1 カインという人
へたれ良いじゃない。へたれ可愛いじゃない。一途なへたれわんこ男可愛いじゃない。そんな萌えが、あたしにへたれわんこ男カイン・ファーロットを作らせた。
自分好みの、ちょっと母性本能を擽るようなへたれ男。
人と争う事が苦手で、穏和に人を立て、けれど決める所はビシっと決める、というのが理想のスタイル。
プレイスタイルは、性格の一途さを考えて、とことんやり込むタイプ。ロスト・タクティクスの売りの一つは、努力や苦労が報われる、っていう部分もあるかな。それぞれスキルに熟練度があるんだ。使えば使う程、その熟練度のレベルが上がっていき、熟練度が上がると同じスキルでも、効果が大きくなったり、持続時間が延びたりする。
当然ながら、熟練度も上がるにつれ、レベルを上げていくのが難しくなり、大抵の人は最大まで上げきる前に、高レベル用のスキルに移ったりするものだ。
けれどカインは、一度始めた物は極めるべし、というような性格なのだ。キャラクターに性格を反映させたかったあたしは、カインのスキル熟練度を、上げて上げて上げまくったのだ。それこそ、変態的と言われるまでに。
その結果、変態熟練度などというキャラクター名を呼ぶより長い、いらないあだ名を貰ってしまったカインであった…。
同好の士であるへたれスキーな姐さま達には何故か好評だったのが、大変遺憾である。
『折角の努力が斜め上に向かう所が堪らない!!』とは、カインの武器の手入れをしてくれる優秀なる武器職人、本人は線の細い黒髪ポニーテールの侍の男性キャラを使うソウジ氏だ。中の人は女性なんだけど、男性キャラである以上姐さまと呼ぶのは、なんとなく憚られるような気がする…。腕の良い職人さんで、戦闘面も頼りがいのある人なんだけど、薄幸キャラが大好物だと豪語する、どこか残念感の漂うお人だ。
努力斜め上はまるっと同意だけど、それが自分の事だと素直に頷けない気がするのは気の所為だろうか。
ステータスもへたれさを表現する為に、ちょっと変わった振り方にしてある。それが幸運極振り。極振りっていうのは、ネットゲーム用語で、一つのパラメータにのみボーナスポイントを振り込む行為の事。
基本的に、筋力、命中、魔力、魔法防御、敏捷、回避、体力、物理防御の8つのパラメータがあり、レベルが上がるとボーナスポイントが発生し、それを割り振っていく形になる。全体的な数値は職による成長をするけど、ボーナスポイントを自分で割り振る事によって、個性を出すことができるんだ。
自分の職の必要なパラメータに、バランス良く振る、っていうのが、暗黙の了解のようなキャラの育て方みたいなんだけど。たとえば戦士系とかの前衛職だったら、攻撃力の要になる筋力と命中力、あとは適度に死なない程度に体力に振る、とか。
あたしみたいな魔法職だと、魔法攻撃の命中って幸運に依存してるから、魔力と幸運を上げるっていうのが主流のスタイルかな。あとは時々体力を上げてやったりして、死ににくくするとかかな。魔法職系って後衛職であるが故に体力の成長率が低いから、HPがものすごく低いんだ。ボスモンスターの攻撃で、うっかりすると一撃で沈む事もあったりするくらい。
あたしは、そんな火力も保険も一切捨てたキャラ、って言うんだろうか。ひたすら幸運のみにパラメータを集中させた。でも、幸運も無駄じゃないのよ?命中は幸運に依存してるけど、相手からの魔法の命中も幸運に関係するから。物理攻撃に関しても、幸運で回避することもできるし、身を守る為の手段としては魔法職の要なのよね。
体力やら魔力も、当然ないと困るから、あたしは補助魔法や装備類、生産で作成できる食べ物とか、ペットで補ってる。ドーピングと言うなかれ。これだって立派な戦術の一つなのよっ。
当然ながら、必要とするパラメータを上げてくれる料理の生産も、補助魔法も、がっつり最大まで熟練度上げてあるから、その効果は絶大だと思う。というか、その効果がなかったら、あたしもゲーム内最高レベルの200まで育成できなかったと思うんだ。あとは、こんな地雷になりがちなステータスのあたしに付き合ってくれた仲間に感謝。
あたしは、カインではあんまり素を出さないように気を付けている。だって、男キャラが一人称あたしとか言い出したら気持ち悪いじゃない。オカマキャラじゃないのよ、あたしのカインは!!
いや、オカマキャラはオカマキャラで面白いし、否定する訳じゃないし、萌えもあるし、楽しそうだけど!!あたしのカインはオカマキャラじゃないのよ!!
あたしはキャラクターの設定を立てて、その設定の通りに動かすのが好きなロールプレイ派だ。そのキャラクターになりきって遊ぶ。例の同好の士である武器職人のソウジ氏をはじめ、あたしの周りにはロールプレイ派の仲間が多い。
まあ、あたしの仲間が全部ロールプレイ派って訳ではないのだけど……。
不意に、ピンポーンと聞き覚えのあるシステム音が鳴り響く。この音は……フレンドチャットの呼び出し音かな?
目の前に半透明のウィンドウが浮かんでいる。ゲーム時代に良く見ていたそれだ。あたしはおそるおそる指先を動かして、ウィンドウの文字に触れてみる。普段の操作と同じように、それは反応して新しいウィンドウが開いた。
よし、これでフレンドチャットを開いて……、と。
シンシアという名前が点滅している。む、シンシアから会話が飛んできたのか。名前の表示されている部分に触れると、ぱっとテレビ電話のように顔を映し出した画面が開く。
赤茶のふわふわしたウェーブがかった髪を、ポニーテールにして赤い大きなリボンで結んでいる。ぱっちりと大きな茶色の瞳が印象的な、少し幼い顔立ちの少女。そして、童顔の顔とアンバランスとも思える大きな胸が存在を主張する。
「あ、お兄……」
『リアルVR、ktkrwwwwwwwwwwwwwww』
あたしが口を開くのと同時に放たれる興奮した声。
えーと……。今は普通に音声会話してる筈なんだけど、この感じ……めっちゃ草生やしまくってるんじゃなかろうか。いや、間違いなく超生やしまくってんだろ。
あたしは呆れた目を、画面の向こうの彼女……、目を輝かせまくっているシンシアへと向ける。
この人、こんな感じですけど。
あたしをロスト・タクティクスに誘った兄なんです。
呆れて眺めていると、不意にキリッとシンシアは顔を引き締めてくる。
『それはともかく、無事かっ、妹よ!』
何故それを第一声に言わない。そっちを先に出してくれれば、まだ兄を頼れるというのに。最初にあの反応だから、この兄は残念な兄なのだ。
「まあ、街の中にいたし……」
一応無事、と頷いておく。それを聞いて、画面の向こうのシンシアはほっとした表情になる。
『ならば良かった。吾輩のフレなどは、ちょうどフレイ火山のサラマンドラに挑んでいたらしくてなー』
うあ。150レベルのボスじゃないか。召喚士の職であれば、おそらく避けては通れない道だ。炎属性系召喚獣の上位で、150レベルになると、その修得クエストが発生する。当然そのクエストっていうのは、サラマンドラ討伐なんだけどね。
修得クエスト発生時に挑みに行くなら、回復役も含めた6人のフルパーティーで向かわないとならないような強力なボスだ。龍種モンスターだけあって、装甲も硬いし、なかなかダメージが通らないのよね。ゲーム内最大である200レベルになれば、ソロも行けるようになるけど、職とか装備にもよるかな。
あたしも好奇心からソロ撃破しに行ってみたけど、討伐の時間がかかって面倒だった。ま、達成感はあるけどね。あと、成長したなーっていう実感?
でも……、と、あたしはサラマンドラを思い出す。普通にゲームプレイしてても、キャラクターの何倍もあるような巨体だった筈だ。それが、いきなりこんなリアルにゲーム内に入り込んだ状態で、目の前に現れたりしたら……。
「災難だったね……」
災厄とも言えよう。
『ウム。しかも、サラマンドラを瀕死の状態に追い込んでいたようでなー』
あー……兄の言わんとする事は分かった気がする。
「もしかして、逆鱗?」
『ウム』
画面の向こうでシンシアが頷く。
サラマンドラなどの龍種系モンスターの特殊攻撃の一つ。HPを10%以下に削った時に、一定確率で発動してくる大ダメージのブレス攻撃。あたしも、魔術師系で体力とか装甲は紙状態だから、マトモに喰らったら一撃で沈んじゃうと思う。ま、それを喰らわない為に必要なのは補助スキルとプレイヤースキルですよ。
しかし、そんなモノも、突然のこんなトラブルの前では吹き飛んじゃうだろうなぁ。
きっと対処する余裕もなかったに違いない。
『それで、死の恐怖と共に神殿に送り込まれたらしくてなー。幸い、痛みなどはそこまで強くはなかったらしいが、目の前のボスの恐怖がトラウマになっておるようでなー』
む。今、神殿って!
「まった!つまり、そのお友達さん、HP0になったんだよね?」
『む、フレの話だとそのようだぞ。気絶して、目覚めたら神殿だったとか』
「て、ことは……死んで終わりじゃないってコトだね」
『ウム』
神妙な面持ちで、シンシアが頷く。
死=リアルでの死、とかじゃないのが分かったのは、ほっとしたかな。
でもログアウトは……、やっぱりできないのか。
あたしは半透明に浮かんでいる画面を弄ってみるけど、やっぱりログアウトのボタンは反応しない。予想通りと言おうか、なんと言おうか。
リアルの死ではないけれど、ログアウトの可能性でもないんだね。ゲーム内に閉じこめられてるっていうのが、現状かー。
『しかし、吾輩驚いたぞ』
フレンドチャット画面を見れば、シンシアが何やら興奮している。まあ、そりゃいきなりゲーム内に自分がいるんじゃ驚くだろうけどね。
『ふと目線を落とせば、吾輩にあるまじき魅惑のマシュマロが装着されているではないか!けしからん、けしからんぞー!!』
え、あ、そっちなんですか。ハイハイ、楽しそうで何よりですねお兄様。
さっきまでの神妙な顔はどこへ行ったのだ、兄よ。
『ところで気になっておったのだが、妹よ』
「はい、なんでしょう」
『先程街にいたと言っておったようだが……もしかして、マイハウス内か?』
ああ……。フレンドチャットは、フレンド登録した相手とのみ使える機能である。そして、登録してある相手の場所を検索する事ができるのだ。
たとえば、今あたしはサウスタウンという街にいるのだけれど、サウスタウンのマップは広く、幾つかの地名で分かれている。たとえば、プレイヤーがよく露店を開く広場だとか、クエストを提供してくれるNPCのいる住宅街とか。
なので、所在地の表記には、サウスタウン-広場-みたいな感じに表示が出てくるんだ。マイハウスの中にいる場合、その地名のどこでもない場所になるらしいので、街の名前の表示しかされなくなるので、マイハウスの中にいるっていうのが分かるんだ。
あたしが頷きを返すと、おお、と何故か瞳を輝かせるシンシア。
『おおお……マイハウスは使えるのか!!ならば吾輩は、マイハウスにてこのシンシアたんのわがままボディを余すことなく、たっぷりと堪能しなくてはならんなっ!シンシアたん可愛いよ、シンシアたん可愛いよハァハァ』
あ、ヤバイ。兄、 自キャラ萌えの世界に行っちゃったみたい。
「あ、兄ー…兄ー…?」
『スマヌ、妹よ!吾輩は男のロマンのため、嫁の肉体の神秘に近づかねばならぬっ』
完璧にダメだ、コレは。
『うおお~!シンシアたんは俺の嫁~!!』
そんな叫びと共に、それきりフレンドチャットは沈黙した。
惜しい……か、どうかは良く分からない人をなくした。
もういいよ。帰ってこなくても、こっちは大丈夫だよ、兄貴ー。




