第5章:眠れぬ夜の明けた朝と、過保護な甘味
「……おはよ……ございます……」
夜が明け、眩しい朝日が離宮の格子窓から差し込む中、私は生ける屍のような顔で朝食の席についていた。
……寝られるわけがない。
一晩中、背中にハイスペック男子(国のトップ・超絶イケメン)の胸板を感じ、力強い腕で抱きかかえられ、耳元で甘い吐息を聞かされていたのだ。
「男だ、自分は男の身体だ」と頭の中で十万回くらい念仏のように唱えてみたものの、元・乙女の悲しい性で心臓のバクバクが止まらず、結局一秒たりとも眠れなかった。
(目の下に絶対クマできてる……。ていうか、身体が重い……頭がぼーっとする……)
対照的に、私の目の前に座る耀天は、恐ろしいほど爽やかな顔をしていた。
朝の光を浴びる彼は、すでに隙のない漆黒と金の朝服に着替えを済ませ、完璧な美貌で優雅に茶を口に含んでいる。
「どうした、蓮鳳。顔色が悪いぞ。……あまり眠れなかったのか?」
(誰のせいだと思ってるのよーーーーーっ!!)
叫び出したいのを必死で耐え、私はカクカクとロボットのような動きで頭を振った。
「い、いえ……! 皇兄様の離宮があまりにも素晴らしくて、緊張のあまり……少し、夜更かしをしてしまっただけで……っ」
「ほう。緊張、か」
耀天の黄金色の瞳が、可笑しそうに細められた。
昨夜のあの「可憐な反応」と「プルプル震える姿」を思い返しているのか、彼の口元にフッと甘い笑みが浮かぶ。完全に私のパニックぶりが彼の「 ツボ 」にハマりきっている顔だ。
「ならば、今夜からはもっと私の身体に寄るといい。抱き枕代わりにでもすれば、じきに慣れるだろう」
「慣れません!! 体温高すぎて無理です!! じゃなくて……皇兄様のお手を煩わせるわけにはいきません!」
思わず素でツッコミを入れてしまい、慌てて口を押さえる。
だが耀天は怒るどころか、「フッ……相変わらず心地よい反応をする」とでも言いたげに目を細め、運ばれてきた朝食の膳に目を落とした。
膳の上には、湯気を立てる極上のお粥や、美しい小鉢がずらりと並んでいる。
昨日の「毒スープ事件」のせいで、私の食事はすべて耀天の専属毒味役と、彼自身によるダブルチェックを経た完璧に安全なものだけが並ぶようになっていた。
「さあ、食え。睡眠不足には栄養が必要だ」
「は、はい……いただきます……」
寝不足で重い手で蓮華を持ち、お粥をすくおうとした――その時。
私の手が、疲労と緊張の限界で「プルプル」と小刻みに震えた。
「……ッ」
(だめだ、力が入らない……っ)
蓮華がカタカタと音を立て、お粥がこぼれそうになる。
私は必死で両手で蓮華を持ち直そうとしたが、その瞬間、横からすっと大きな手が伸びてきた。
「無茶をするな」
「え?」
耀天が私の手から蓮華を優しく取り上げると、自らお粥をすくい、ふーふーと息を吹きかけて冷まし始めたのだ。
(え……? 嘘でしょ? 何しようとしてるのこの摂政閣下……!?)
「ほら、口を開けろ、蓮鳳」
「はえっ!??!?」
目の前に差し出された、お粥の載った蓮華。
そして、至近距離で私をじっと見つめる、甘く甘やかで、どこか執着に満ちた耀天の瞳。
「こ、皇兄様!? 結構です! 自分で食べられますから! 自分で――」
「お前の手は震えている。大人しく私の言うことを聞け」
「いやいやいや! 皇帝の代理である摂政閣下に『あーん』なんてさせられる皇子、歴史のどこを探してもいませんからーーーーーッ!?」
「私がやると言ったらやるのだ。……ほら、『あーん』だ」
(『あーん』って言った!! この冷酷無比な魔王が自ら『あーん』って言ったーーーーー!!)
顔が再びリンゴのように真っ赤に熟し、頭から湯気が出そうになる。
逃げようにも、ここは耀天の離宮。周りの侍従たちも「なんと睦まじい……」と言わんばかりに感動の面持ちで頭を下げており、誰も助けてくれない。
(詰んだ……! 完全に詰んだ……!!)
一睡もできず朦朧とした意識の中、私は冷酷な義兄の甘すぎる「あーん」の攻撃に、ただただ翻弄されるしかないのであった。




