9 接近
なんでこうなった。
いや、大事なことだ。改めてもう一度言おう。
なんでこうなった。
あたしは膝の上に座った少女を、困ったように眺めながら、今日何度目かの自問を繰り返した。あたしの困った様子に気付くと、ぽふんと頭をあたしの胸に預けながら、ぐぐーっと顔を見上げてくる。
「仕方あるまい。もう暫し辛抱せい」
可愛らしい声で言って、アイラ嬢はまだ目線を前へと戻す。
うう、なんだかとても居たたまれません。
二人でソファに座るのは良いんですけど、お膝だっこまでしちゃう必要性があるんでしょうか。
その元凶となった、新しく加わったウィンドウのグラフを、じっと睨み付ける。
あ、またちょっと上がった。うーー、これが有効なのが、なんともっ。
あたしは、こっそりと溜息を漏らした。
「で、どうしましょうか」
時は遡り、アイラ嬢からのプロポーズ(?)直後。
アイラ嬢とマリアージュする事を決めたまでは良かったのだが、具体的にどうしたら良いのかが、分からなかった。
今、私達はログアウトできない状況にある。ってことは、偉大なる先人様の英知の結晶、wikiを見ることができないのよー!!
ロスト・タクティクスにも、データベースであるwikiが存在している。廃人と呼ばれてしまうような方々は、我先にと新しいクエストに踏み出して下さったり、実験に実験を重ねて下さったりする上に、その知識をwikiに載せて下さるから。とっても、有り難い。いつもお世話になってます。
が、この状況では、それが確認できない!!
あたし、マリアージュにはそんなに興味なかったから、wiki確認してなかったのよー。これが、まさかそんな風に裏目に出るなんてーー。
アイラ嬢連れで、手探りでマリアージュイベントを行うんじゃ、またいつアイラ嬢信者に襲われるか分かったもんじゃないし。
「まずはパートナー申請だよね」
ハッシュの言葉に、おお、と思わずあたしは視線を向けた。
そうだよね、マリアージュ経験者だったよね!あたし動揺でボケてたのかしら。
あたしは、ステータス画面を眺める。パートナー、パートナー……あ、これかな?
見つけ出したボタンを操作して、アイラ嬢を選んで申請を送る。
「おお、届いたぞ」
おそらく申請の通知が届いたのだろう。
暫くして、申請が受諾されました、とメッセージが表示されて、ぽんっとあたしとアイラ嬢の前で、ハートの風船みたいなピンクの塊が弾けた。
うわっ、何コレ、はずかしっ!コレ、広場とか人がいっぱいいる場所でやったら、とっても恥ずかしいんじゃっ。他に人が入って来られない所で良かったよーー。
パートナーウィンドウを見ると、何やら新しいゲージが増えている事に気付く。
なになに?親密度ゲージ?
今は……んっと、20%位かな。
「親密度ゲージ出た?」
ジル姉さんに問われ、あたしはこくりと頷く。
「そのゲージが100%になると、マリアージュできるようになるのよ。上げるには、一緒に狩りしたりとか、クエしたりとか」
え、この状況でですか。アイラ嬢信者に襲撃されますよ。
「会話やキスエモでも上がると、我がギルドのデータベースが言っておるぞ」
ギルドチャットだか、フレンドチャットをしていたらしいシンシアが口を挟む。
塵のデータベースって……猫耳メイド男の娘、ミナトさんか。
実験が大好きな召喚士の男キャラの女装っ子だ。男の娘が萌えるんだ、むしろ男の娘にしか萌えないんだ、と豪語してしまう変態紳士さんだ。しかし二次元に限る、と付け加えてたけども。
ミナトさんは、色々実験大好きで、良く闘技場にギルドメンバーを連れて籠もっていたなぁ。このステータスだと、どの程度ダメージを与えられるのか、とか、ユニーク武器とプレイヤー作成の武器はどちらが強いのか、とか。
流石にあたし相手にっていうのは、なかったけどね。まあ、マスターの妹っていうのもあったしねー。しかし、何よりスキルが当たらなかったというのが一番強いのかもしれないけども。
クエスト攻略とかも大好きで、兄が攻略に走る時は必ず着いていくような人だったな。
心強い味方ではあると思うんだけど。
萌えは人それぞれと言おうか。だがしかし、残念ながら、あたしには男の娘に萌える趣味がないんだ。
いや、ミナトさん本人としては嫌いじゃないんですけどね。
というか、まず運営に問いたいんですけど、なんで猫耳メイド服は、男女兼用のファッションなんですかね。何か狙ってるんですかね。
閑話休題。
「まずはゲージ上げ頑張れっ」
「その後は、ヴェール作成と指輪作成だよね。んーと、極上の絹と、ミスリル銀が必要だったかな?」
「ふむ、それなら真田が持っているらしい」
「流石じゃ」
ああ、なんだか、どんどん話が進んで行きます。
そして、何でマリアージュイベントに必要なアイテムまで保持してるんですか、真田さん。いつもの秘技『こんなこともあろうかと』ですか。
笑顔で言う様子が思い浮かび、あたしは頭を抱えた。声まで浮かんじゃうよ。
この状況下でゲージ上げって、安全なのは会話とキスエモじゃないか。しかし、今エモとかがなくなってるような状況だから、普通にいちゃつけってことなんですかね。
さあ、遠慮なく、とか言われても困ります。
期待されたような目で見つめられても困ります。
結局、音を上げたあたしに、アイラ嬢を除く面々はどうにか席を外してくれた。
そして、今に至る、と。
席を外したというか、シンシアの場合は、副マスター達の帰ってこい命令によるものだったと思われるが。アイラ嬢の件がある程度解決したので、また警邏に戻ったようだ。なんだかんだで慕われているというか、良い様に使われているようだが。
上がりきったら連絡しろよ、というシンシアの顔は、お色気展開を見られなくて残念、という色合いがまざまざと出ていた。
そんな展開になりゃしないっつーの。
ジル姉さんとハッシュは、先程確認に行けなかったフィールドに行って来ると言って、調査に出てくれた。戻ったら連絡をくれるようなので、それまで他の人が入れないようにマイハウス人数は減らしておいた。
強制排除できるとは言え、アイラ嬢信者でも入ってきたら面倒だし。
とりあえず、会話で親密度ゲージを上げようと言うことになり、ソファに二人で座っていたのだが。ひっついた方が上がるのではないかのう、などと言い出したアイラ嬢に、膝の上に座られて数分。明らかに、先程よりゲージの上がりが早いです。
何故こうなった。
運営、何を求めてるんだ。
ゲーム時代ならともかく、今のこの状態でされてもなー。ホントに仲良くないと、マリアージュとか厳しいんじゃないのかーー。
別にアイラ嬢の事を嫌いとか、そういうんじゃないけどっ。
「のう、熟練度の」
黙り込んでいると、ちらっとアイラ嬢がまた見上げてくる。
「ん?」
「重くはないかの?」
心配そうに問われ、あたしはぽふぽふとアイラ嬢の頭を撫でた。ああ、またちょっとゲージが上がっとる。
「アイラさんは小柄だからね。大丈夫、大丈夫」
「なら良いのじゃ」
ほっとしたように笑むアイラ嬢。
いや、なんというか気まずいのは、こんな風に引っ付いていなきゃならないって部分でさ。
恋人関係の相手とかだったら、多分気にはならないんだろうけど、アイラ嬢とはそういうものじゃないし。
確かに、可愛らしいとは思うのよ。妹みたいな感じ?
アイラ嬢は嫌いじゃないし、むしろ好感を抱く相手ではあるんだけどね。なんていうか展開早すぎて、恋愛枯れてるあたしには、すでにいっぱいいっぱいなんです。
「しんどそうじゃのう……」
もぞもぞと膝の上のアイラ嬢が、あたしの方へと向き直る。向かい合わせで座るように膝の上に納まりながら、小さな両手があたしの頬を包み込む。
「いえ……」
「いや、虚勢を張らんで良いのじゃ。すまんな、儂のワガママで巻き込んでしもうて」
こつん、と額が押し当てられ、至近距離にエメラルド色の瞳。
ぱさりと伏せられる睫毛の長さに、思わず見とれてしまう。
「おんしは、恋愛に奥手そうじゃからの。そこに付け込むような真似をしてしもうた」
すまん、と続けられる囁きは、申し訳なさそうなもので。
でも、そんな打算をした気持ちも、分からなくはないのだ。奥手だからこそ、手を出してくる事はないだろう、ということなのだろう。
「おんしに助けられ、儂は本当に嬉しかったのじゃ」
ありがとう、と吐息混じりの囁き声で告げられて、あたしは緩く首を振る。
「俺が、やりたくてやったことだから」
気にする事じゃない、と囁けば、少しだけアイラ嬢の表情が寂しそうなものになる。
「何故、と問うても良いか?」
向けられた問い。何故とは、何に対してなのか。
「何故あの時、儂を助けてくれたのじゃ?」
ああ……。それが気にかかっていたのか。
ぞわ、とあの時の嫌悪感に似たものが、背筋を這う。
それは、きっと私のワガママだ。見たくなかったから。見たくなかったから、助けた。
まるで、あの時のような。
あの時のような再現は、もう、二度と。
「中身はともかくね、外見の幼い少女に乱暴するような男は、許せないだけ」
吐き捨てるように返した声は、少し冷たかったかもしれない。うっかり喉を突きかける本音を払うように吐き出したのだから。
頬を挟んだ状態のアイラ嬢の掌が、優しくこするように動く。まるで慰めるように。
「おんしは、紳士じゃの」
今の性別に合わせた言葉を返してくれるアイラ嬢に、目を瞬かせる。
カインの状態で、そう言って貰えるのは、嬉しい。思わずあたしは笑みを浮かべた。アイラ嬢の口許にも笑みが浮かぶのが見える。
恋愛とか、そういうのとは関係なく。お互いにロールプレイをしているプレイヤーであるが故か。そのキャラクターの性別として扱いを受けるのは、嬉しいみたいだ。おそらく、アイラ嬢もそうなのだろう。とはいえ、完全に女性扱いで襲われたりとかは問題外だろうけども。
そして、無理に聞き出そうとはしない態度にも、救われた気分になる。
話したいものではない空気を感じ取ってくれたのだろう。多分、アイラ嬢はそんな気遣いのできる大人なのだ。
暫く視線を合わせて、アイラ嬢はまた元の位置に戻って座り直す。
「無理せず、時間を掛けて上げるとするかの」
「……ん」
こく、とあたしは頷いて返し、ゲージを眺める。先程の密着状態より、ゲージの上がり方は減ったが、それでもじわじわと、上がりつつある親密度ゲージ。この時間で、この上がり方だから、数日かかりそう。
でも、さっきよりは、気持ちの重さは、なくなってきた気がする。
静かになった空気は、先程よりも穏やかに感じられる。
沈黙が、苦ではないような気がするのは、少しだけ近付いたからだろうか。
あたし達は、3日かけて、親密度ゲージをゆっくりと100%まで上げた。
その時間は、凄く穏やかなものだったとだけ、言っておこう。




