プロローグ
ロスト・タクティクス。
インターネット環境が、家庭にも普及した時代。オンラインゲームは数多提供され、飽和時代とも言えた。当然ながら人気のある物は長く残り、過疎を辿ったゲームは、見るも哀れなものになる。
プレイ無料のゲームが、多く存在しているのだ。より面白い方へと向かうのは、当然の流れだろう。
面白くなければ生き残れない風潮の中で、ロスト・タクティクスはテストプレイ期間を経て、月額課金制のゲームとなった。売りは、多彩なキャラメイクとファッション、そしてイベントや課金で手に入る多彩なペットだ。
多くの課金ゲームにありがちな、課金装備品による強化などはない。ファッション品やペットなどは一度買えば永久保存。特定のアイテム類は、いわゆるガチャと呼ばれるランダム要素の高い抽選式の入手方法になるが、それを除けば全体的に比較的良心的な課金システムだろう。
何より月額課金制ということで、プレイヤーの平均年齢を引き上げている事が、あたし、鈴村雪には重要だった。
昔、プレイ無料のゲームで遊んでいた時に、お子様なプレイヤーに絡まれた事があるのだ。パーティの募集が出ていたので、参加させて貰ったら、異様に気に入られてしまったみたいで。その頃初心者だったのもあったんだけど、うっかり友達の登録しちゃったんだよね。そしたら、その後もしつこく付きまとわれ、行く場所行く場所現れる始末。挙げ句、秘密だって言ってるのに、年齢やら本名やら、住んでる場所とかまでしつこく聞かれて、すっかり辟易してしまった。本人は小学六年生とか言ってたな。嘘か本当かは知らないし、興味もないけど。
あたしは、そんなに容易く個人情報を明かすつもりはないよっ。この情報社会、どこで誰が見てるか分からないのだ。いらぬとばっちりは受けたくない。自分の身は、きっちり自分で守らないとねー。
ま、人間性ってのは一概に年齢だけでは語れないんだけどね。中身の問題もあるから。
でもその一件以来、ちょっと線引きはしたくなったかもね。またストーキングとか御免だし、厄介事を自分から背負うつもりはない。
ともあれ、そんなこんなで出会ったのが、このロスト・タクティクス。同じくネットゲームにハマっている兄から勧められたのが、第一のきっかけだったんだけど。
多彩なキャラメイクと、やりこみ好きには堪らない仕様にすっかり夢中になって、気付けば五年程プレイしてる。
これからの時代は、きっとVRが来るぜ、なんて兄は言うけど、私はあんまり興味がない。だって、ゲームは自分のキャラが見えてなんぼでしょ!?
そのキャラになりきっちゃったら、鏡見るしか自分の姿が確認できないじゃない!!
だから、あたしはちゃんと自分のキャラクターが見えるタイプのゲームが好きだった。だって、自分の好きなように作り上げたキャラが一番可愛い。キャラへの愛がなくっちゃ、育てる気になれないし!どうせなら、ちゃんと自分で愛せるキャラでプレイしたいじゃない!
そんなあたしの、欲望の詰まりに詰まった分身。愛すべき私の半身。
まさか、まさか、よ。
まさか、あたし自身が、その分身になっちゃうなんて、思ってなかったよ、ホント。
はい、あたし混乱してます、今も。
ログアウト不能とか、物語の中の話だと思ってましたぁー!
そんな小説とかゲームとかマンガでありがちな、でも、すっごい非日常的な事柄が私に降りかかってくるなんて、予想もしてませんでしたよ!!
何かの大型アップデートの当日に、とか。変なアナウンスが流れて、ログアウトが一切できなくなってデスゲームが開始します、とか。
そんな物語、確かに私も読んだけど。
ねえ、何かの冗談ですよね、そういう前フリ一切なしって。
運営さーーん、何考えてるんですかーー!
あたしはその時、マイハウス内で家具の配置をしていた。マイハウスっていうのは、個人専用の部屋みたいなシステムかな。自分の好きな様に部屋を拡張したり、家具を配置して飾ったり。家具は、NPC売りの物もあるけど、家具生産できるプレイヤーのみが作れる物もあるし、手軽に課金で手に入れられる物もある。この多彩さも売りなん
だよね。
このゲームでは仲の良いプレイヤー同士でギルドと呼ばれる集団を組む事ができる。ギルドのマスターやってる人なんかは、ギルド専用ルームとしてマイハウスを使用する人もいるみたいだけど。あたしはもっぱら、友人を招いたり、休憩したりする時に使う位だ。
あとは、アイテムを預けたりするシステムに、倉庫っていうのがあるんだけど、そこには数量の制限がある。でも、マイハウスをお金をかけて拡張する事で、倉庫をそこに新たに設置したりすることもできるので、古参のプレイヤーさんとか、やりこみしてる人なんかはマイハウスを重宝してたりするかなー。
あたしも趣味の収集品やら、生産用の材料やらで倉庫がいっぱいだし、マイハウス倉庫は大変重宝だ。
という訳で、倉庫整理も兼ねつつ、マイハウスの中に籠もっていた訳ですよ。
ある意味、あの瞬間に一人でいたのは、幸いだったのかもしれない。
その、瞬間。まず最初に感じたのは眩暈。平衡感覚が狂うような感じかなぁ。
え、貧血?
まず思ったのは、そんな感じだった。ふらつきかけて、慌てて身を立て直して。
目を閉じて、大きく深呼吸。再び、目を開いて。それで、あたしは驚いた。
さっきまで見ていたゲームの画面が、めっちゃ近い…、ていうか、その風景の中にいるんだもの。
思わず、あたしは手を伸ばして目の前の椅子に触っちゃったわ。背もたれが猫の形をとったすべすべの木製の椅子。あたしのお気に入り。なめらかな樹の感触が、ひんやりと冷たくて気持ちいい。
ひんやりと冷たくて……
えっ?なんで冷たいとか感じちゃってるわけっ!?
あたしは慌てて自分の手を見た。いつもの自分の手じゃない、大きくて少しごつっとした手。
えっ、…えっ!?
「な、何コレ!?」
思わず出た声は、自分の声じゃなかった。いつもの自分の声よりも、明らかに低く、少し野太い。
「何コレ~~!?」
自分の口から出た筈の声が信じられなくて、思わずもう一度叫んで、やっぱり自分の声じゃない事に愕然として。
がくーんと、自然に膝が崩れてあたしはへたり込んだ。
少し先に配置された姿見に自然と視線が行く。さらりと綺麗な金髪の髪は肩の位置で一本に結われ、体の前方へと垂らされる。少し垂れ目がちな翠の優しい瞳、普段は穏やかな笑みを浮かべる口許。細身だけれど、冒険者らしく、つく所には程々の筋肉がついているのだろう。
そんな長身の青年が、鏡の中で力無くくずおれていた。
ああ、ホント。マイハウス内で良かった。
こんな姿、他に見せられやしない。
あたし、鈴村雪二十八歳は、この時から、幸運極振りへたれ魔術師、カイン・ファーロットになったのだった。




