生活の『質』と、女王様のクッション
スライム防具の成功は、ポプラ村に、かつてないほどの、富と、活気をもたらした。
俺の荷馬車は、もはや、オンボロではなく、ギルドとの取引で得た資金で、新調した、頑丈な幌馬車に変わっていた。俺は、月に一度、その馬車に、村で作られたスライム製品を満載し、中継都市のギルドへと、納品に通う、新米商人としての、顔も持つようになっていた。
村の家々の窓は、ほとんどが、明るい光を取り込む『ぷるぷるウィンドウ』に変わり、夜には、多くの家で、『ひんやりクール枕』が、快適な眠りを、提供している。
村は、豊かになった。
だが、俺は、それで、満足はしていなかった。
俺が追求するのは、ただの富ではない。
俺が、本当に、手に入れたいのは、より質の高い、究極の『スローライフ』。
つまり、『生活の質』の向上だ。
そんなことを考えていた、ある日の午後。
俺は、自室の、硬い木の椅子に座りながら、腰をさすっていた。
農業に、漁業、そして、商人としての、長距離移動。俺の体は、知らず知らずのうちに、疲労を蓄積させていた。
「……もっと、こう、楽に、座れる椅子はないもんか……」
その、何気ない呟きが、次の、ヒット商品を、生み出す、きっかけとなった。
俺の視線は、部屋の隅で、ぷるぷると、ただ、そこにいるだけの、ペット兼非常食(?)のスライムへと、向けられた。
(……あの、弾力……)
ひらめいた。
枕が作れるなら、これも、作れるはずだ。
俺は、早速、村の女性たち――アンナを中心に、手先の器用な者たちを集めた。
そして、彼女たちに、俺の、新たなアイデアを、伝える。
「みんなに、作ってほしいものがある。それは、『生活を、劇的に、豊かにする、魔法の道具』だ」
俺の、大げさな言葉に、女性たちは、きょとんと、首を傾げる。
俺が、彼女たちに、依頼したのは、『クッション』作りだった。
丈夫な布で、大きめの袋を作り、その中に、洗浄したスライムを、たっぷりと、詰め込む。ただ、それだけだ。
だが、その効果は、絶大だった。
完成した、試作品第一号。
それを、木の椅子の上に、置いて、座ってみる。
「……おお……っ!」
俺は、思わず、感嘆の声を、上げた。
硬く、冷たかった、ただの木の板が、まるで、高級なソファのような、極上の座り心地に、生まれ変わったのだ。
スライムの、絶妙な弾力が、俺の体重を、優しく、しかし、しっかりと、支えてくれる。腰への負担が、嘘のように、軽減された。
「すごい……! ふわふわで、気持ちいい……!」
「これなら、いくらでも、座っていられるわ!」
女性たちも、その、魔法のような座り心地に、目を輝かせた。
これが、『スライムクッション』の、誕生の瞬間だった。
この、スライムクッションは、すぐに、村中に、広まっていった。
家の椅子だけでなく、荷馬車の御者台や、畑仕事の合間の休憩場所など、あらゆる『座る』場面で、それは、大活躍した。
ポプラ村の村人たちの、腰痛は、劇的に、改善されたに違いない。
そして、このクッションは、意外な『お客様』にも、いたく、気に入られることになった。
それは、俺の屋敷――今では、村人たちから、そう呼ばれている――に、住み着いている、一匹の、年老いた、三毛猫だった。
彼女は、どこからともなく現れ、いつの間にか、この家を、自分の縄張りだと、決めたらしい。俺は、彼女を、『女王様』と、呼んでいた。
女王様は、非常に、気位が高く、俺が用意した、どんな寝床にも、目もくれなかった。
だが、俺が、試作品のスライムクッションを、床に置いた、その瞬間。
彼女は、吸い寄せられるように、その上に、飛び乗った。
そして、ふみふみ、と、前足で、感触を確かめると、満足げに、喉を鳴らし、その上で、丸くなったのだ。
以来、そのクッションは、完全に、『女王様』専用の、玉座となった。
彼女は、一日のほとんどを、その上で、優雅に、眠って、過ごしている。
俺は、その、あまりに、幸せそうな寝顔を、眺めながら、思った。
スローライフとは、こういうことなのかもしれないな、と。
世界を救うような、大きな出来事じゃない。
ただ、日々の、ささやかな不満や、痛みを、自分の知恵と、工夫で、少しだけ、快適にしていく。
腰の痛みが、少しだけ、和らぐ。
愛猫が、気持ちよさそうに、眠っている。
そんな、小さな、小さな、幸せを、一つずつ、積み重ねていくこと。
それこそが、俺が、本当に、追い求めていた、豊かさなのかもしれない。
俺は、自分の分の、スライムクッションに、深々と、腰を下ろした。
そして、玉座で眠る女王様と、同じように、満足のため息を、一つ、ついた。
ああ、今日も、平和だ。
最高の、一日だった。




