閑話 とある少女と変態紳士
宵闇の迫る刻。夜の帳が降り始め、辺りは闇へと沈み始めている。日の光が消え、視界の悪くなり始める中、少女は路地裏を走っていた。
住宅街の入り組んだ路地。貧民街とまでは行かないが、貴族や商人などの富裕層が住む高級住宅街に比べると、一つ一つの家が小さく、狭く密集している。その為に家々を仕切る路地も狭く、入り組んだ物へとなっているのだ。
しかし、心までも貧しくはあるまいという気概の表れなのだろうか。石造りの家々の玄関先や窓などには、必ずと言って良いほど、花が飾られている。
だが、今の少女にはそんな花々や景色にまで気を止める余裕がないのであった。
そんな余裕があるのであれば、二つに分けた髪の片方がほどけ、不格好になったのを直したりするだろう。転んだのか、脚や腕に擦り傷を作ってしまっている。破れた服を、脱げないように押さえながら、少女は必死に走る。
薄暗い路地に、荒く乱れた少女の呼吸の音が響く。そして、それを追ってくる男達の足音が重なった。
なんで……なんで!?
なんでこんな事になっているのだろう、と混乱と恐怖の入り交じった感情の中で、少女、ルンナは考える。いくら考え抜いた所で、その答えは出なかったであろうが。
まるっきり、訳が分からなかった。
ロスト・タクティクス。MMORPGの一つであり、月額課金制のゲームである。多彩なキャラメイク、ファッション、イベントや課金で手に入るペットなどが売りの、月額制ながらも多くのユーザーを持つゲームであった、筈だ。
ルンナは、このゲームへと幼馴染みから誘われたのだ。
幼い頃から一緒に遊び、数多のゲームをその幼馴染みから共有させられた。小さい頃からゲームの好きだった幼馴染みは、一番の仲良しであるルンナを引き込みたがったのだ。
幼馴染みの影響もあったが、もともとルンナも嫌いではなかったのだろう。誘われるゲームへと段々ハマっていったのだ。
二人が中学生になったある日の事だ。兼ねてからオンラインゲームに興味のあった幼馴染みが、ロスト・タクティクスに入り込んだのは。幼馴染みは、そこでどっぷりとハマってしまったらしく、ルンナにも一緒に遊ぼうと誘った。
しかし、中学生という事もあり、月額制のゲームをルンナの両親は許さなかったのだ。
遊ぶなら、せめて高校生になってから、と条件を出され、ルンナはそれに従った。
そして、念願の志望校への合格が決まった。それまで一生懸命良い子にしていたのも、功を奏したのだろう。春休みに両親は許可をくれた。
ようやく待ち望んでいたゲームで遊ぶことができる。ルンナは期待と、希望いっぱいでロスト・タクティクスを起動し、幼馴染みと待ち合わせをした。そして、そんな中で、それは起こったのだ。
最初に感じたのは、眩暈。そして。
響き渡る鐘の音が酷く近い。目の前に広がるのは、異国の世界。驚いて見上げれば、先程まで画面に映っていた広場の鐘楼が視界に飛び込んでくる。
何が起こったのか、さっぱり分からなかった。広場にいる他の人達もそれは同じようで、皆、驚愕や戸惑いを顔に浮かべている。
VRゲームではなかった筈だ、と混乱する思考の中、ルンナは思う。よろけて、座り込んだ先は広場に設置された噴水の縁。覗き込めば、水鏡の中自分ではない少女の顔が映っていた。
自分ではないとは言え、まるっきり見覚えがないという訳ではない。茶色の髪を、二本に分けて三つ編みにした姿。少し大きめの瞳と、薄いピンクの唇。
先程まで起動していたはずの、ロスト・タクティクスで作ったばかりの、自分のキャラクターの姿そのものだ。ご丁寧に、先程の操作を学ぶためのチュートリアルで受け取った報酬の短剣まで持っている。
どういう訳か、ゲームの中に入り込んでしまったのだ、とルンナは理解した。
周囲の驚愕している人々は、自分の事で手一杯のようである。残念な事に、待ち合わせの約束をした幼馴染みとは、まだ出会えていない。
「困ったなぁ……」
無意識に呟いてしまい、耳を打つ愛らしい声に驚いてしまう。明らかに自分の声ではない違和感に、奇妙な事が起こっているのだと改めて自覚する。
「でも、悩むだけじゃダメ、だよね」
自分で自分に言い聞かせるようにルンナは呟き、大きく頷く。三つ編みの髪が、動きに合わせて揺れる。
チュートリアルを思い出しながら、ステータスなどの確認をする。その途中でルンナは、メールが届いているのに気付いた。このゲームでは、キャラクターの名前が分かっていれば、メッセージや物品が届けられるメールというシステムがある。
メールを開いてみると、おそらく幼馴染みからであろう。事前に名前を伝えておいた事が幸いしたらしく、向こうからアイテムを送ってきてくれていたようだ。メールに表示されている送信時間を確認すると、ルンナがログインする前に送ってくれていたようだ。
気遣いに、じわりと胸の奥が熱くなる。送られていたのは、可愛いファッション装備と、幾らかの資金。
ルンナは笑って、メールを受け取る。メールに添付されていたアイテムが、アイテムインベントリへと移動する。それをチュートリアルで行ったように、装備欄へと移動させると、ぱっとルンナの服装が移動させたアイテムへと変化する。
水鏡に映して、自分の姿を眺める。まだ、幼馴染みはルンナの姿を見ていないというのに。その服装は、ルンナにとても良く似合っていた。
やっぱり、私の趣味をちゃんと分かってるんだ……。
その事実が、改めて嬉しかった。
届いていたメールで、幼馴染みのキャラクターの名前も分かり、その名を元に、ルンナは人の溢れかえる広場の中、幼馴染みを捜そうと目を凝らす。しかし、普段以上に人が溢れているのだろう。なかなか、それらしい名前が見えない。おまけに相手の外見も知らないのだ。一人一人確認していかなければならないので、どうしても時間もかかってしまう。おそらく、それは幼馴染みにとっても、同じ状態であろう。
諦めたルンナは、生き残るための手段を取ろうと決意する。
VRゲームにありがちな、ログアウト不能という事態が起こってしまっている。そういった小説を、ルンナは読んだことがあった。
よもや、ゲーム開始早々にこんな事態に陥るとは思わなかったが。
ルンナは、チュートリアルを終えたばかりの最低ラインで、レベリングも資金面も、当然ながらベテラン勢と大きく差をつけられている。
その差を、すぐに埋めるという訳にもいくまいが、このまま何もしないでいたのでは、生き残る事さえできないだろう。
運営がなんとかしてくれるだろう、という楽観は一切なかった。
アイテムインベントリを開いて、所持品を確認する。初心者に配布される初心者用の応急ポーションが20本。それと、MPを回復するための応急マジックポーションが20本。
とりあえずは、それを使って戦闘をしてみよう。先程のチュートリアルを思い出しながら、クイックスロットに応急ポーションと、応急マジックポーションをセットしてみる。
クイックスロットに入れておけば、わざわざ戦闘中にアイテムインベントリを開かなくても、そのアイテムを使用することが出来るのだ。いざという時に、役に立つだろう。
ルンナは、大きく深呼吸した。街の中なのだけれど、まるで山で深呼吸した時のような澄んだ空気だ。
文明というものに関して、自分達の住む世界とは、大きく隔たりがあるのだろう。汚されていない空気、というような気がした。
そして、否応なしに世界が違うのだと感じる。
足下から湧き上がりそうな不安を押さえながら、ルンナはフィールドへと出る為に、街とフィールドを仕切る門へと向かった。
丈夫な石壁の門を超えると、目の前には青々と草の覆い茂る草原が広がる。フィールドには、他のプレイヤーの姿はないようだ。皆、まだ混乱から回復しきっていないのだろう。そして、もしかすると混乱から回復しているベテランプレイヤーなどは、こんな初心者の出るような場所ではなく、もっと高レベルのフィールドで戦闘しているのかもしれない。
ともあれ、まだまだ不慣れなルンナには好都合だった。
他の人の目を気にすることなく、鍛錬する事ができる。
この辺りは、初心者向けになっており、ノンアクティブモンスターの出現する場所だ。ノンアクティブモンスターは、こちらから攻撃を仕掛けたりしない限りは、襲っては来ない温厚なモンスターである。
下手に数を集め過ぎなければ、ルンナでも対処できるだろう。
戦闘に慣れながら、レベルを上げて行くには丁度良い。
慎重にルンナは一匹ずつ攻撃を仕掛け、倒していく。可愛らしいぷよぷよとしたモンスターに斬りかかるのには、最初は少し勇気が必要だったが、倒されるそれらが光になって消える様子に、安心した。
血を吹き出したり、死骸の形で残るようであれば、もっと辛い作業だっただろう。
とはいえ、目の前にモンスターが迫ってくるのは、少し怖かったけれど。
ルンナが倒し続けているのは、ロストタクティクスのアイコンにもなっていた、トロンという名前の、兎を思わせるような長い耳のついた、大福のような形状をしたモンスターだ。大きなぱっちりとした目が可愛らしく、飛び跳ねると長い耳がぷるぷると揺れる。
初期は、かなりレベルが上がりやすいように出来ているらしく、面白いようにルンナのレベルは上がっていった。上がるたびに、HP、MPも全回復するようで、手持ちのポーションの減りは緩やかだ。
「ふー…っ」
一息吐いて、ルンナは草原に腰を下ろす。周囲ではトロンが跳ね回っているが、今は攻撃を仕掛けていないので、襲いかかっては来ない。
座りながらステータスを確認する。じわじわと、HPとMPが回復しているのが、ゲージの変化で分かる。座る事でも回復するらしい。
レベルアップで、発生したボーナスポイントが溜まっている。攻撃スキルを選んでから、ポイントを振る事にする。まず先に、攻撃スキルを修得する場所を探しに行かなければならないけれど。
「あ、メールで聞いてみよっ」
先程のメールで、幼馴染みのキャラクターの名前は分かっている。半透明のウィンドウを弄って、メールを開こうとするが、ここでは使用できません、とエラーメッセージが表示される。
「街の中とかじゃないとダメなのかな?」
むぅ、と口を尖らせて眉を寄せる。ふと、辺りが段々とオレンジ色に染まってきているのに気付く。そろそろ夕刻らしい。
ロストタクティクス世界も、時間経過がある。一時間の内の半分が夜、半分が昼だ。夜は、視界が悪くなって狩りなどはしにくいが、夜だけにしか入れないフィールドや、夜にしか出没しないボスなどもいる。
ともあれ、まだまだルンナは駆け出しの上に、これが初戦闘だ。暗い中での行動は大変だろう。それに、少し眠くもなってきた。欠伸を噛み殺し、小さく伸びをする。
「夜だったもんなぁ」
プレイを開始した時刻を思い出して、ルンナはため息を吐く。それを思い出すと、余計に眠気を感じてしまうのに、思わず苦笑だ。
こんな状況だというのに眠気を訴える体は、かなりの大物だ。
ドロップ品やら少しのお金も稼いだし、ルンナは街へと戻ることにした。紅に染まる高い壁が眩しくて、瞳を眇める。
置かれた状況には戸惑っているが、この世界は綺麗だと思う。今まで自分が住んでいた場所とは、まるきり違う風景。ルンナはそれらに魅せられていた。
街に無事に戻り、メールを書いてみようとウィンドウを開いてみる。新しいメールが何通も届いていた。ルンナを心配した幼馴染みからのメールだ。
連絡するのを忘れていた、と思い出し、ルンナは頬を掻く。まだ広場には人が残ってはいるようだが、一番最初の混乱の時よりは少なくなっているようだ。みんな移動したんだろうか、と首を傾げながら、ルンナは幼馴染みへとメッセージを送る。
連絡が遅くなってしまった事への謝罪と、送ってくれたものへのお礼。そして待ち合わせのやり直しの連絡だ。
メールを無事に送信し終えて、返信を待ちながら、油断をしたのがいけなかったのだろうか。半透明に浮かぶステータス画面の操作をしながら歩いていたら、他のプレイヤーにぶつかってしまったのだ。
全員が、全員、大人で良いプレイヤーというわけではない。
ルンナは、運が悪かったのだ。
「す、すみませ……」
「いってぇなぁっ!」
気が立っていたらしい男が、謝罪しようとするルンナを突き飛ばす。能力差が大きかったのだろう。呆気なくルンナは弾き飛ばされ、路上へと投げ出された。
石畳の上に倒れ込むと、スカートの裾が乱れて白い腿が覗く。ちらりと覗いたルンナの白い脚に、男の目に不穏な色が宿る。簡単にルンナが倒れ込んだ事で、レベルの差に気付いたのだろう。良い玩具を見つけた、とばかりに男は喜色を浮かべた。
男は、ルンナの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせ、引きずるようにして、裏道の方へと連れて行く。その腕の強さと、男の見せる表情にルンナは険悪なものを感じ、抗おうとするが、男は愉快そうに笑うだけだ。しかも、最中に誰かに連絡を取っていたようで、程なくして三人の男が合流してくる。
「おいおい、面白いのってコレかよ?」
「気晴らしだよ、気晴らし」
合流した男に、ルンナを捕らえていた男は答え、ぐいっと乱暴にルンナの服を引っ張る。
「きゃぁっ!」
上着が裂け、白い胸元が覗く。
「おいおい、マジかよ……」
男達の目の色が変わる。ルンナは恐怖した。中学時代、真面目に過ごしてきて、ほとんど恋愛の経験などない。男女の睦言など、未経験だ。
恋をしたことがない、という訳ではないが、それも憧れに近いような、微笑ましいささやかなものだ。男女の関係になりたいとか、そういう生々しいものではない。
あからさまな欲望をぶつけてくる男達が、ルンナには気持ち悪く、怖かった。
「い、いや、いやぁ!」
清純そうに見える少女の怯える様子は、余計に男達の嗜虐心を煽ったようだ。二つ分けになった三つ編みの片方が、リボンを引きちぎられて乱れる。
そこから先は、夢中だった。どうにか短剣を引き抜き、むちゃくちゃに斬りつける。刃物に男達が怯んだ隙に、手をかいくぐって路地裏へと飛び込んだ。
目の前は、涙でぐしゃぐしゃで、服もぼろぼろで、髪の毛は片方ほどけてしまっている。酷い有様だというのは分かっていた。それでも、ルンナは必死で逃げた。
追いかけてくる靴音が、怖かった。
「ひゃっ」
「ご、ごめんなさいっ」
泣きながら走ると、ろくな事がない。前方から歩いてきていた女性にぶつかってしまう。
酷い有様の中、ルンナは慌てて頭を下げる。もたもたしてはいられない。またあの男達に捕まってしまう。
戦士系なのだろうか。巨大な戦斧を持ったその女性は、ルンナの有様に驚いたように目を瞬かせる。
「ちょっと、貴方、酷い状態じゃないのっ」
「あ、あのっ、ごめんなさいっ」
再度謝って走り出そうとするルンナを、戦斧を持った女性が慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと、待って、待って」
「なになにー?ミサミサったら、ナンパー?」
「無理矢理は、良くありませんわよ?」
更に二人の女性の声が増える。どうやら戦斧を持った女性の知り合いであるらしい。一人は白猫を連れた幼い顔立ちの少女で、もう一人はローブを着たロングヘアーの女性だ。
戦斧を持った女性は、二人の言葉に不満そうに頬を膨らませる。
「この状況がどうしてそう見えるのよ、あんた達はー」
「うふふ、冗談ですわ、ミサ」
しとやかに笑いながら、ロングヘアーの女性が答える。
「そーそー。この状況で追いかけてくる男はぁー、いかにもっ、乙女の敵っ、だよねっ」
幼い顔立ちの少女の言葉に、連れていた白猫が、同意でも示すように、にゃぁ、と可愛らしい鳴き声を上げて答える。
突然の展開にルンナは混乱した。この人達は、一体……?
「ルンナさん、もう大丈夫ですわよ」
優しく微笑んで、ロングヘアーの女性に涙を拭われる。いつの間にかステータスの名前の確認をされていたらしい。ルンナは呆然としながらも、それに倣ってこの突然の来訪者の名前を確認する。
最初にぶつかった女性は、ミサ。白猫を連れた少女は、リンスレッド。涙を拭ってくれているロングヘアーの女性は、アイシャというようだ。名前の下に表示されているものはギルド名だろうか。どうやら、全員同じギルドのメンバーであるらしい。
「乙女に乱暴するわるーいおにーさん達にお仕置きしたら、ルンナちゃんを待ってる人の所に連れてってあげるからねー」
「えっ」
ルンナの顔を覗き込みながら言うリンスレッドの言葉に、ルンナは目を瞬かせる。
「あー、その前にそっちから来るかもー」
どこかと連絡を取っていたらしいミサが眉根を寄せる。
「だね」
苦笑しているリンスレッドが肩を竦める。アイシャも苦笑している様子から、ギルド内での会話であったらしい。ギルドメンバー同士で通話をできる、ギルドチャットを介したものであったのだろう。
ということは、ルンナを待っている人というのは、彼女たちのギルドのメンバーであるのだろうか。
涙を拭われ、ルンナは落ち着きを取り戻していた。
「んじゃ、やっちゃいましょうか」
ぶんっと音を立てて、ミサが戦斧を構える。闇が落ち、辺りはすっかり夜になっている。月明かりに、戦斧の銀の煌めきと、ツインテールになった銀の髪が輝く。細い腕に不似合いな程に大きな斧を構える姿が一部のマニアを呼びそうだ。
それは、ゲームという世界だから、できるような姿だ。
「じゃあ、正々堂々っ、先制のぉー、目眩ましっ」
それは正々堂々なのかとルンナのツッコミをよそに、リンスレッドがいつのまにか構えた杖を振る。その動きに応えるように、ぽわぽわっと光の塊のような精霊が現れ、こちらに走ってくる男達に向かって目映い光を放つ。
「な、なんだ!?」
「うおっ、眩しっ」
先制の目眩ましは見事に成功したらしい。突然の光に視界を奪われ、男達は戸惑っている。そこへ向けて放たれるミサの斧による斬撃。
「はああぁっ!」
力一杯振り切る事で、斬撃を飛ばすスキル、フルスイングだ。スキル後の硬直が少し長いが、その硬直を補う為に先に目眩ましで怯ませてある。
「何だ、お前らっ!?」
突然の攻撃に声を上げる男へと、びしりとミサが斧を突きつける。
「乙女の味方っ」
きっぱりと叫びながら、そのまま再度斧を一閃。派手な斬撃のスキル音と共に、光の軌跡が走る。斧技の奥義、シャイニングスラッシュ。射程範囲は短いが、その分威力の高い、斧の特性を出したスキルになっているのだ。
フルスイングとシャイニングスラッシュの連続攻撃で男達は大半のHPを削られたらしく、皆一様に呼吸を荒げている。
「て、てめぇら、塵かっ!?」
男の一人が驚愕に目を見開く。その驚愕は、その周囲にも伝わったらしい。後衛にいるアイシャに庇われる形になっているルンナだけが、訳が分からず首を傾げる。
どうやら彼女たちは有名人であるらしい、ということだけは分かった。
ふふん、と光の精霊を背に、リンスレッドが鼻で笑う。
「じゃあ、いっくよぉー!」
元気の良いリンスレッドの合図。それに応えるアイシャとミサ。
「我々、変態紳士一同は!!!」
「己の萌えを語り、己の萌えの為に生き、己の萌えを、己の肉体をもって体現する!!」
「しかし、他人の身をもって己の欲を満たす事はないのだ!!!」
「我ら変態紳士一同、乙女の味方であれ!!!!!」
ビシっと、まるで戦隊ヒーローのようなポーズを取ったまま叫ぶ三人に、ルンナを含むその場の全員はぽかんとした。
「と、ゆー訳でェ、乙女の敵である諸君は、神殿逝っちゃって良いと思うんだー」
きゃるんっと、ぶりっこで言うリンスレッドに、呆然としていた男達が、ようやく我に返る。
「てめぇらなんぞに…っ」
「お仕置きのとげとげボールですわっ」
にっこりと笑顔で振り下ろされるアイシャのモーニングスター。可愛らしく言うけれど、やる事も武器の外見も容赦がない。鉄製の棒の先端に鎖で繋がれたとげのついた鉄球。それが顔面をめがけて振り下ろされる。ごすっ、ごすっ、と入るモーニングスターの効果音も痛々しい。
全力での攻撃というよりも、趣味に近い攻撃ではあるが、先程の大技でHPを削られた所には堪らない。武器の凶悪な外見も、恐怖にしかならない。
「殲滅のぉー、サラマンドラぁー」
のんびりした口調だが、喚び出す召喚獣には容赦がない。レベル150にならないと習得の出来ないボスクラスの召喚獣だ。龍種系ボスの中でも上級に位置する、別名炎王と呼ばれる火龍、サラマンドラだ。
喚び出されたサラマンドラの灼熱のブレスが辺りを赤く染め上げて焼き尽くす。
ブレスは完全に男達のHPを刈り取ったようだ。男達に光のエフェクトが入り、神殿方面へと飛んでいき、姿が掻き消える。
「成敗!!!」
殲滅を確認し、三人は再度戦隊ヒーローのようなポーズで叫ぶ。
「いやぁ、無事終わった終わったー」
「じゃあ撤収撤収ー」
「えっ、あの?」
すっかり終了といった空気に、一人おろおろするのはルンナだ。
ふとルンナの耳に、靴音が届いた。段々大きくなるそれは、こちらを目指して走っているのだろう。一瞬、先程までの恐怖を思い出して、身を竦めるルンナの肩を、アイシャが支えた。
「大丈夫ですわ」
安心させるように笑みを浮かべるアイシャ。近くなる靴音と共に、現れた人影は随分と小さなものだった。
「おそーいー」
揶揄うような口調で声を掛けるのはリンスレッドだ。
現れたのは、黒い猫耳をつけたメイドだ。ルンナは、ステータスを開いて相手を確認する。ミナト。何度も、メールでその名前は見ている。幼馴染みだ。
「うるさ…っ、こっちだって、必死に…っ、て、ちょっと、ルンナ!何その格好!」
相当走り回ったのだろう。まだ整わない呼吸で文句を言おうとし、ミナトはルンナの惨状に気付いて声を上げる。
「もうね、紳士の風上にもおけない殿方がいらっしゃるようですわよ」
はふ、と頬に手を当て、憂鬱そうにアイシャが溜息を漏らす。
許せないわよねっ、と力一杯主張するのは、戦斧を握りしめるミサ。
「他にもこんな被害に遭ってる子がいるかもしれないから、見回ってくるわ」
「と、いうわけでー。護衛は王子様に任せたよー。お姫様ピンチの後で親密度アップとかー。フラグ立っちゃうよー」
くふふ、と楽しそうに笑って揶揄う口調のリンスレッドは、先に歩き出した二人の後をぱたぱたと足音を立てて追いかける。
「ちょ、誰が王子様って、……って、言いたいだけ言って去るな、ばかーー!」
肩を怒らせて叫ぶ猫耳メイドの声は、どこ吹く風か。現れた時と同様、三人が立ち去るのも迅速であった。
後に残されたのは、まだ惨状の残るルンナと、ようやく呼吸の整ったミナトの二人だ。ようやく見知った相手に会えて安心したのだろう。ルンナは再度泣き出しそうに、くしゃっと顔を歪める。
そんなルンナの様子に、へにゃっとミナトの猫耳が申し訳なさそうにしおれた。
「ごめん、ルンナ」
しゅん、と肩を落としたまま、小さな声でミナトが謝罪を口にする。
「俺がルンナを誘わなかったら、こんなのに巻き込まれなかったのに……」
強く責任を感じていたらしい。項垂れるミナトに、ルンナはぎゅっとしがみついた。柔らかい温もりが伝わる。
「良ちゃ…、ううん、ミナトの所為じゃ、ないよ」
うっかりリアルネームを出しかけて、噛み締めるようにルンナは言い直す。そっとミナトの両腕が、ルンナの背へと回り、抱き締める体勢になる。
密着する事で伝わってくる温もりに、小さくルンナは吐息を漏らした。
胸の内に湧き上がるのは、安堵。まるで、家にでも辿り着いたかのような。外見も、声も、お互いに姿は変わってしまっているけれど、それでも二人の間の空気は変わらない。それを感じて、湧き上がってきたのだ。
ミナトも同じものを感じたのだろう。抱き締めた腕が緩む時、名残惜しさのようなものを滲ませた。
「ルンナの事は、俺が守るよ」
凛々しく口にする猫耳メイドに、ルンナの頬が緩んだ。
頼もしいというよりは、可愛らしい。
「ありがと。でも、私も自分でちゃんと動けるようになりたいの。色々、教えてね」
「もちろん!」
拳と拳を軽く合わせる合図。小さい頃から、約束のたびにかわしてきた合図。
瞳を見交わして、笑う。
それは、少女の決意だ。自分の意志で、この地に立つという、少女の決意。
その姿は、やけにミナトには目映かった。
後日、怒れる猫耳メイドの手によって、数人のプレイヤーが、何度も何度も神殿送りにされたとか。
その時の猫耳メイドの鬼の形相と、男達の悲鳴は、ある教訓をサウスタウンの住人に残した。
曰く、三つ編み娘に手を出すな。
守ると口にした約束は、しっかりと果たされる事になる。
塵と呼ばれるギルドに保護された少女は、そこで成長していく事になるが、それはまだまだ先の話である。
ログアウト不能初日の、初心者の少女の話でした。
なんだか主人公よりも、主人公らしいような気がします……。




