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第48章 三上の運命の輪


紗江を見送り、海と二人で店へ戻った三上は、どうにも釈然としない気持ちを抱えていた。


新幹線の中で紗江が最後に口にした言葉――。


「三上さん、私も好きでした!」


その声が、耳の奥で何度も繰り返されている。


厨房では海がいつものように手際よく料理を仕上げていた。ほどなくして、白い皿に盛られたチーズリゾットが三上の前に置かれる。


「今日の賄いは……チーズリゾットです。Apprécier。」


「……ありがとう」


三上は小さく笑った。


熱々のリゾットを一口食べた、その時だった。


店内に一本の電話が鳴り響いた。


「はい、Dolce Mareです」


海は受話器を取り、神妙な表情で話をしている。


三上は横目で海を見ながら、もう一口リゾットを口に運んだ。


やがて海が受話器を置く。


そして――なぜか、ニヤニヤしながら三上へ近づいてきた。


「……予約の電話か?」


「三上さん」


海は三上の手を両手で握った。


「やりましたよ!」


「……何を?」


「一つ星です! 三上さん、一つ星を取りました!」


一瞬、時間が止まった。


三上は目を見開いたまま、言葉を失う。


「……え?」


「ミシュランですよ!」


その瞬間、三上の胸に熱いものが込み上げた。


「……本当に?」


「本当です!」


三上は椅子から立ち上がると、まるで何かに導かれるようにテラス席へ向かった。


昼下がりの街を眺めながらスマートフォンを取り出す。


電話をかける指が、わずかに震えていた。


「――紗江さん?」


『はい。先程は……』


「やりましたよっ! 僕!」


『えっ? な……何をですか?』


「一つ星です!」


『えっ……?』


「頂いたんです。一つ星!」


『えっ? えっ? ミシュランですか?』


「そう、ミシュランです!」


電話の向こうから、紗江の弾んだ声が聞こえた。


『三上さん……おめでとうございます! 本当に……本当に良かったですね!』


「ありがとう。紗江さんに伝えたかったんです。一番に」


二人は電話越しに、まるで同じ場所にいるかのように喜びを分かち合った。


「落ち着いたら……仙台に行きます」


『本当ですか?』


「うん。直接、報告したいから」


『じゃあ、その時はお祝いしましょうっ!』


「約束ですよ」


電話を切った三上は、空を見上げた。


人生とは、不思議なものだ。


ひとつの別れの直後に、ひとつの扉が開くことがある。


それからの三上は、怒涛の日々を送ることになった。


表彰式、メディアの取材、予約の問い合わせ、各方面から届くオファー。店は連日大盛況となり、スタッフも増員された。


眠る時間さえ惜しいほどの毎日。


一方、仙台で新しい仕事を始めた紗江も、慣れない環境の中で忙しい日々を送っていた。


昼休み。


「課長〜、仙台に来てからまだ美味しいもの食べてないんですけど。ランチ、牛タン行きません?」


澤口の言葉に、紗江は苦笑する。


「しょうがないなぁ。付き合うか」


午後12時。


二人がビルを出た、その瞬間だった。


帽子を被り、黒の服で統一した男がこちらへ歩いてくる。


「よっ!」


その声を聞いた瞬間――紗江の足が止まった。


「……え?」


そこにいたのは、田島だった。


「た……田島?」  紗江


「え? 田島さんって……?」


澤口も驚きの声を上げる。


「何してるの?」 


紗江が呆然と尋ねると、田島はいつものように、さらりと笑った。


「ツアーで仙台に来てたからさ。それで、サプライズ訪問」


「サプライズって……」  紗江


動揺する紗江をよそに、澤口は嬉しそうに言った。


「今から課長と牛タン食べに行くんですけど、田島さんも一緒に行きません?」


「ちょ、ちょっと待って!」


紗江の制止も間に合わない。


「牛タン! いいねぇ。じゃあ一緒に行こう」


三人はタクシーに乗り込んだ。


「牛タン司でお願いします」


澤口が告げる。


窓の外を流れていく仙台の街並みを眺めながら、紗江の胸は激しく高鳴っていた。


――どうして、今ここに……。


田島は前乗りで仙台へ来ていたという。


そして、何気ない口調で言った。


「紗江、今日の夜……飲みに行こう」


「ぅ……うんっ」


紗江は小さく頷くと、そっと田島の手を握った。


その指には、先日彼から贈られたエンゲージリング。


窓から差し込む午後の光を受け、そのリングが眩しいほどに輝いていた。


それはまるで――


二人の運命が、再び静かに動き始めたことを告げる光のようだった。

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