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26章 田島の試練


田島のバンド、original・loveはフェスの只中にいた。

移動先の茨木で行われたリハーサル会議を終え、ステージ裏の簡易テントで一息つく。湿った空気が肌にまとわりつき、遠くで雷鳴のような音が微かに響いた。


ふと、田島の胸に紗江の顔が浮かぶ。

理由はない。ただ、心の奥がざわついた。


「おつかれさまです、田島さん」


同じ事務所の後輩が、ペットボトルを手に声をかけてきた。


「雨、降ってきましたよ。本番、足元気をつけてくださいね」


「え? 雨……。忠告ありがとう」


田島は苦笑し、紙コップのコーヒーを口に含む。


——ついてないな。


胸の内でそう呟きながら、ケータリングの料理に手を伸ばした瞬間、心臓が不意に脈打った。


気づけば、紗江の番号を押していた。


「もしもし……俺だけど」

「……うん、どうしたの?」

「なんか……落ち着かなくて。君の声、聞きたくなった」


短い沈黙。


「私の声で良かったら、いつでもどうぞ」

「プッ……笑 なんだそれ」

「リラックスのおまじない」


思わず笑みがこぼれる。


「……落ち着いたら、飲みに行こうな」

「了解。楽しみにしてる。フェス、楽しんでね」


——楽しんでね。

その一言で、胸に絡みついていた緊張がほどけていくのを感じた。


やがて、original・loveの出演が始まる。

雨具をまとった観客の拍手が、濡れた夜気を震わせる。照明に照らされたステージは、雨粒を跳ね返しながら輝いていた。


終盤、イントロが流れる。


ー冷たい部屋にいた時

熱い街にいた時ー


リズミカルな音に、観客が身体を揺らす。

続いて代表曲へ。


ー街の奇跡を 貴方にあげたい

星が光る夜の向こうからー


——その瞬間だった。


耳を裂く金属音。

視界の端で、照明が崩れ落ちる。


次の瞬間、激痛。


照明が、田島の足元に叩きつけられていた。そして視界の端に自分のギターが見える。

観客席がざわめき、悲鳴が上がる。

頭が真っ白になる中、楽器と照明が重なり合い、足を押し潰していた。


「——っ!」


ステージ上が一気に騒然とする。

メンバー、スタッフ、マネージャーが駆け寄り、救急車の手配と照明の引き上げが同時に進められる。


「ウ……ッ……」


田島の喉から、耐えきれない呻きが漏れた。


フェスは中止。

田島は救急車で病院へ搬送され、その日のうちに事故はトレンド入りする。


検査の結果、幸いにも骨折のみ。

楽器が盾となり、最悪の事態は免れた。全治三ヶ月。入院が決まる。


その夜、田島は震える指で紗江にLINEを送った。


――俺、アクシデント。


――何? 何かあったの?


――Xでトレンド入りしてる。


紗江は即座に確認し、息を呑む。


――大丈夫? すぐ行くから、病院教えて。


――今日はまずい。事務所や警察、色んな人間が出入りしてる。


――分かった。落ち着いたら連絡して。


――ラジャ〜。


――お大事に……。


スマホを握る紗江の身体は、細かく震えていた。

情報を集めるほど、胸が締め付けられる。


初夏に入ろうとする季節。

この出来事が、二人の狂った歯車を、静かに——しかし確実に動かし始めていた。


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