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第35章 二人の距離


食事を終えた二人は、BBQ CAFE SOLAを後にし、山中湖方面へと車を走らせた。

午後の光は少しずつ柔らかさを失い始めていた。


「素敵なカフェを見つけたんです。帰る前に、少し立ち寄りませんか?」


三上の穏やかな提案に、紗江は一瞬だけ言葉を失った。

——山中湖、カフェ。

胸の奥が小さくざわつく。田島と訪れた、忘れきれない思い出の場所。


「三上さん……あの……」


そう切り出した瞬間、ラジオから流れてきたのは、松原みきの《真夜中のドア》だった。

紗江は思わず息を飲み、流れるメロディに耳を澄ませる。

——Stay with me……

歌詞が、今の自分の気持ちに重なっていく。


「懐かしいですね」


三上が静かに囁く。

そこから自然と話題は、お互いの若い頃の話へと移っていった。

仕事に夢中だった日々、無鉄砲だった恋、失敗ばかりの選択。

笑いながら語る三上の横顔を見つめながら、紗江は不思議な安心感を覚えていた。


そうして辿り着いたのが、バーゼル ペーパー・ムーン。

白木の建物を、瑞々しい緑がやさしく包み込んでいる。


店内には雑貨が所狭しと並び、窓の外にはテラス席が広がっていた。

二人は窓際のソファー席に腰を下ろす。


「お酒もありますよ」


三上の言葉に、紗江は小さく首を振る。


「今日は……ハーブティーとスイーツにします」


グリーンサマーティーと、アプリコットチーズケーキを指差す。

三上は少し迷ってから、アイスアメリカーノを注文した。


「素敵なカフェですね。なんだか……癒されます」

「お酒も飲めると思って選んだんですけどね」

「え……? あ、ごめんなさい。期待、裏切っちゃいました?」

二人は顔を見合わせ、思わず笑った。


不思議と、紗江の心は静かだった。

先ほどまでのざわめきが、嘘のように落ち着いている。


運ばれてきた飲み物で、二人は改めて乾杯する。


「若い頃を思い出します」

「何がですか?」

「こうして、女性と二人でドライブデートするのが久しぶりで」

「……デート」


その言葉に、紗江は一瞬、黙り込む。

三上は慌てたように言い直した。


「いえ、変な意味じゃなくて……」

「ふふ。そんな三上さん、初めて見ました」

「からかわないでください」

「私……三上さんには感謝しかないです」


三上は照れたように視線を落とし、アイスアメリカーノを一口飲んだ。


「また……こうして出かけましょう」


その言葉に、三上は小さく頷いた。


帰り際、二人は雑貨コーナーを並んで歩く。

紗江の目に留まったのは、金と銀の小さなスプーンだった。

木の持ち手が、どこか三上に似ている気がした。


——これ、渡したい。


「プレゼント用でお願いします」

「かしこまりました」


丁寧に包まれた箱が入ったショップ袋を受け取り、三上には何も言わずに車へ戻る。


帰り道、気づけば二人の手は、自然に重なっていた。

言葉はない。ただ、温度だけが伝わる。


マンション前に着き、紗江はショップ袋を差し出す。


「今日は楽しかったです。これ……サプライズ。気に入るか分からないけど」

「え……僕に?」

驚いた三上の表情が、少し幼く見えた。

「あ…ありがとうございます。

……お時間ある時、店に寄ってくださいね」

「はい。近々、伺います」


車を降り、手を振り合う。

三上の車が小さくなるまで、紗江はその場に立ち尽くしていた。


空を見上げると、満月が静かに輝き、星々の中に北斗七星が浮かんでいる。

近づいたはずなのに、どこか埋まらない距離。

その感覚だけが、胸にそっと残っていた。


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