2 あと一歩の勇気
鈴白さんと、鈴音さんも、元々はサウスタウンを拠点にして活動している人達だ。なので、もともと顔を合わせる機会の多い人達だった。
職人さんだと、高レベルの素材を集めに行く事もあるし、発注ついでにパーティー組んで手伝いをすることもあった。
こっちは料理系だったから、狩りで得た食材スキルとかを譲って貰ったり、もちつもたれつな関係ではあったね。
一人で完全に全部、一から十までやるようなゲームではなかったというか、これがオンラインの醍醐味でしょう。
中には全部自分で、っていう孤高のソロプレイヤーもいるかもしれないけど。
あたしは仲間内で助け合いながら、協力プレイを楽しむような感じだった。
そんな訳で、身内っていう感覚がある相手ではある。どちらかというと、鈴白さんと組む方が多かったけどね。
「お邪魔しまーす」
声を掛けながら、あたしは二人のマイハウスにお邪魔する。
自分の家は良く出してたけど、こんな状態になってから他の人のおうちにお邪魔するのは初めてだなー。やー、なんか新鮮で楽しいっ。
鈴白さん達は、高級住宅街のちょっと小高くなった部分にマイハウスを構えてたみたい。
まあ、家の中に入っちゃえば、外の様子とか分からないんだけどね。出た時に、街が一望できて気分が良いのだとか。お奨めは夕暮れ時だって言ってた。
良いなぁ。景色を楽しむ余裕みたいなの、全然なかったからなー。こんな風に楽しめるのは理想だよね。
「いらっしゃーい」
にこやかに迎えてくれるのは鈴白さん。その後ろで、表情少なく鈴音さんが、ぺこりと頭を下げる。
鈴音さんはゲーム内でも、なんだか物静かな人だなーと思ってたけど、リアルでもおとなしい人なのかもしれない。
あたしは、ゆっくりと室内を見回す。
落ち着いた色合いでまとめ上げられた部屋。シンプルだけど、居心地の良さそうなお部屋だなぁ。薄いベージュがベースのカーテンは、良く見ると子猫柄になってる。
そしてソファの背もたれや、テーブルの端の飾り彫りとかも、密かに猫の柄が隠れている。
うーん、相変わらず良い仕事してるなぁ。
あたしの視線に気付くと、鈴白さんが肩を揺らして笑う。
「自分の家の家具も、ついつい『猫まんま』仕様になっちゃうんだよね」
猫可愛いよね、と力説する鈴白さんが微笑ましい。その隣で、こくこくと鈴音さんが何度も頷いている。二人とも猫好きは一緒らしい。
「あ、シロさん、これ素材ねー」
「わー、色々あるじゃなーい。すっごい助かるー」
早速アイテムの取引をしているのだろう。ジル姉さんと、鈴白さんが何やら空中で指を動かしてやりとりをしている。きっとウィンドウ画面が出てるんだろうな。
端から見ると、謎の動きに見えるよね。
「……そういえば、カイン、マリアージュ、おめでとう」
「ありがと、鈴音さん」
「……これ、お祝い」
ピコンっとシステム音が鳴り響き、アイテム取引画面が開いた。鈴音さんから、アイテムが提示されている。あたしは指先を画面に移動させて、詳細を開いてみる。
え、うわ、可愛い。猫の模様が可愛らしく刺繍された、シンプルな形状のエプロンが、色違いで二枚。
これは夫婦で使えと言うことなのか。
「わわ、ありがと、鈴音さんっ、エプロン欲しかったんだっ」
丁度頼もうと思ってた所だったし、凄く有り難いけどねっ。
大喜びで受け取るあたしに、満足そうに鈴音さんは頷く。
「喜んで貰えて、良かった」
あまり表情は変化してないけど、鈴音さんも喜んではいるみたい。さっきよりも、少し頬が赤くなっている。
「鈴音さんに、服をいくつか頼んでも良いかな?」
「どんなの?」
あたしの依頼に、キリっと鈴音さんの表情が引き締まる。なんだかこの食いつき、やっぱり職人って感じがするね。
必要な素材を聞いて、部屋着の依頼を終える。
後で素材集めしてこなくっちゃ。最近出歩いてなかったから、気分転換と体を慣らすついでに、良いかもしれない。
ジル姉さんと鈴白さんも取引が終わったのか、こちらへと向き直った。
「やー、参ったねー」
肩を竦めながら、鈴白さんがソファに深く沈む。
「どうしたの?」
「やー……、まあ、現状のこの謎の状況も困るんだけどさー。今、生産職系がヤバイっていうか」
「ヤバイって?」
暫く籠もっていた間に何かあったんだろうか。
話を掴みきれず、きょとんとするあたしとアイラ嬢。ジル姉さんとハッシュは頷いている所から、何か知ってるみたいだ。
「今ね、生活必需品系が、すっごい高騰してるのよ」
「材料が、今までの倍くらいに高騰しちゃってるもんだから、完成品もそれに合わせて酷いことになってるねー」
二人の説明に、思わず眉根が寄る。
アイテム類揃えきってる人とか、身内で賄える人とか、高レベルでお金のあり余ってる人とかは、なんとかなるだろうけど、初心者で始めたばっかりで巻き込まれた人とか、息抜き程度で遊んでいた人とかだと大変な状況かもしれない。
何にせよ、あんまり良い状況ではないね……
「料理アイテムとか、酷い状況だね」
「そうなの?」
「……美味しくないのに、凄く、高い」
心底不満なのだろう。表情の乏しい鈴音さんが、嫌そうに眉根を顰めている。
「家とか自由に動かせるのは、すっごい楽しくて満足なんだけど、もう食事の時間が憂鬱で憂鬱でー」
お行儀悪く、両足をばたつかせる鈴白さん。そんなに酷い状況なのかな?
「このゲーム……すっごく、ご飯おいしいよ、ね?」
鈴音さんと鈴白さんの様子に、何やら不安そうに問いかけて、ハッシュがこちらの様子を伺ってくる。思わずあたしも神妙に頷きを返すが、はたと思い直す。
もしかして、これも完成度的な問題があるんじゃないのか?
あたしは、かなり趣味の域で熟練度上昇の為に、色々な食材アイテム集めて作りまくってたけど、効率で考えれば、当然ながら自分の望むステータスを上げてくれるアイテムを作る方が、良い訳だし。
そして、効率が良いと称されるアイテムって、どういう訳か、お菓子系の物が多かったりするんだよね……。
アイラさんを助ける時に使ったチョコレートケーキとか、チーズケーキとか。
あの辺は、あたしの命綱でもあったから、もう鍛えに鍛えまくった熟練度だったから、完成度もめちゃめちゃ高かったし。
その分、やっぱり美味しかったなぁ。
よーーーし!
「お昼ご飯にしようっ。食器借りるよ、鈴白さん!」
「え、あ、うん」
気合い満々で立ち上がるあたしに、気圧された風の鈴白さんが、食器棚を示す。
わー、やっぱり食器も良い仕事してるなー。料理って味だけじゃなく、盛りつけとかの見た目も大事だと思うんだよね。
よーし、食への印象を変えちゃうんだからねっ。
「ご馳走様でしたぁ」
「はい、お粗末様です」
普段通り満足そうな様子の三人と、半ば惚けたような状態の鈴白さんと鈴音さん。大変喜んで貰えたようで何よりです。
料理人としては、最高の賛辞をいただいて、あたしも満足だ。
今日のお昼のメニューは、アイラ嬢の好きな中華。小龍包や餃子や焼売とかの定番点心から、酢豚やカニ玉、スープはワカメと刻んだネギとたっぷりのゴマだ。ゴマの風味が香ばしい。
食後のデザートのマンゴープリンも残さず食べて貰って、良い仕事したと大変満足。
こういう所、あたしも職人だなぁ、と思う。多分戦闘員よりは、職人気質の方が高いんだろうな、あたし。兄は、戦闘職っていう方が、意識が高いような気がするけど。
まあ、楽しみ方は人それぞれだし、それで良いと思うんだけどね。
何もかも一人で片付けようとか、無理な話なんだし。色々な人がいて、色々な価値観を持ってて、助け合うっていうのは理想の形だと思うんだ。
「やー、びっくりしたよー。今までボク達が食べてたのは、何だったんだろうってくらい」
「おいしかった」
ようやく惚けた状態から戻ってきた二人が、興奮したように頬を紅潮させる。ここまで喜んで貰えると、ちょっと照れるなぁ。
「料理アイテムも、アイテムインベントリに保存しておけば、傷んだりしないみたいだし、希望があれば素材用意してくれれば加工するよ」
「マジでっ」
がばっと左右から二人に手を握られて、びっくりだ。すっごい食い付き方だ。食って大事な文化なのだと、心底思う。
衣食住って、どれが欠けても、不満って溜まっちゃうもんね。
仲間内で満たせるのって、大きいなぁ。人脈って大事だよっ。
「凄く、うれしい」
食生活は切実だったのだろうか。何度も何度も鈴音さんが頷く。
「うんうんっ、これで困り事の一つは解消だよー!」
大袈裟な、と言いたい所だけど、あたしも食事に救われてるからなぁ。溜まりそうになるストレスを食で発散しちゃってる感は否めないねっ。
「今度お礼に新居用の家具一式作るねっ」
結婚祝いついでに、とか付け加えながら、ぐっと鈴白さんが親指を立てる。
「やー、ダブルベッドは必須でしょー。ふふーん、腕が鳴るわぁー」
「いやっ、あのっ、偽装結婚だからっ」
「あやん、そうなの?」
慌てて止めるあたしに、ざーんねーん、と鈴白さんは楽しそうに笑う。
「でもー、これもある意味縁なんだしー、一歩踏み込んでみちゃったらいいのにっ」
「シロ、煽っちゃ、ダメ」
「えー、でも、踏み込まなきゃ人間関係進展しないよー?」
煽る鈴白さんに、止める鈴音さん。二人揃って、バランスが良いみたいだなー。なんというか、本当にお似合いって気がする。
「いやいや、儂の窮地を救う為に、熟練度のは協力してくれての」
苦笑しているあたしに、アイラ嬢が助け船を出してくれる。マリアージュまでの流れを説明すれば、ああ、と鈴白さんが納得したように頷く。
「分かるー、分かるわー。いきなり襲われたりすると、困るよねー。今まで自分が乗っかる方だったのに!みたいな!」
力一杯同意する鈴白さんに、もしかして、と思わず視線を向ける。
アイラ嬢も気付いたらしく、あたし達と視線がかち合って、にへっと鈴白さんが笑う。
「そそ、ご同類」
「夫婦生活、ちょっと、困る」
こく、と鈴音さんが頷きながら返す。
このカップルも性別逆転してるのかっ!
というか、逆転してる人、あたしの回り、やたら多いなっ!
「おんしらこそ、踏み出してみたら良いのではないのかの」
意趣返しとばかりに、アイラ嬢が返す。
「新しい世界が開けるやもしれんぞ?」
「なっ、癖になっちゃったらどうするのさーー」
「シロなら、平気」
「ちょっ、オトーーー」
どうやら、鈴音さんの方がノっちゃったみたいだ。
うん、まあ、仲良き事は美しきかなってことで。
バカップルは末永く爆発すれば良いよ!




