を強く求めます、ええ。
洗面所で顔を洗っていると、ピンポーンと呼び出し音が響く。タオルで顔を拭いながら、フレンドチャットを開くと、シンシアの文字が輝いていた。
もう自キャラ萌えの世界から帰ってきたんかい……。
あたしはちょっと半目になりながら、チャット用のウィンドウを開く。赤茶のポニーテール童顔巨乳少女の顔が、ぱっとスクリーンに映し出される。相変わらず、この両胸に装着された大きなマシュマロは違和感というか、迫力というか。
む……、なんだか不満そうな顔してる?
「……どしたの」
『妹よ、吾輩は思ったのだ』
神妙な面立ちのシンシア。
何だ何だ、何があった。
『この麗しの悩ましいボディは吾輩の為のモノなのに、吾輩がシンシアたんの中の人になってしまっては、存分に眺めて楽しめぬではないかあ~~!!』
悲痛な叫びを上げるシンシア。
なんだか頭痛くなってきました。こういう所、ホントあたしの兄です。
「つまり、あんまし楽しくなかったと」
『ウム』
先程までの悲痛さはどこへやら、あっさりと頷くシンシア。
『鏡を眺めて愛でるのは少し違うのだよ~~』
悩ましく身悶えたかと思うと、がくっとシンシアの肩が落ちる。
ああ、兄の気持ちが、分かりたくないけど分かってしまう。自分のキャラに萌えるが故に、自分のキャラになるのは不満だというジレンマ!!
外から愛でたい!そして他の人に自分のキャラが愛でられたりするのを見ていたんだー!その場合の愛でるは、弄られるでも良いんだよォー!!
はっ!興奮し過ぎてしまった。これでは兄だけを変態扱いできない!?
自分の思考に思わずショックを受けるあたし。
『だがな、妹よ』
不意に真面目な声になる兄に、先程のショックを忘れて、はっと顔を上げる。
シンシアは、やけに真剣な顔をしている。
『吾輩達は、萌えという域で留まっているが、世の中……、今のこのゲーム内という意味で使わせて貰うんだがな。世の中には、そうでない男も多いようだぞ』
「……兄貴、それって?」
『その前に、確認して貰いたい事がある。今、マイハウスの外に出られるか?』
問われ、私はちらっと客間の方を見やる。まだ二人は寝てるみたいだね。大丈夫そうだ。
「ん……できるけど、どうして?」
『ウム。表示は、自分の目で確かめて貰った方が良いと思ってな』
やけに真面目な表情で、言葉を濁すシンシアに押されるようにして、あたしは玄関へと向かい、マイハウスを消さないようにしながら、扉をくぐって外に出た。部屋主は出る時に、マイハウスを消しながら出る方法と、マイハウスを残しながら出る方法の二種類があるんだ。マイハウスを消しながら出ちゃったら、今寝てる二人が外に自動で放り出されちゃう事になるから、気を付けないとね。
サウスタウンの黒猫通り。あたしが昨日マイハウスを立てた場所だ。フレンドチャットの位置が変更されただろうから、あたしがマイハウスを出たのは、シンシアには分かってるはず。
『そこでマップの情報を開くんだ』
言われるままに、あたしは半透明に浮かぶウィンドウを操作して、マップを開く。ダンジョンや、街、フィールドで迷った時に使う機能だ。自分のいる位置と、マップ名が表示される仕様になっている。あとはパーティーを組んでいる場合、パーティーメンバーが同一マップにいた場合、場所が表示されるようになってるかな。
離れた位置にいると、そのいる地名だけ表示されるようになってる。
まあ、ともかく……、と。あたしは視線をマップに走らせる。ゲーム時代と変わらない仕様で、地図には現在のあたしの位置がアイコンで表示されている。
『右下を見てくれ』
言われて視線を移す。普段だと、そこにはマップ名が表示されるはず。サウスタウン黒猫通り。名前は正しく表示されている。しかし、その後に続けられている見慣れない表記に、あたしは固まった。
PK可。そう表記が付け加えられている。
PK…… Player Killer、あるいはPlayer Killing。別のプレイヤーの操作するキャラクターを攻撃して、殺してしまう行為だ。金品やアイテムを奪う目的だったり、単に自分の強さを誇示したいだけとか、まあ、理由は色々あるんだろう。
でも、ロスト・タクティクスには、PKシステムは、もともと存在していなかった筈なのだ。それが、どうして。
『……多分、最初は、憂さ晴らしのPK目的だったんだろう』
シンシアの声は重い。
呑気にあたしが寝てた間に、何か事件があったんだろうか。
『多分、それがエスカレートしたんだろうな。……数人の男性プレイヤーに襲われそうになった女性がいる』
ぞわっと、嫌な感覚が背中を駆け抜けた。襲われそうになったって……PK目的じゃなく、って事、なのかな。
『偶然通りかかってな。現在は、我がギルドで保護している状態だ』
そ、っか…。昨日、やっぱりあたし頭働いてなかったんだな。そう……だよね。警察みたいなものとか、法とかないんだし。治安とか、そういうのも、ないんだ。何やっても良いとか考えちゃうバカが現れたって、おかしくないよ。
いくら年齢層が高いゲームだって言っても、結局は中の人の問題。己を律する事のできない大人だって、幾らでもいるし。
『我がギルドは、始めに変態の二文字は付くが、紳士の集まりだからな。それに吾輩を筆頭に、9割が性別逆転してるし』
えへん、と胸を張るシンシア。
変態紳士だけど、すっごいフェミニスト達なのよね、兄のギルドは。襲われたって子が助けられたのも、ある意味妥当な流れなんだろう。お節介が大好きで、世話焼きの多い高レベル者の集まりでもあるし。
『妹よ、幸いにもお前は性別が逆転しているから、そうした危険は少ないとは思う。が、十分に気を付けるのだぞ。八つ当たりに襲ってくる者もいるようだからな』
突然の事にパニックして、やけを起こしている者が増えているのだとか。
気持ちは分からなくもないけど、人に向けてしまうのは、良くない事だよね。しかも女性を乱暴するとか、もう最悪です。
『件の女性の問題もあり、我がギルドの暇を持て余した有志の紳士諸君が、街の警邏に回っている』
うわ、変態紳士マジ紳士。なんて良い暇人。
『女性とは守り、慈しむべき存在であると思うのだ。故に、女性に無体を働く輩は神殿送りだ!』
ギリっと拳を握って力説するシンシア。
あー…女性に幻想抱きすぎて、ちょっと違う方面に行っちゃってる気もするけど、ま、いっか。それで危ない目に遭う女性が減るなら良しだ。
『自主的に見回りをしてくれておる面々も、何度か襲われたようだ。問答無用で神殿送りにしてやったようだが』
暇人紳士半端ない。でも、あの人達が見回ってくれてるっていうのは、少し心強いかな。一時期、あたしはそのギルドにお世話になってた事があるんだ。始めたばっかりの頃だったんだけど、兄がマスターやってるから、って誘われて。
妹ちゃん、妹ちゃんって呼ばれて、彼らにはよく面倒を見てもらったりした。でも、自分のできる所は自分でやりたかったし、そういう所は素直に言って、見守って貰ったりしたんだ。世話をする所と、見守る部分の区分は、きっちり付けてくれてる人達だった。良い大人の人が多いんだろうなぁ、と思ったよ。
しかし、しかしだよ。そんな人達のマスターがこの兄で良いんだろうか……。
レアアイテムハンターの廃人だとは、思うんだけどね……。
『不穏な流れもあるようだから、十分気を付けろよ、妹よ』
「ありがと、分かった」
ま、心配してくれてるみたいだから、そこはありがたく受けておく。ウム、と満足そうにシンシアは頷いて交信が切れ、あたしはまたマイハウスの中へと戻った。
とりあえず、この事はなるべく穏便に二人に伝えないとね。無駄に怖がらせたり、警戒させたりするのも悪い。でも、何も知らないで、二人が巻き込まれてしまったりするのは、もっと怖い、かな。
良く一緒に遊んだりするだけあって、二人ともカンストの200レベルに到達している。二人とも、プレイ歴も長いし、プレイヤースキルもある方だと思う。だから、よっぽど不意をつかれない限りは、大丈夫だと思うんだけど。
同じく高レベルのキャラクター使っている人とかだと、どうか分からないからなぁ。
突然、ゲームの中に閉じこめられちゃって、ゲームキャラの能力とか、みんな受け継いじゃって。出る手段とか、分からなくて。それで他の人に、その能力を使って八つ当たり、なんて。
気分の良い物じゃないよね。格好いい事じゃないよね。
あたしは、そんな格好悪いことしたくない。……それで、良いかな。
パンパンと両頬を手で挟むようにして叩き、気合いを入れ直す。
あたしは、あたしに出来ることをする。今は……、と、改めて室内を見回しながらキッチンの方へと向かう。おいしい朝食を用意しよう。
おいしいご飯は正義です!!




