表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

第12章 夜に溶けるロゼ


仕事を終えた紗江は、会社を出るとそのまま足を止めずに向かった。

行き先は、Dolce Mare。


特別な決意があったわけではない。

気持ちは驚くほど冷静だった。ただ一つ、自分の好みに合うワインが用意されていると聞いたことだけが、胸の奥で小さく引っかかっていた。


店に着くと、ちょうど海が外に出て、看板に灯りを入れているところだった。

紗江の姿を見つけた瞬間、海の表情がふっと和らぐ。


「朝比奈さん、お待ちしていましたよ」


その声に迎えられ、紗江は軽く会釈する。


「今日のワインが楽しみで、少し仕事を早く切り上げてしまいました」


海は微笑み、自然な動作で扉を開けた。

案内されたのは、店の空気を一番感じられるカウンター席だった。


ほどなく運ばれてきたのは、淡いピンク色のロゼワイン。

バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド。フランス産の甘口だ。


簡潔な説明のあと、海が尋ねる。


「おつまみは、コースになさいますか? それとも一品料理で?」


「シェフおすすめの単品を、三品ほどお願いします」


「かしこまりました」


海がキッチンへ下がると、紗江はグラスを傾けながら店内を見渡した。

客席にはほどよく人が入り、料理とお酒を楽しむ穏やかな空気が流れている。

夜の雰囲気に溶け込むジャズが、心をゆっくりほどいていく。


一口含んだロゼは優しく、料理を待つ時間さえ心地よかった。


やがて、スキレットに入ったカマンベールのアヒージョが運ばれてくる。

続いて、アスパラガスの生ハム巻きカリカリチーズ添え、

じゃがいもとアボカドの冷製タルタル。


どれも丁寧で、レベルの高さを感じさせる味だった。


そこへ、キッチンから三上が姿を現した。


「朝比奈さん、またのご来店ありがとうございます。

今日おすすめしたワインのお味はいかがでしたか?」


「ピンクのワインは初めてでした。フランス産なんですね。

お料理との相性も、とても良いです」


三上は少し照れたように笑い、言葉を選ぶ。


「実は、これからワインをリニューアルする予定でして。

女性のお客様の反応を知りたいんです。

よろしければ、試飲にご協力いただけませんか?

お代やお食事代は結構です。お時間のある時で構いませんので…」


一瞬、間が空いた。


「分かりました。私でよければ」


その返事を聞いた三上は、思わず小さく呟いた。


「良かった…」


なぜか、その様子に紗江まで嬉しくなる。


ワインを三杯ほど楽しんだ頃、田島からLINEが入った。

《これから会えないか?》


紗江の変化に気づいた三上は、そっと視線を海に送る。

海は察したようにうなずき、紗江を店の外までエスコートした。


紗江は名刺を一枚差し出す。

LINEのID番号と、裏には「いつでもご相談ください」の文字。


「これ、三上さんに渡していただけますか?」


海は丁寧に受け取り、うなずいた。


その夜、三上は、手に渡った名刺を見た瞬間、

彼の胸の鼓動は、しばらく収まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ