第27章 田島の想い
紗江は落ち着かない日々を過ごしていた。事故以来、頭の片隅に田島の姿が浮かび、気がつくと無意識にスマホを握っている。仕事中であっても心ここにあらずで、三上から電話が入っても上の空だった。
「紗江さん…何かありましたか?」
「えっ? 大丈夫ですょ」
「……間が空く」
三上は勘が良かった。いつもとは違う紗江の声のトーンに、すぐに異変を察したのだろう。紗江は言葉を濁すしかなく、電話は短く切れた。画面に残る三上の名前を見つめながら、胸の奥がざわつく。
そんなある日の午後、病院から電話が入る。田島からだった。
「紗江、来られるか?」
「仕事中だけど…中抜けして行くね」
紗江はそう答えると、急ぎ足で
病院へ向かった。冷たい風が髪を揺らす。ショーウィンドウに映る影が、自分の不安と期待を交互に映していた。
病室のドアを押し開けると、ベッドの上で田島が微笑んでいた。手元のギブスと、少し浮かんだ頬の赤み。紗江は胸がいっぱいになり、思わず駆け寄って抱きしめた。
「怖かったでしょ? 今、痛くない?」
「俺、こう見えてAIなんだ」
冗談めかした声に、紗江は思わず笑いながらも
「いい加減にしろ」
とツッコミを入れる。痛々しいギブスにそっと手を置くと、田島の呼吸の温かさが伝わってきた。
「何か食べたい物、ない? 買って来るから」
「酒…酒呑みたい。後…君を食べたい」
言葉に遊び心を混ぜる田島に、紗江は苦笑しながら立ち上がった。
「中学生か…。じゃあ、スタバでコーヒー買って来るね」
と言い、椅子から立ち上がり廊下へ向かおうとした瞬間、田島が手を伸ばして引き寄せる。二人の体が自然に重なり、抱き合ったまま唇が触れた。
「もう離さない」
「私も…離れない」
狭い病室の中で、互いの体温と心拍を確かめ合い、愛を確認するように抱き合った。その余韻を胸に、紗江は静かに病室を出て、病院近くのスターバックスへ向かう。
外は茜色に染まり、夕暮れの光が街路樹を橙色に照らしていた。店内の暖かい空気の中、紗江はコーヒー2つと焼き菓子数種類を手に取り、病室へ戻る。
部屋に戻ると、田島は窓際に腰かけ、茜色に染まった空を眺めていた。紗江がそっとカップを差し出すと、彼は微笑んで受け取り、二人で窓際に座る。外の光と、コーヒーのほろ苦さが、紗江の胸の奥を掻きむしる。心臓の奥で、恐れと愛情、喜びと切なさが渦巻き、言葉にならない想いが静かに満ちていった。
「飲んで…」
「うん…ありがとう」
互いの存在を肌で感じ、茜色の夕暮れを眺めながら、心は静かに満たされていった。日常の喧騒も、事故の余波も、今はこの瞬間だけ、遠くに消えていくようだった。
病室の静寂と、夕暮れの温かい光の中で、田島と紗江の想いは、ゆっくりと確かな形を帯びていくのだった。




