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第15章 ジュヴレ・シャンベルタン アン・シャンとの出会い


平日のオフィスは、いつもより冷えた空気を纏っていた。

誰もが黙々とPCに向かい、キーボードの音だけが規則正しく響いている。


紗江はチーム最前列の席で、広告の最終チェックに目を走らせていた。

取引先との連絡、午後のプレゼン資料の詰め――課長という立場は、考える時間すら仕事に変えていく。


ふと、LINEの通知音が鳴った。

画面に映ったのは、田島の名前。


〈今、愛媛。松山より愛を込めて〉

リハーサル中の写真が数枚、添えられている。


――おつかれさま。リハーサル大変だと思うけど、頑張ってね

――早く帰って、君を抱きしめたい

――帰ったら、美味しいお酒飲もうね

――例のアレ、楽しみにしてる

――了解しました


それだけのやり取りなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

紗江は静かに息を整え、午後のプレゼンへ気持ちを切り替えた。



仕事を終え、夜の街へ出る。

自然と足はDolce Mareへ向かっていた。


「こんばんは」


声をかけると、ホールの海がすぐに気づき、微笑む。

「朝比奈さん、いらっしゃいませ」


店内は相変わらず賑わっていた。

「座れる席、ありますか?」

「カウンターでしたらご案内できます」

「じゃあ、そこを」


ジャズとソウルが静かに流れ、間接照明が夜を柔らかく包んでいる。


「お飲み物はいかがなさいますか?」

「三上さんのお誘いで来ました」


一瞬、海の目が見開かれる。

「失礼しました。すぐシェフにお伝えします」


ほどなく、厨房から三上が現れた。少し照れたような笑顔で。

「朝比奈さん、お疲れのところありがとうございます」

「こちらこそ。約束でしたから」


「ご用意してお待ちしていました。今、お持ちします」


運ばれてきたのは、深いルビー色のグラス。

ジュヴレ・シャンベルタン アン・シャン。


一口含んだ瞬間、紗江は悟った。

――これは、特別なワインだ。


薔薇と黒系果実の香りが広がり、温もりのある余韻が長く続く。

続いて供されたのは、鹿のロースト。ベリーのソースと、数種の茸。


しばらくして三上が再び姿を見せる。

「意外でしたか?」

「ええ。でも…攻めましたね」

微笑みが交わされる。


「このワインには、ジビエが合うんです。特別な夜には、最高の組み合わせです」


短い会話を残し、三上は厨房へ戻っていった。


海がそっと言う。

「朝比奈さんにご協力いただけて、感謝しています」

「私の方こそ。こんな体験、なかなか出来ません」


「では、シェフおすすめを二品と、白ワインもお願いします」


「かしこまりました」


グラスを傾けながら、紗江は思う。ジュヴレ・シャンベルタン アン・シャン…最高級のワインが紗江の寂しさを埋めてくれた様な気がした。

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