第44章 あさひの当たる道
Liveも終盤に差しかかり、会場の熱気は頂点へと向かっていた。ステージ上では田島がバンドメンバー一人ひとりの名前を丁寧に呼び上げる。名前が響くたびに、客席からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こり、まるで波のように広がっていく。
照明が少し落ち、静かな余韻が漂う中――東京公演最後の曲、「あさひのあたる道」のイントロがゆっくりと流れ出した。
――暖かく風が流れ出す♪どことなく澄ますきみと 新しい車で――
柔らかな光がステージを包み込む。田島はマイクを握り、真っ直ぐ前を見据えていた。その表情はどこまでも真剣で、無駄な感情を削ぎ落としたような静かな覚悟が滲んでいる。音に溶けるような澄んだ歌声が会場いっぱいに広がった。
紗江は息を呑んだ。
――これが、彼の“本当の顔”なんだ。
自分に見せる柔らかな表情とは違う、ステージに立つ者の顔。その圧倒的な存在感に、胸の奥がざわつく。こんなにも輝いている彼を、近くにいながら見過ごしていた自分に、どこか引け目のような感情が生まれていた。
そして――三上のことが頭をよぎる。
胸の中に、説明のつかない複雑な想いが広がっていく。
曲はサビへと差しかかる。
――今もそのまま同じ いつの日よりも今の君が一番愛おしい my sweet heart♪――
その瞬間、紗江の目から大粒の涙が溢れ落ちた。止めようとしても止まらない。刻一刻と近づく“別れ”を思うと、感情が一気に押し寄せてくる。
演奏が終わり、静寂の後にエンドロールのような余韻が流れた。
だが次の瞬間、観客席からアンコールの拍手が鳴り止むことなく響き続ける。五分ほど経った頃、再びステージにメンバーと田島が姿を現した。スポットライトが田島一人を照らし出す。
代表曲「kiss」、そして「君と過ごした場所」。
最後まで全力で歌い切った田島は、メンバーと手を握り合い、深々と頭を下げた。
終演――。
観客たちが名残惜しそうに出口へと流れていく中、紗江と三上はその様子を静かに見送っていた。
「僕は……ここで失礼しますね」
三上が少しだけ柔らかく微笑む。
「あっ……はい、分かりました」
「田島さんに……素晴らしい体験をありがとうとお伝えください」
「あ……はい。本当に、今日はありがとうございました」
一瞬、言葉が途切れる。
「紗江さん……出発の日が決まったら連絡ください。よかったら、店にも」
「分かりました」
短いやり取りの後、三上は人混みの中へと消えていった。
――これで、また一つ何かが終わった気がした。
それから数分後、スタッフが現れ、紗江は田島のいる楽屋へと案内される。
コンコン――。
軽くノックして扉を開けると、そこにはソファに腰掛けた田島の姿があった。額にはまだ汗が残り、タオルで首元を拭いながら水を飲んでいる。
「おつかれさまでした」
紗江は用意していた花束を差し出した。
「ありがとう。どうだった?俺たちのLive」
「……最高だった。冒頭から涙出てきちゃって……」
「えっ?泣いたの?」
田島が少しからかうように笑う。
「だって……」
「君に絶対見てほしかったんだよ」
少し照れたように視線を逸らしながら言うその姿に、紗江の胸がまた熱くなる。
「これから帰る準備するけど、待ってられる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあさ、あそこ行こうぜ。Amber Moon」
「あぁ……BARね。久しぶりにオレンジハートムーン飲みたいし、いいわよ」
「決まりだな」
そう言って田島はタオルをふわりと紗江の首にかけた。
その感触に少し驚きながら、紗江はタオルに目を落とす。
――original・love。
ツアータオルのロゴが、はっきりとそこにあった。
ライブの余韻と、まだ残る彼の体温と汗の匂い。
紗江はそれをそっと握りしめながら、静かに息をついた。
帰る準備をする田島の背中を見つめながら、紗江はただ、その場に立ち尽くしていた。




