第49章 ROSEの夜…
定時を知らせる時計の針を確認すると、紗江は残業の誘いを丁寧に断り、足早に会社を後にした。
今夜は、田島との約束がある。
待ち合わせ場所は、仙台の街に佇むイタリアンレストラン「RIGOLETTO」。
重厚な扉を開けると、頭上には大きなシャンデリアが煌めき、柔らかな照明が店内を包んでいた。
「お一人様でしょうか?」
そっと近づいてきた店員に、紗江は微笑んだ。
「待ち合わせです」
「田島様のお連れ様ですか?」
「はい」
案内された先は、店の奥にある個室だった。
そこは、この店でも限られた客だけが通される特別な空間。
その奥で、田島はいつものようにウィスキーをロックで傾けていた。
紗江に気づくと、いつもの穏やかな笑顔を浮かべる。
「よっ! おつかれ。」
その一言だけで、紗江の張り詰めていた心が、ふっとほどけた。
「お疲れさま。素敵なお店ね」
「ここはアルコールの種類も多くていいんだよ。君はどうする?」
「え〜っ、新しいお店って注文が難しいから……おすすめのワインを頂こうかな?」
「了解。」
田島は店員を呼ぶ。
「ウィスキーのおかわりと、一番人気のグラスワイン。それと、何品かチョイスしてTAPASを持ってきて」
「かしこまりました」
店員が去っていくと、二人は顔を見合わせた。
「こんなに早く再開できると思わなかった」
紗江がそう呟くと、田島は少し得意げに笑った。
「君が東京を出る時には、もう計画してたんだよ」
「あなたらしいわね…笑」
やがて、二人のグラスがテーブルに置かれた。
「じゃあ……」
田島がグラスを持ち上げる。
紗江もそっとグラスを重ねた。
「仙台の夜に……乾杯」
「乾杯」
ワインを一口、そしてもう一口。
ほのかな香りが口の中に広がった。
その時、紗江はふと思い出したように言った。
「そう言えば、三上さん……ミシュラン取ったって」
田島は何も言わず、バッグから一冊の雑誌を取り出した。
「これだろ?」
「えっ……」
表紙の見出しを見た瞬間、紗江の目が大きくなる。
めくったページには、真剣な眼差しで料理と向き合う三上の姿があった。
記事には、料理人としての歩みや、現在に至るまでのインタビューが掲載されている。
「すっかり有名人になっちまったな」 田島
「凄い……三上さん」 紗江
知らなかった三上の姿を目の当たりにして、紗江の胸に小さな寂しさが落ちた。
田島はそんな紗江を横目で見ながら、運ばれてきた料理を取り分ける。
「全く……凄い奴と競ってたらしいな」 田島
「……そうだったのね」 紗江
紗江は雑誌をそっと閉じた。
今の三上は、もう自分の知らない場所で、新しい人生を歩んでいる。
そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
それでも今、自分の隣には田島がいる。
二人は料理とお酒をゆっくりと楽しみ、やがて店を後にした。
タクシーに乗り込むと、田島が告げる。
「WESTINホテルまで」
「えっ……私、泊まる準備してない」
「足りないものは、近くのコンビニで買えばいい」
「……了解」
そう答えた瞬間、田島が紗江の手をそっと握った。
その指には、田島から贈られたエンゲージリング。
車窓には街の灯りを映して、静かに輝いている。
紗江はその手を見つめ、胸の奥で幸せを噛み締めた。
新しい土地。
新しい夜。
そして、愛する人の隣。
流れていく仙台の街並みを眺めながら、紗江は思った。
――私、この人と新しい人生を歩いていくんだ。
ホテルに到着すると、田島は紗江を連れて最上階へ向かった。
エレベーターの扉が開く。
二人きりの静かな廊下。
田島がカードキーをかざし、ドアを開ける。
その瞬間――
目の前に、仙台の夜景が広がった。
無数の光が宝石のように瞬き、二人を優しく迎えている。
「……綺麗」
紗江が呟く。
田島は何も答えず、後ろからそっと紗江を抱きしめた。
「ずっと……こうしたかった」
耳元で囁く声が、少し震えている。
「少しも我慢できなかった」 田島
紗江は振り返り、田島を見つめる。
「私も……」
田島の指が、優しく紗江の頬に触れる。
そして二人は、会えなかった時間を埋めるように、静かに唇を重ねた。
その瞬間、紗江の心の中にoriginal・loveの旋律が流れ始める。
窓の向こうでは、仙台の夜景が二人を祝福するように輝いていた。
過去を越えて、新しい場所へ。
二人の未来を照らすように――。
その夜、仙台の街に咲いた恋は、まるで一輪の薔薇のように、静かに、そして美しく色づいていった。




