11 マリアージュ
高級住宅街の、石畳の敷き詰められた通路を駆け抜けると、そこには結婚式場である大きな教会がある。
高台に位置するその場所からは、振り返れば街が一望できる。と言っても、今まではここまでVRちっくなゲームじゃなかったから、そんな事気にした事なかったんだけども。
教会の周りに咲く白い花々。甘い香りが漂ってくるようだ。
既に教会の前は、集まったDDDメンバーが揃っている。
真田さんや、ミナトさん、サブマスター達の姿も見える。入り口を開けるように待っていたメンバーは、こちらの姿を認めると歓声を上げた。
て、よくよく見ると、DDDだけじゃなくて、人数多くないですか?もしかして、ヤジ馬混ざってる?
「ほら、行きなさい」
ぽんっとシンシアに背を押され、あたしはアイラ嬢の手を握ったまま、階段を駆け上がって教会の扉を開けて中へと飛び込んだ。
光指す教会内。参列席には、白い百合の花が飾られている。
年間、かなりのカップルのマリアージュを行う教会は、常に結婚式用の飾りで装われている。
一番奥には、この世界の神に当たる太陽の女神アレサと、月の女神セレナの像が飾られている。
その奥の光を取り込んでいるステンドグラスも、その女神を描いたものだ。
アレサは月を抱き、セレナは太陽を抱いた姿で描かれている。
二人は、対となるべき存在として描かれる事が多く、司るものと逆のものを抱いているらしい。
この教会は、双子の姉弟が治めている。弟である神父、アルベルトと、姉であるシスター、アーデルハイトだ。良く似た顔立ちの、美しいNPCなんだよね。
アーデルハイトたんを眺めるスレ、なんていうのが昔あったのを思い出しながら、あたしはアイラ嬢と共に、神父アルベルトの元へ向かう。
「永遠の誓いを」
アイラ嬢の手をしっかりと握ったまま、あたしはクエスト名をアルベルト神父へと告げる。金髪の、まだ年若い青年の外見をした彼は、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「あなた方、若い恋人同士に、アレサ様の御加護がありますように」
言葉と共に、ふわっと光が舞い、高らかなファンファーレが鳴り響く。
クエスト開始の合図のようだ。
「永遠の愛を誓うためには、準備が必要となります」
歩み寄ってくるシスターアーデルハイト。アルベルトと同じく金髪の年若い女性だ。
「貴女には、その髪を飾るヴェールを」
アイラ嬢に向かって、アーデルハイトは言う。次いで、あたしの方を振り返る。
「貴方には、その指を飾る指輪を」
今度はあたしに向かって言うアーデルハイト。
マリアージュのクエストは、それぞれ男女で分かれるんだよね。女性がヴェールで、男性側が指輪。
まあ、しっかりと事前知識のある方々にご指導いただいてますので、既に必要素材は準備済みですけども。
あたし達が、それぞれのアイテムをアーデルハイトに差し出すと、まあ、と彼女は目を丸くしてみせてから、くすくすと笑った。
「随分とお早くて驚きました。お二人の愛はよほど強いとみえます」
笑いながら受け取るアーデルハイト。
事前準備してただけですけどね。
仮面夫婦ですとか言い出したくなっちゃうのを堪えながら、アーデルハイトを見守る。受け取った極上の絹が、光を放ちながら形を変えていく。
それは美しい真珠をあしらった薄手のヴェールへと姿を変え、ふわりとアイラ嬢へと被さった。
そしてミスリル銀もまた光を放ち、一揃いの指輪へとその姿を変える。
「さあ、お二人に永遠の誓いを」
アルベルトが指輪を受け取り、宣言すると教会に一層の光が満ちた。
どうやら、クエストが終了して、これから式が開始するらしい。
「カイン!」
クエストの終了を感知したのか、DDDのメンバーがなだれ込んでくる。それと共に、野次馬らしき人々も式場へと次々入ってくる。
はわわ、随分と人数がっ。
「着替え着替え」
シンシアに指摘されてはっとする。
そうか、そろそろ式が始まるから、衣装替えしないとならなかったんだ。アイラ嬢に視線を向けると、こくんと頷きを返してくる。
この世界の着替えは、アイテムインベントリから、ファッションの装備欄へと移動させるだけの簡単なお仕事です。
ほぼ同時に、あたし達の衣装が、ぱっと純白のタキシードとウェディングドレスへと変化する。
その瞬間に、ぱーんと花火のようなものが打ち上げられた。それも複数同時に。
DDDの仕業かっ。
これはイベントとかで、時々配布される見た目と音だけのイベントスキルだ。
たとえば、夏場に開催されたイベントで配布された花火のスキルとか、冬場のイベントに配布された雪を降らせるスキルとか。あとは、花見の時期に、桜の花びらの散るエフェクトの出るスキルとかは見事だった。
ロスト・タクティクスでは、こういうお祝い事の時には、イベントスキルを放ちまくるのは恒例行事のようになっていた。
しかし、着替えのタイミングに合わせてくるのは、見事だった。
観客から感嘆のどよめきが起こっている。そして、凄い視線をいっぱい感じます。
あたし達、思い切り見世物になっちゃってませんか?
「アイラたーーーん」
「うおおおーー、アイラたんが人妻にーーー」
観客から悲痛の叫びが上がる。既に式は決定してしまっているから、信者の人も混ざってるのだろう。
イベントの終了が告げられたのだろう、手伝いをしてくれていた紅蓮の騎士団や、死の舞踏のメンバーも集まり始めたようだ。
「さ、みんなー、行くわよー」
シンシアが号令をかける。
塵が何かするようだと、観客がまたどよめき始める。
何だ、何だ、何を始める気だ。
ん、見ると、DDDメンバーが綺麗に整列している?シンシアを中心にして、三列に分かれたメンバーが、それぞれ笑みを浮かべている。
「ドレスアップ!」
ぱーんと、音を立てて派手に二列目、三列目からイベントスキルの花火が炸裂し、前列のメンバーの服装が一斉に華やかなドレス姿に変化する。
会場から大きなどよめきが起こった。
ただでさえ、自キャラ萌えの紳士が多いギルドだ。当然ながら自分のキャラに、どんな格好が似合うとか、魅力的に見えるとか、知り尽くしている人が多いのだ。
そんな人達が、自分のキャラをめいっぱい飾り付ける。それが魅力的に見えない訳が、ないんだよねぇ。
次々とドレスアップする美女達に、嘆く信者達も毒気を抜かれたようだ。
あたし達が見世物というより、始めから彼らが見世物になってくれるつもりだったんだろう。
もー、集まっちゃってた視線に、小心者のあたしは、もう、どうしようかと思ったわよー。
視線は、しっかりとDDDへも分散したようだ。
頬を染めながら、悔しいけど萌えるとか呟きつつ、もじもじしているおにーさん達もいる。
中身の性別を考えると、素直に萌えるのは悔しいよねぇ。
しかし、DDD容赦ない。そんなおにーさん達にも、思い切り魅惑的な笑顔を向けまくっとる。
衣装持ちなギャラリーの方々も、いつの間にかドレスやスーツに着替えたりしている。ノリの良い人が多いのも、ロスト・タクティクスのプレイヤーの特徴だね。ハッシュやジル姉さんもいつの間にか着替えて、しっかりと客席に陣取っている様子。一体いつの間に、だよ。
しかし、このタキシード、素材が良いだけあって、凄い肌触りが良い。
まさか、こんなモノを着て結婚式なんかするハメになるとは思わなかったけど……
あたしの隣でアイラ嬢も、ウェディングドレス姿で困ったように笑んでいる。綺麗にドレスに散らされた真珠が、キラキラと輝く。その頬は僅かに上気して、困った表情ながらも愛らしかった。
「行こうか」
微笑んで手を差し出すと、アイラ嬢が頷いて腕を取る。
「裾が長くて動きにくいものじゃのう……」
あたしだけに聞こえるように呟かれる言葉。微笑ましさを感じながら笑い、エスコートするようにアイラ嬢の歩幅に合わせながら、神父アルベルトの元へと向かう。
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない。
音楽と共に、穏やかなアルベルトの声が、教会に満ちる。
ステンドグラスから降り注ぐ陽光が、アルベルトの髪を輝かせる。眩しさに、あたしは瞳を眇めた。
「新郎、カイン・ファーロット。太陽の女神アレサの元、汝に問う」
厳かな空気の元、アルベルトの言葉を受ける。
「汝、その富める時も、貧しき時も、病めるときも、健やかなる時も、アイラ・セリエを愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り堅く節操を守ることを誓うか」
「……誓います」
真面目な顔であたしは答える。
アルベルトが穏やかに笑んで、視線をアイラ嬢へと向ける。
「新婦、アイラ・セリエ。月の女神セレナの元、汝に問う」
男性に向ける問いと、女性に向ける問いは、微妙に違うみたいだね。
「汝、その富める時も、貧しき時も、病めるときも、健やかなる時も、カイン・ファーロットを愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り堅く節操を守ることを誓うか」
「誓います」
ヴェールに覆われた顔を伏せたまま答えるアイラ嬢。ババア口調じゃないアイラ嬢が少し新鮮だ、とか思っちゃってるあたしは、大変呑気だった。
アイラ嬢の返答に、満足そうにアルベルトは笑む。そして、大切そうに布にくるまれたものを取り、ふわりとその布を解く。先程、クエストで作成した指輪が載っており、差し込む光に眩しく光る。
「では、指輪の交換を」
差し出されたそれを受け取り、あたしは、そっとアイラ嬢の指へと嵌めた。
何やら悲痛な呻きが客席から聞こえてくるけど、あたしは敢えて聞こえないフリをした。だって、その方が精神的に平和だと思うの。
アイラ嬢も、指輪を取ると、あたしの指へとそれを嵌める。結婚指輪だから仕方ないけど……自分の指、というか、カインの指というか……、まあ、自分がそれを身につけている、っていうのが、不思議な感じというか、違和感だわー。
今更後悔してるとか、そういうのじゃないけど、なんだか現実味が湧かない気がする。
「それでは、誓いをキスを」
う、や、やっぱり、それはあるよね……。後悔してないと思ったけど、ちょっとだけ後悔の念がよぎったような。
ギャラリーの歓声やら、怒号やら、悲鳴やら。
もう、すっかり混沌の坩堝と化しているわね、式場内は。
小さく溜息を漏らしながら、あたしはアイラ嬢に向き直って、その顔を覆うヴェールを上げる。
「ん……」
任せる、と言わんばかりに、アイラ嬢が瞳を伏せる。
長い睫毛や、上気した頬、柔らかそうな薄紅の唇が視界に入って、緊張だか何だか分からないもので、心臓が早鐘を打つ。
みんなの視線も、ものすごく、ものすごく痛いですっ。
へたれと言うなら言って下さい!!
あたし、あたしは、視線に耐えられなかったんです!!
額に触れさせて、離した唇がなんだか熱い。
普通にキスを期待してた観客からは不満のブーイングが上がってるみたいだけど、敢えてこれも無視させて下さい!!
これ以上は、あたしには無理!!
伏せた瞳を、再度開いたアイラ嬢が笑う。
うー、思い切り、あたし今頬が熱持ってると思う。こんな顔、見せられませんっ。
向き直れば、神父アルベルトが見惚れるような綺麗な笑顔を浮かべている。
「今ここに新たな夫婦が誕生しました。太陽の女神アレサの下、月の女神セレナの下、末永くその祝福が続きますように」
カラーン、カラーンと高らかに教会の鐘が鳴り響く。無事に式が終了したようだ。
そこへ、ひらりと白い花びらが舞い落ちる。何かと思って天井を見上げれば、次々と舞い落ちてくる花びら。
ああ、そういえば結婚式のエフェクトの最後に、こんな演出があったっけ。
でも、こうやって自分の目で直接見ると、随分と感動が違う。
花びらと、甘やかな花の香り。降り積もる前に、床へと触れると、溶けるように花びらが消えていく。それは、幻想的な光景だった。
降りしきる花びらの中、花嫁姿のアイラ嬢が艶やかに笑う。
その表情は、幸せそうな本物の花嫁のように見えた。
だから、あたしも、幸せな花婿を演じよう。
見交わした瞳は、共犯者の色。
よろしく、運命共同体。そう語る瞳に、あたしは答えるように瞳を眇めて返した。




