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第39章 告白の余韻

紗江と三上は駅前を出て、並んで十分ほど歩いた。

夕暮れの街はまだ人通りが多く、仕事帰りのざわめきが残っている。


辿り着いたのは、こんじんまりとした大衆酒場だった。

年季の入った木の看板に、少し色あせた薪ストーブ。


「紗江さん……たまには、こういう所も良いでしょ」


三上が少し照れたように言うと、紗江は思わず息を呑んだ。


「えっ……ぇえ〜っ」


暖簾をくぐると、昭和感満載のインテリアと、どこか懐かしいエモい曲が流れている。

赤提灯の灯りが柔らかく揺れ、店内には仕事終わりの笑い声が満ちていた。


「ここに座りましょう」


三上が指差したのは、窓側の丸椅子の席だった。


「三上さん……こういうお店、好きなんですか?」


「好きというより……緊張しなくていいでしょ? だから……」


その言葉に、紗江は小さく頷いた。

確かに、肩の力が少し抜ける気がした。


店員がすぐにやって来て、二人はゆずサワーとレモンサワーを注文する。

グラスが運ばれ、軽く触れ合う音とともに乾杯した。


最初に出てきた串焼きを口にした、その瞬間だった。


「先日の件なんですが……」


三上が意を決したように切り出す。


「ええ……っと」


紗江が言葉を探した、その瞬間。


「課長〜っ!」


背後から、聞き覚えのある声。

振り向くと、そこに立っていたのは澤口だった。


「奇遇ですね〜。私たちも飲みに来たんですよ」


後ろには部下が二人、慌てて頭を下げている。


「……あれ? 三上さんも? 課長〜、デートですか?」


「そ、そんなんじゃないわよっ!」


思わず声を上げる紗江。


「じゃあ、私たちも合流していいですか?」


「えっ?」

「えっ?」


三上と紗江が同時に呟く間もなく、


「お邪魔しま〜すっ!」


澤口は屈託のない笑顔で席に腰を下ろし、部下二人も続いた。

ほどなくして飲み物が揃い、五人で再び乾杯する。


澤口はワンカップに並々と注がれた日本酒を口にしながら、おでんを頬張っている。


——澤口〜っ。


紗江は心の中で叫んだ。


「皆さん、本当に仲が良いですね」


三上が場を和ませるように言うと、


「三上さんと課長、結婚するんですよね」


澤口がさらりと爆弾を落とす。


一瞬、空気が止まった。


「澤口っ、黙ってて」


紗江は慌てて口を塞ぐジェスチャーをする。


澤口はワンカップの縁をなぞりながら、


「結婚いいな〜。私もしたい」


と呟いた。


結局、二時間ほど五人で盛り上がり、店を出ることになった。

会計をしようとする三上を、紗江がそっと止める。


「部下の世話は、私の責任ですから」


そう言って、紗江が支払いを済ませた。


「紗江さん……この後、先日のBARで飲み直しませんか?」


「Amber Moonのことですか?」


「はい」


「了解です。じゃ、行きましょう」


黒い扉を開けると、JAZZとSoulが溶け合う柔らかな音が迎える。

そして間接照明がグラスを宝石の様に照らしていた。


二人はいつものようにカウンターに腰掛ける。

紗江はオレンジハートムーン、三上はクラフトビール。


——間が空く。


「さっきは、いきなりすみません。部下が乱入してくるなんて想定外でした」


「大丈夫ですよ。楽しかったし」


「そう言ってもらえると……」


オーナーが静かにグラスを置く。

三回目の乾杯。


オレンジハートムーンを口にした、その時。


「紗江さん……お返事、聞かせてください」


三上の真剣な眼差し。


「三上さん……あの、このままじゃだめですか?」


「このまま、とは?」


「私には三上さんが必要です。安心するし、助けてもらってばかりで……でも、関係に形をつけてしまったら、失いそうで怖いんです」


「……言ってる意味が、よく分からない」


「分からない関係のままでいい、ということです」


「紗江さん……」


三上は一瞬、言葉に詰まった。


「分かりました。今まで通りでいましょう。僕は、焦り過ぎていた」


「わがまま言って、ごめんなさい……。ゆっくり関係を築き上げていきたいから」


それは、紗江が心から絞り出した答えだった。


三上はふっと微笑み、紗江の手を握りしめる。

それは恋人でも、他人でもない。

大人の決断をした二人の、静かな誓いのようだった。


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