第3章:同居開始と、逃げ場なき至近距離
「……どうしてこうなった」
通されたのは、耀天の離宮の一室――というか、彼の寝所と目と鼻の先にある豪華すぎる客間だった。
ふかふかの絨毯、龍の刺繍が施された絹の帳、ほのかに漂う上質な香の匂い。
冷遇されていた寒々しい自分の宮とは雲泥の差だが、落ち着くどころか緊張で胃が捻れそうだ。
(四六時中、あの魔王の目の届く場所に置くって……逃げ場ゼロじゃないのよ……!)
頭を抱えていると、静かに扉が開いた。
現れたのは、すでに身軽な部屋着(といっても上質な白絹の長袍)に着替えた耀天だった。
髪を解いた彼の姿は、普段の厳格な摂政の威圧感が少し和らぎ、かえってその整いすぎた顔立ちと男らしい色気が露わになっている。
(うっ、顔が良い……! 目の毒すぎる……!)
「住み心地はどうだ、蓮鳳」
「は、はい! 勿体なさすぎるほどの素晴らしいお部屋です、皇兄様!」
慌てて居住まいを正そうとした私に、耀天はゆっくりと歩み寄り――当然のように、私が座るソファーのすぐ隣に腰を下ろした。
(ちっっっかい!!)
肩と肩が触れ合いそうな距離。男の人の体温と、彼特有の清涼な香木の匂いがダイレクトに鼻腔をくすぐる。
「……何をそんなに身構えている」
「い、いえ! 別に身構えてなど……っ」
「では、なぜそのように震えているのだ?」
耀天の大きな手が、私の膝の上に置かれていた手にそっと重なった。
(ひやっ……!?)
包み込まれた手のひらから伝わる、圧倒的な熱量と男らしい骨太な感触。
元・女子高生としての本能が弾け飛び、全身の血が頭に上るのが分かった。
「……あ」
絶対顔が真っ赤になっている。自分でも顔面が熱いのが痛いほど分かる。
必死で下を向いて隠そうとするが、耀天の指先が私の顎に触れ、優しく、だが拒否権を与えない力加減で上を向かされた。
「……やはり、赤くなっているな」
耳元で響く、低く艶のある声。
耀天の黄金色の瞳が、面白がるように、そしてどこか危険な熱を帯びて私を覗き込んでいる。
(あ、だめ、これ息ができない……! 鼓動がうるさすぎて心臓が口から出そう……!)
「……可愛い奴だ」
ぽつりと漏らされたその一言に、私の心臓が大きく跳ね上がった。
(わ、私、いま『可愛い』って言われた……!? いや待って、私いま男だよ!? 相手も男だよ!? なんでそんなナチュラルに殺傷能力の高いセリフ吐けるのこの人!?)
恥ずかしさとパニックで、目元まで熱くなり、指先までプルプルと震えが止まらない。
必死で「自分は男だ、落ち着け」と自分に言い聞かせるのに、元々少女漫画や乙女ゲームが大好きだった私の乙女心が、この圧倒的ハイスペックイケメンの至近距離攻撃に抗えるはずもなかった。
そんな私の必死な抵抗と、真っ赤になって震える姿を見て――耀天の口元が、楽しそうに歪んだ。
「……フッ」
「……え?」
「……クックッ、ハハハ……!」
なんと、あの「氷の摂政」と恐れられる耀天が、声を殺して笑い出したのだ。
「こ、皇兄様……?」
「すまん……あまりにもお前が分かりやすく可憐に反応するものでな。……私の前でそれほど赤くなり、震えて見せるとは。やはりお前は、私に心を許しているのだな」
(ちがうーーーーーっ!! それは乙女心(※物理)の過剰防衛反応であって、心を許してるわけじゃないのーーーーーっ!!)
だが、私のパニックぶりにすっかり「ツボにハマってしまった」様子の耀天は、目元を和ませ、実に愛おしそうな眼差しで私の頬を撫でた。
「そんなに怯えずとも、取って食いはせん。……『今は』な」
(最後になんて言った!? いま『今は』って言ったわよねこの人!?)
「さあ、今夜はもう遅い。私の腕の中で安心して眠るが良い」
「えっ、あ、自分のベッドで寝ます! そこに豪華なベッドがありますから!」
「ダメだ。命を狙われたばかりなのだから、私のベッドで一緒に寝る」
「物理的に逃げ場がないーーーーーーッ!?」
男として平穏に隠居するはずだった私の第二の人生。
しかし現実は、冷酷義兄の「ツボ」に見事はまり、逃げ場のない甘い底なし沼へとド直球でハマっていくのだった。




