冬の訪れと、新たな『力』の目覚め
ポプラ村に、本格的な冬が到来した。
世界は、一面の銀世界に覆われ、人々は、暖かい暖炉の前で、春の訪れを、静かに待つ。
俺の畑も、今は、深い雪の下で、来年の春に向けて、ゆっくりと、力を蓄えている。
俺の生活は、相変わらず、平穏そのものだった。
秘密裏に開発した、究極の作業着『スライムスーツ』のおかげで、冬の厳しい寒さも、全く、苦にならない。薪割りや、雪かきといった、冬の仕事も、快適そのものだ。
そんな、ある雪の日のこと。
俺は、自室の暖炉の前で、温かいハーブティーを飲みながら、ぼんやりと、物思いに耽っていた。
この世界には、『魔法』というものが、存在する。
王都の騎士団には、魔法使いがいたし、物語の中では、派手な攻撃魔法や、便利な回復魔法が、当たり前のように、登場する。
だが、この辺境のポプラ村には、魔法の使い手など、一人もいない。
魔法とは、特別な才能と、血筋、そして、莫大な金銭をかけて、専門の学院で学ばなければ、使えないもの。
俺のような、ただのモブには、全く、縁のない、別世界の力だ。
(……もし、俺に、魔法が使えたらな)
別に、ドラゴンを倒すような、派手な魔法が欲しいわけじゃない。
もっと、こう、生活に密着した、地味で、便利な魔法。
例えば、指先一つで、暖炉に火を熾せる、『着火魔法』とか。
汚れた皿を、一瞬で綺麗にする、『洗浄魔法』とか。
冷めたシチューを、温め直せる、『再加熱魔法』とか。
まるで、前世にあった、『生活家電』のような、そんな魔法。
そんなものがあれば、俺の、このスローライフは、さらに、快適で、堕落したものになるだろうに。
俺が、そんな、他愛もない空想に、ふけっていた、その時だった。
俺の頭の中に、唐突に、あの、懐かしい声が、響き渡った。
《……》
《……システム、再起動……》
《世界の安定化に伴い、キャラクター『水無瀬』に、新たな権限を、試験的に付与します》
「……は? 作者……?」
いや、違う。この声は、かつての、感情的な作者の声とは、明らかに、違う。
もっと、無機質で、淡々とした、本当の『システム』の声に近い。
《スキル『魔法創造』を、獲得しました》
《このスキルは、術者の、明確な『イメージ』と、世界の『理』への、深い理解に基づき、新たな魔法を、構築するものです》
《……健闘を、祈ります》
その声を最後に、システムメッセージは、再び、沈黙した。
俺は、しばらく、呆然としていた。
魔法創造?
新たな魔法を、自分で、作る?
(……どういう、風の吹き回しだ……?)
かつて、俺を、排除しようとした、世界のシステムが、なぜ、今になって、俺に、こんな力を?
あるいは、俺が、この世界で、農業や、産業といった、新たな『理』を、次々と、生み出してきたことで、世界のシステムそのものが、俺を、『世界の発展に寄与する、有益なバグ』として、認識し始めた、とでもいうのだろうか。
理由は、分からない。
だが、俺の目の前には、確かに、新たな『可能性』が、示された。
俺は、おそるおそる、立ち上がった。
そして、目の前の、火の消えた暖炉に、手を、かざす。
頭の中に、明確なイメージを、描く。
『摩擦』による、熱の発生。
空気中の『酸素』との、結合。
そして、薪という『可燃物』への、引火。
魔法とは、奇跡じゃない。
この世界の『理』を、魔力というエネルギーを使って、ショートカットする、『技術』の一種だ。
俺は、前世の、科学知識を、総動員して、魔法の『設計図』を、頭の中に、組み立てていった。
そして、静かに、呟いた。
「―――『着火』」
次の瞬間。
俺の、指先から、小さな火花が、散った。
そして、その火花は、暖炉の中の薪に、まるで、吸い寄せられるように、飛び移り、ぽっ、と、温かい、オレンジ色の炎を、灯した。
「…………」
俺は、自分の、指先を、見つめた。
そして、目の前の、パチパチと、音を立てて燃える、炎を、見つめた。
「……できた……。できて、しまった……」
それは、ドラゴンを焼き尽くす、地獄の業火じゃない。
世界を癒す、聖なる光でもない。
ただ、冷えた部屋を、少しだけ、温める、小さな、小さな、生活の、灯火。
だが、俺にとっては、どんな伝説の魔法よりも、価値のある、最高の『魔法』だった。
俺は、ニヤリと、笑みを浮かべた。
冬は、長い。
この、退屈な、冬の時間を使って、俺は、一体、いくつの『生活家電(魔法)』を、生み出すことが、できるだろうか。
俺の、究極のスローライフ計画は、今、新たなステージへと、足を踏み入れた。
神(作者)の知らないところで、この世界の、魔法の歴史が、一人のモブの手によって、静かに、塗り替えられようとしていたことを、まだ、誰も、知らなかった。




