10 疾風迅雷
「さあ、妹よ。すべての準備は整った」
「なんぞこれ」
「このために作らせた婚礼衣装だ。会場についてから着替えるんだぞ」
数日ぶりに顔を合わせたシンシアは、何やらうきうきした様子でアイテムを差し出してきた。受け取ってみると、純白のタキシード衣装だ。
一瞬の早着替えだから、着替え自体は問題ないんだろうけど。
アイラ嬢にも、ウェディングドレスを渡しているようだ。その間に、あたしは受け取ったタキシードの情報を調べる。……うわぁ、この衣装って。
思わずあたしは視線をシンシアに向ける。
視線に気付くと、シンシアは、ぐっと親指を立てる。
「鳳凰とフェンリル狩ってきちゃったゾ」
マジか。
やっぱり、コレ、鳳凰の羽根とフェンリルの毛皮でできている最高級品のタキシードなのかっ!!
おそらくアイラ嬢に渡ったものも、同じく最高級品のドレスなのだろう。ぽかんとした顔で、シンシアを眺めている。
お針子の作れるファッションアイテムだが、その種類は多い。そして、マリアージュ関連の品も、無駄に種類が多かったりする。ウェディングドレスとタキシードもグレードがあって、簡単なものは、街の近隣で採取できるような素材で作る事ができる。
しかし、この衣装の素材は、鳳凰とフェンリル。それぞれ170レベル、120レベルのボスキャラだ。その二種をわざわざ討伐してきたというのか?
「これが一番似合うだろうと、同志達の総意だ!」
親指を立てたまま、ものすごーく良い笑顔だ。
ネタに命を賭けてしまう塵の真髄を、ここに見た気がします。
「あ、ありがたく」
流石のアイラ嬢も顔を引きつらせている。
あたしもまさか、鳳凰とフェンリル製のタキシードなんて出てくると思わなかったもん。
「あと、極上の絹と、ミスリル銀だ」
それぞれアイテムを渡されて、あたし達はそれを受け取った。
「良いか、クエスト開始したら、即終了させてマリアージュすること。良いな?」
なんだかシンシアが鬼気迫っている。何かあったんだろうか。
親密度を上げる為に、マイハウス籠もりしてた3日間で一体何が。
きょとんとしているあたしに、ハッシュが眉根を寄せた。
「うん、この何日か街に出て情報集めてたんだけどね、アイラさんのファンの人達が、カインを探してたんだ。カインがアイラさんをお持ち帰りしたんじゃないかって」
「はぁ!?」
思わず間の抜けた声が出た。
「カインが叩きのめしたっていう人達がいるでしょ。魔法のあまりの当たりにくさと、使ってきた20本のアローから、カインの身元が古参経由でバレたらしいの」
な、なんでそんなことに。
「アイラさんが数日姿が見えないこともあって、ファンの変な執念とか嫉妬心とかが燃え上がってるらしいんだよねー」
ロリババア怖いよ、ロリババア。
「というわけで、即マリアージュしてしまえ」
下手すりゃアイラ嬢公開プレイだ、と脅し文句を吐かれ、ぶるっと身震いする。アイラ嬢も、その事態に流石に青くなっている。
しかし、しかしだ。
待って。
ねえ、待って。
これって、もしかしてマリアージュした後って、あたしの身の方が危ない流れになったりしないか?主にPK的な意味で!!
思わずそれを口にすれば、アイラ嬢は一瞬きょとんとして。次いで、にっこりと笑顔を浮かべながら、あたしの肩を叩いた。
「まあ、おんしの幸運を超えるものは、そうはおるまいよ」
「待て!!最適って、最適ってそういうコトかぁーーー!!」
「攻撃が当たらないと分かったら、流石に飽きて仕掛けて来なくなるんじゃないか?」
あっさり返されるシンシアの答えに、あたしは眩暈さえ覚えた。
それまで攻撃を受け続けろと。
「ふ、ふふふふふ」
もう、こうなりゃ笑うしかないじゃないか。
開き直るしかないじゃないか。
常に幸運ドーピングしてやるしかないじゃないか。
やってやるぁーーーー!!
「さあ、ちゃっちゃとマリアージュしちゃおう!」
完全に開き直ったあたしは、がっとアイラ嬢の手を取って握る。もう、あとは野となれ山となれ。
「お、おう」
あたしの気迫に押されたのか、こくこくと頷くアイラ嬢。
やると決めたら最短ルートよ。余計な邪魔に入られたくないし。
「よし、一同配置につけー」
ギルドチャットだか、フレンドチャットだかでシンシアが指示を出している。くるっとこちらへと向き直り、びしっとシンシアが片手を上げる。
「現時刻をもって、プロジェクトM遂行だ!」
気合い満々で宣言する。おー、とそれに合わせて、ハッシュとジル姉さんも腕を上げる。
きっと、それはおそらく各地で繰り広げられているのだろう。主に塵のメンバーだろうが。
見てるあたしは、どうしたら良いのか分からないんだけども。
「行くわよ」
シンシアの口調が変わる。よそ行きモードの女性バージョン、と言った感じか?それは他人の前に出るということ、即ち、外に出るという事なのだろう。
シンシアのそれを皮切りに、あたしはマイハウスを解除した。
ぱっと周囲の風景が黒猫通りに変わる。他の人から見たら、突然あたし達の姿が現れたように見えるだろう。が、突如あたし達を待ち構えていたかのように、紅の鎧を身につけた一団に取り囲まれた。
ぬなッ!?まさかアイラ嬢信者が張ってたとか!?
思わずあたしは身構えるが、それはどうやら杞憂であったようだ。
紅の鎧の一団は、あたし達の姿を見た途端、一斉に跪いたからだ。
ちょ、どういう事なの……
あまりの事にぽかんとしていると、おそらくその一団のリーダーであるらしい赤毛の男が口を開いた。
「レオンハルト団長の命により、我ら紅蓮の騎士団一同、馳せ参じております」
あッ!?この赤いの、紅蓮の騎士団ギルドか!!
聞き覚えのある有名人の名に、はっとする。うん、確か、騎士限定ギルドなんだよね。騎士ロールプレイ大好きな人達のギルドで、ちょっと中二病ちっくだなーと思った覚えがある。でも、騎士プレイには心惹かれなくもなかったんだけどねっ。
へたれ男が一番の好物ではありますけれど、ストイックな騎士っていうのもおいしいですよ、萌えちゃいますよ。そこにへたれ属性ついたら、更に萌えちゃいますけど。
危うく妄想に走りそうになったが、今はそれどころじゃないわね。
「紅蓮の騎士団のご協力、感謝します。DDD盟主として、いずれご挨拶に向かいます。よろしく団長様にお伝え下さい」
よそ行きのしとやかさでシンシアは微笑む。ほのかに伏せる目元に色気を漂わせているぞ。
こういう時にも、その自キャラ萌えは役に立っているようだ。どの角度から見せたら良いか、どんな仕草が魅力的かと、研究しまくっとるんだろうなー。
赤毛の騎士様が、ぽーっとなっちゃってるぞ。確か、あの外見、堅物って噂の副マスターのシリウス氏じゃないのかな?
「安全に新郎新婦を、式場に届けねばなりません。どうぞ、皆様にも御武運を」
取り出す鉄扇を、しゃらんと鳴らしながらシンシアが舞う。円舞、戦女神の祝福だろう。
その場にいる者に、攻撃力上昇をさせる剣舞士の補助スキルだ。優美な舞に、一同の溜息が落ちる。そして高まる士気が、ひしひしと。
「いざ、出陣です!」
まるで戦女神さながら、高らかに叫ぶシンシア。
うん、現在の士気は最高潮だと思うよ。みんなの気持ちも、分からなくはないよ。
でもね、こんな所で、鬨の声とか上げちゃダメだと思うの。
案の定、その声でこちらに気付いたらしい一団が向かってくるもの。アレ、アイラ嬢信者だよね?
あたしは手早く、向かってくる一団に対峙してくれる騎士団の方々に、補助呪文を紡ぐ。北風の息吹で、攻撃力と命中率を、南風の息吹で体力と物理防御を補う。一定範囲内のメンバーに複数掛けできるのは、やっぱり便利だわ。
範囲か単体か選択することができるのだけど、当然ながら単体掛けした方がその効果は高い。範囲掛けにしてしまったから、その効果は、通常の単体掛けの3分の1くらいにはなっているだろう。でも、十分熟練度は上げてあるから。
「力が……!」
「かたじけない!」
口々に礼を言う騎士達。そこに、向かってくる一団から、弓矢が飛んできた。そろそろ範囲か!
「ここはお願いします!」
ばっと頭を下げ、あたしは手早く範囲掛けで西風を共に行くメンバーにかける。敏捷と幸運を補う術だが、今は敏捷効果が活きるだろう。
結婚式場は、高級住宅街の隅にある。高級住宅街は、サウスタウンの王城のお膝元。設定としては、官僚や貴族、富豪などの富裕な層が住む場所だ。この位置から、そこへ向かうには、学院を抜けていくルートが最短だろう。
しかし、学院は前回信者と戦闘が繰り広げられていた場所だよね。流石に、現在もそこで戦っている訳じゃないだろうけども……
通りを駆け抜け、学院へと入る。貴族の子弟が通っているという設定だけあって、建物も綺麗だ。魔術の修練場や、訓練所などもあり、それぞれ教師が配置されている。その教師達から、スキルを修得するというクエストもあった筈だ。
少々思い出深い場所でもあるが、今はのんびりしてる場合じゃない。あたし達は学院の建物の脇を通り抜けるようにして、住宅街方面へと急ぐ。
紅蓮の騎士団は、それぞれいくつかにパーティを分けて、街の各地に散っているようだ。あたし達に先行している者達もいるようで、道を開いてくれているのだろう。通り抜ける先に、信者の姿はない。
「DDDは?」
「式場の守りを」
向けた問いに、シンシアは言葉短く返答をする。
式場の守りをしている、というよりは……、それ、式を見たいという理由で集まってんじゃなかろうかと……
みんなの性格を考えると、それが一番正しいような気がしてきました。
あと少しで式場という所で、横道から現れた武装した集団に襲われる。
「なっ」
「あぶなっ」
飛んできた矢をバックステップでかわすハッシュ。
スキル音と閃光が、彼らの現れた先で起こっている。どうやら、そこにも騎士団は配置されていたようだが。おそらく二部隊潜んでいたのだろう。片方が交戦した隙に、この部隊がこちらに接近してきたのだ。
「アイラたん、アイラたーーん!!」
「アイラ様を返せーー!!」
口々に叫びながら向かってくる男達は、正直言って怖いです。
以前よりもますます異常な様子に、ひっ、と小さく呻いてアイラ嬢があたしの背に隠れる。
大丈夫、と安心させるように、あたしはアイラ嬢の手をしっかりと握った。
「はッ!」
飛んできた矢を、シンシアは鉄扇を使った円舞で叩き落とす。相変わらず、こういうタイミングを合わせる技が見事だ。
しゃらん、と涼しい音を立てる鉄扇。片方を口許に当て、もう片方を、閉じた状態でびしっと男達に突きつける。
「空気を読みなさい、貴方達!恋路の邪魔をすると、馬に蹴られるわよ!」
何を言い出すのかと、思わずあたしはきょとんとするが。男達の視線が、次々あたしに集まるのに気付いて、はっとした。
あたしを売ったのね!?
「アイラたん、そんな優男とぉ~~!!」
矛先が一気にあたしに向かう。慌ててあたしはアイラ嬢を庇うように立つが、それがますます男達の怒りを買ったらしい。
次々にあたしに向かって放たれる攻撃スキル。そのすべてが、あたしの前で弾けて消えてますけどっ。
でも、怖くない訳じゃないんだからね!
「あっ、当たらねぇっ!」
「数撃て、撃てーー!!」
動揺しながらも、ますますヒートアップしてくる攻撃。見事だねぇ、なんてハッシュの呑気そうな声が聞こえてきますけどっ。
あたし、この間のアイラさんの時とかは、怒りとか何やらで、恐怖感が麻痺しちゃってましたけど、今は通常モードなんだよ!マリアージュの覚悟はしたけど、まさか、こんな総攻撃喰らうとか思ってなかったから、やっぱり怖いんだよぅー!!
しかし、次々攻撃してくる男達を見ていた為に、あたしは男達の背後に近付く影に気付いてしまう。
え、まさか、あれって。
「いよう、楽しそうな事やってンじゃねェか」
酷く愉快そうな男の声と共に、あたしを襲う一団の背後でスキルが弾けた。あの黒い大鎌!間違いない!
「よう、盟友、遊びに来たぜ」
軽々と振るった鎌を構え直し、男は軽口を叩く。
「おう、同志。助かるぞ」
よそ行きではないモードのシンシアが、ひらりと男に手を振る。
黒髪黒目、黒い大鎌に、黒いロングコート。ようするに、めっちゃ黒尽くめ姿の男だ。おまけに片目は黒いアイパッチをつけている。
うん、中二病の人が好みそうな外見ですね。特徴的なこの外見の持ち主は、有名人だ。
自称、キリング・ザ・ライトエッジ。自称、です。俺の剣は光速だぜ、とか言っちゃいます。鎌なのに。どう見ても、典型的な中二病者です、ありがとうございました。
自称キリング・ザ・ライトエッジ氏、キャラ名キリング氏は、DDDと最速攻略を争う死の舞踏のマスターでもある。
「ひゃっはァ、ぶちまけなァ!」
楽しそうに鎌を振り回しながら、キリングが戦闘を開始する。このまま、襲撃してきた一団を引き受けてくれるようだ。
しかし、紅蓮の騎士団に死の舞踏まで参戦してるなんて、本当に何事なんだろう。
アイラ嬢の結婚って、そんなに……
先を急ぎながら、不安が顔に滲んでしまったのだろう。黙り込んでいるあたしに、シンシアが距離を詰めてくる。
「皆、退屈してるようでな」
「は?」
ぼそりと告げられた言葉に、唖然とする。退屈しのぎに結婚式の手伝いに来た、のか?
シンシア曰く、これは一種の祭りのようなものなのだという。
ログアウト不能になってから、数日。デスゲームが開始する訳でもなく、何か公式の発表がある訳でもなく、死んでも神殿復活で、命にかかわるわけでもなく。皆、何をして良いか分からないというか、暇を持て余していたりするようで。そこに、今回の協力を求めてみたらしい。
何でもないことのように話すシンシアだが、あたしはその裏にあるもう一つの企みに気付いてしまった。
特に、中二病臭い彼らが、PKとか変な方向に行く前に、気を逸らしてやったという形だろう。街の平穏の為にも。
デスパレあたり危なそうだからなぁ……
「よし、ここを突っ切るぞ!」
あとは式場まで一直線の通路だ。
背後の戦闘音から逃れるように、あたし達は速度を上げた。
騎士と中二病です。書いててちょっと楽しかったです。
ようやく次回マリアージュです。




