第28章 重なり合う思い
田島の入院は一ヶ月、その後は自宅療養が二ヶ月必要だと、医師から告げられた。
マネージャーからの説明だったが、その言葉は紗江の胸に重く沈んだ。
それ以来、紗江は一週間に一度、決まった曜日に田島の入院する病院へ通うようになった。白い廊下、消毒液の匂い、一定のリズムで鳴る心電図の音。そこが、今の自分の日常になりつつあることを、紗江はまだ受け入れきれずにいた。
そのせいか、Dolce Mareへ足を運ぶ回数は自然と減っていった。
それを三上は察したのだろう。
ある日の午後、スマートフォンが震えた。
「もしもし……紗江さん、三上です」
落ち着いた声。
だが、紗江はすぐに返事ができなかった。
「……どぅされました?」
短い沈黙のあと、三上は続けた。
「今週の日曜日の夕方から、常連さんをお呼びして、10周年のパーティーをする予定なんです。よろしければ、紗江さんもご招待したくて」
紗江は言葉を探す。
「……私は……」
けれど、その続きを待たずに、
「詳細はLINEで送りますので。お待ちしていますね」
そう言って、通話は一方的に切れた。
胸の奥が、ざわつく。
見透かされたような気がして、落ち着かない。
——行かなかったら、どうなるんだろう。
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
けれど今の紗江は、田島の回復のことで精一杯だった。狂ってしまった歯車を、元に戻そうと必死だった。
三上のことを気にかけていないわけではない。
ただ、その存在が、少しだけ——重たかった。
昼休み。
久しぶりに、会社の前に停まっているキッチンカーでお弁当を買った。
「今日はこれで…」
そう言うと、店主はにこやかにお茶を差し出す。
「サービスです。また……来てくださいね」
「ありがとうございます」
それだけの短いやり取りなのに、胸がふっと緩んだ。
休憩ルームで弁当を広げていると、部下の澤口が声をかけてきた。
「課長〜、今日はお弁当なんですか?」
「ええ。あなたたちはこれから?」
「はい。お隣りいいですか? 日替わりにしようかなって」
「どうぞ、座って」
他愛のない会話を交わしながら、久しぶりに“普通のランチ”を楽しむ。
帰り際、澤口が少しだけ真剣な表情になった。
「課長……彼氏さんの事故で、ショック受けてませんか?」
心配そうな声だった。
「大丈夫よ〜。私は不死身の女だから」
そう言って笑い、
「それより澤口、企画書よろしくお願いね」
「はいはい、分かりました〜」
ぶつぶつ言いながら部署に戻っていく背中を見て、紗江は思わず微笑んだ。
——まだ、ちゃんと笑える。
夕方。
オレンジ色に染まり始めた空の下、紗江は足早にDolce Mareへと向かっていた。




