第8章:すれ違う熱と、自覚の瞬間
自室の扉に背を預けたまま、私は崩れ落ちるように床へ座り込んだ。
唇に残る、あの熱い感触。
そして、目の前で耳まで真っ赤にし、全身を激しく震わせながら「これ以上、私に理性を保たせるな」と絞り出した耀天の姿。
今までずっと、自分のことばかりだった。
「男になっちゃった」「事故で死にたくない」「穏やかに隠居したい」「BL展開なんて冗談じゃない」——
自分の保身とパニックに精一杯で、逃げて、否定して、拒絶することばかり考えていた。
(でも……あの人も、ずっと戦ってたんだ……)
思い返せば、彼はいつだって一線を画そうとしていた。
冷酷無比な摂政として国を背負い、男同士という世間の目や倫理観と戦いながら、それでも私を守るために離宮へ引き入れ、食事をさせ、抱きしめてくれていたのだ。
私が「男同士だから」「兄弟だから」と騒いで否定するたびに、あの人はどれほどの思いで感情を飲み込み、理性の堤防を必死で繋ぎ止めていたのだろう。
あんなに苦しそうな、切ない顔をさせていたなんて。
「……バカだな、私」
膝を抱え込み、ぎゅっと目を瞑る。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、袴の生地にしみ込んでいく。
本当は、分かっていたはずだ。
至近距離で男らしい体温を感じるたび、耳元で低い声を聞くたび、私の胸が激しく跳ね上がっていた理由を。
「元・女子の過剰防衛反応だ」と都合よくラベルを貼って誤魔化していたけれど——
(私……あの人にときめいてたんだ。逃げたかったんじゃない……怖かったんだ、自分の気持ちに向き合うのが)
自分が男の身体になってしまった戸惑い。
相手が国の頂点に立つ義兄だという現実。
そして何より、彼と同じように自分の胸に芽生えてしまった「恋心」を認めてしまったら、もう後戻りができなくなるという恐怖。
「……否定してばかりで、ごめんなさい……」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟いた言葉は空気に溶けて消えた。
でも、もう逃げない。
あの人は私を「狂わせる存在」として恐れ、遠ざけようとした。
けれど、理性を振り切るほど自分を想ってくれている人を、このまま一人で苦しませたままにするなんて、絶対に嫌だ。
私は濡れた頬を袖で強く拭い、ゆっくりと立ち上がった。
扉の鍵を外し、静かに手をかける。
向かう場所は一つ。
自分の理性を必死に繋ぎ止めようと、孤独に耐えている彼のところへ。
今度は私が、あの人の気持ちを受け止めにいく番だ。




