2 友人
「はぁ……」
思わずため息を吐きながら鏡を眺める。疲れた。なんか、すっごい疲れた。
いや、もう、兄の所為じゃないとは言いませんよ、絶対。
しかし、どうしてこうなった。
あたしは、カインを動かして遊んでいるだけで満足だったのよ。好きにロールして、なりきって遊ぶだけで満足だったのよ。
こんな風に、カインになりたいなんて思ったことなかったのよ!!
ああ、もう、どうしてこうなった。
鏡の中に映った青年も、ため息を吐いていて、あたしは否応なしに現実を思い知る。
どういった訳か、あたしはオンラインゲームの中の世界に来てしまったらしい。しかも、自分の使っていたキャラクターとして。
改めて現状を認識すると、もう困ったとしか言えないわね。不本意にも程がある。
しかし、しかしよ!こんな不本意な状況だけれども、さっきの兄との会話は不出来だったわ。カインというキャラクターを崩しまくってしまったんだもの!!
パニックした所で不意を突かれたフレンドチャットだったけど、ちょっと悔しい。
これは、あたしの自尊心。
あたしは深呼吸しながら、椅子へと座る。ぱん、と両手で顔を挟むようにして叩き、気合いを入れ直す。
普段のロールを思い出さなきゃ。うっかり、あたし、とか言い出したくないもの。
「俺、……俺。……よし」
何度か口に出してみて、確認をする。兄の事を呼ぶ時は……兄貴、か、シンシアさん、だな。うん。
前回のフレンドチャットのような失態はもうしないのよ!!
鏡を見ながら、身振り手振りも入れてみる。こうやって実際キャラになってみると、随分印象が変わるわね。ゲーム時代には、そこまではっきりと分からなかった細かい表情の変化とかも見て取れる。
ゲームだった時は、エモーションというコマンドを選んで、場面に合わせて表現をする仕様だった。小さなウィンドウが出て、笑っている様とか、冷や汗をかいているような表現が出たりする位。よくカインには、冷や汗エモを使わせてたなぁ。何か困った時とかに便利で。
鏡の中のカインをみつめる。困ったように眉根が寄っている。
うん、カインの表情ってこんなイメージ。どこか困ったように微笑んでいる感じ。
キャラクターを崩さない程度に演技の練習をしてから、大きく深呼吸。流石に一人でここにずっと留まっているのは不安なのだ。誰かに声をかけたい。
まあ、あの兄は暫く放っておくにしても、声を掛けるなら、知り合いの方が安心出来そうだからなぁ。そうすると、やっぱりカインの演技は必要になるわけで。
あたし、とか素を出してオカマキャラなんかしてらんないのよ!!
よし、と覚悟を決めてフレンドチャット欄を開く。ログインしているメンバーの名前に光が灯っている。
えーと……シンシアでしょ。あ、ソウジ氏もいる。ちょっとほっとしたー。何が起こってるか分からないけど、武器とかも必要になりそうだし。
えっと、誰に声を掛けようかな……。
あ、今すっごく癒しが欲しい。癒される相手が良いな。
心は決まった。ログインしているフレンドの一人の名前欄に指を沿わせる。
ぱっと目の前に、先程のスクリーンが浮かび上がり、ピンポーンといつもの呼び出し音が鳴る。やがて、相手が反応してくれたのか、スクリーンが明るくなり、黒茶の狼耳のついた獣人族の青年の顔が浮かび上がった。
わー、ゲーム内で見たのと同じ服着てるー。うわー、イメージ通りだー。
獣人族は、人型をしているが、耳や尻尾などが獣のそれと同じものを生やしている種族だ。兎とか、猫とか、犬とか。ふわふわもふもふが可愛いよねー。
真っ白い狐の姉さんみた時は、格好良いと思わず写真撮りまくってしまった。しかも、その姉さん巫女装束だったんだもん。緋袴超格好良かったんだもん。
今呼び出している友人は、狼族の青年。黒茶の耳と尻尾がすっごいもふもふなのだ。こんな状態になってしまった以上……触らせて貰うに決まってるだろーー!!
ふっわふわだぞ!もっふもっふだぞ!触るに決まってるじゃないかー!!
あたしが決意しながらスクリーンを見ると、スクリーン先の友人、ハッシュは泣き出しそうな、どこかほっとしたような顔をする。
『良かった、カインもいたんだね!』
へにょっと垂れる頭の上のけも耳を、ものすごく触りたいです。
「ん、ちょうどマイハウス弄ってたトコだったんだ。ハッシュは何してた?」
『俺はジル姉さんと一緒に、狩りしてたんだよ。ジル姉さんが、錬金素材にロックゴーレムの欠片が欲しいって言うからさ』
ジル姉さんが一緒だったのか。ジル姉さん……エルフ族の外見を持つ吟遊詩人で、少し大人っぽい色っぽい外見の女性キャラなのだ。大人っぽい感じだから、ついつい姉さんって呼んじゃう。
姉さんの生産職は、錬金術師。素材と素材を掛け合わせて、新しい素材を作る事のできる職業だ。下級素材と下級素材を掛け合わせて、入手困難な上級素材に作り替えたりする事が出来るから、職人に重宝される生産職だね。
確か、姉さんは最近サブキャラを育てていた。その子用の素材にするつもりだったのかな。でも……こうなっちゃった以上、他のキャラにチェンジとか、できないよね。
とりあえず……メインキャラクターでログインしていたのは救いかなぁ。これでもし1レベルのキャラとかになっちゃってたら、目も当てられなかったんじゃなかろうか……。
『素材集めは無事に終わったんだけどさ、帰ろうと思って洞窟抜けてたら、急に眩暈がして……気付いたら、俺、ハッシュになってるし、コウモリが襲ってくるし!』
興奮しているのかハッシュの鼻息が荒い。
ロックゴーレムの湧き場所は、確かラムダの洞窟の奥だったかな。奥に行くまでに、狼とかコウモリとかの雑魚モンスターが湧くんだ。コウモリも……思い出す限り、結構大きかった気がする。
流石にサラマンドラまでとは行かないけど、でっかいコウモリに襲われるのも怖いよね。パニックしちゃうよね。
『ジル姉さんもパニック起こしちゃって、戦えない、怖いって大泣きしちゃって』
ああ……そりゃあ、なぁ……。
もともとこのゲームって自分視点で動く訳じゃないし。キャラクターが表示されて、その周囲が表示される、っていう感じのゲームだから、目の前にモンスターとかって経験したことない。それが、こんな風にリアルに目の前に物が見えるようになったら、ヤバイね。モンスターいきなり目の前にしたら、あたし涙目になる自信あるね。
『ロープが使えるみたいだったから、それ使ってダンジョンから脱出したんだ』
一瞬でダンジョンから脱出するためのアイテムですね、分かります。
迷子になった時とか、戦闘が重なりまくってピンチに陥った時とか、持っていて良かったロープですよ。ダンジョン潜る上で必需品と言っても過言じゃないだろうなー。HPが0になると、強制的に神殿に転送されてしまう上に、ペナルティとして経験値もがつんと減ってしまうから、結構痛い。デスペナルティを避ける為にも、ダンジョン脱出アイテムは必要だよね。
「ホント、無事で良かった……」
あたしはほっと胸を撫で下ろす。デスゲームじゃないっていうのは、もう分かってるんだけど、やっぱり友達がHP0になるのは怖いじゃない。
『ありがと、カイン。んで、今は、ダンジョン出口でジル姉さんと一緒にいる』
耳を澄ますと、ハッシュの声に混ざってジル姉さんの啜り泣くような声が聞こえてくる。電話みたいな感じで、近くの音も拾っちゃうようになってるのか。
きっと今はジル姉さんを宥めてるんだろう。ハッシュ君はハッシュ君で苦労してるみたいだ。
本人も、最初泣きそうな顔してたけど、先にジル姉さんに泣かれちゃって、泣くに泣けないっていう所かなー。
二人は、一緒に行動する事が多い。リアルでも仲の良い友達らしくて、ゲーム内でもハッシュとジル姉さんはマリアージュしている。マリアージュは、ロスト・タクティクス内のシステムで、結婚のシステムのことだ。
マリアージュすると、その親密度にもよるみたいだけど、色々な特殊スキルが発生するんだ。その便利さから、一緒に遊ぶ相手とマリアージュするプレイヤーは結構いる。実際にプレイヤー同士で盛り上がっちゃって、恋愛気分でマリアージュするカップルもいるけどね。
カインにはまだマリアージュの相手は現れていない。ハッシュとかジル姉さんとかソウジ氏とか、一緒に遊ぶ友達はいるけど、常に組むっていう固定の相手はいないしね。
『というわけで、カイン!!』
「は、はいっ!?」
突然大声で名前を呼ばれて、意識を引き戻されて、ビクッとする。
だーっと画面の向こうのハッシュ君の両目から涙が溢れた。
『助けて下さいっ!』
どうやら、あたしは何かを踏んでしまったようだった。




