青い『資源』と、モブの商才
俺の「スライムを資源に」という提案は、ポプラ村の村人たちに、熱狂的に受け入れられた。
畑を荒らす厄介者が、一転して、富を生み出す『宝の山』になったのだ。村の活気は、収穫祭の時とは、また違った、熱を帯び始めていた。
俺たちは、村の広場に、臨時の『スライム加工場』を設置した。
気絶したスライムを、大量に集め、綺麗な川の水で、丁寧に洗浄する。そして、俺の指示のもと、様々な製品へと、加工していく。
『ひんやりクール枕』は、予想通り、大ヒット商品となった。通気性の良い麻袋に、洗浄したスライムを詰めるだけ、という単純な構造ながら、その心地よい冷たさと、頭の形にフィットする絶妙な弾力は、一度使うと、手放せないほどの快適さだった。
『ぷるぷるウィンドウ』と名付けた窓材も、画期的な発明だった。スライムを薄く引き伸ばし、特殊な薬草でなめして乾燥させると、ガラスのような透明度を持ちながら、軽くて、絶対に割れない、夢のような窓材が完成したのだ。高価なガラスを買えない、ポプラ村のような辺境の村にとって、これは、革命的な出来事だった。
子供たち向けの、粘土のようなおもちゃ『ぷにぷにスライムくん』も、安全で、創造力をかき立てる玩具として、親たちから、絶大な支持を得た。
ポプラ村は、あっという間に、『スライム製品』の一大生産拠点へと、変貌を遂げた。
村人たちは、もはや、スライムを、恐れるどころか、畑の周りで気絶しているのを見つけると、「おお、今日の『仕入れ』だ!」と、喜んで、回収するようになっていた。
俺は、この新しい産業の、発案者として、そして、事実上の、技術指導者として、村人たちから、絶大な信頼を寄せられていた。
だが、俺の野心――いや、モブとしての、安定した生活への探究心は、まだ、ここで、終わりはしなかった。
(……この製品を、村の中だけで、消費するのは、もったいない)
俺の目は、村の外、もっと大きな『市場』へと、向けられていた。
そう、王都へと続く街道沿いにある、中継都市。そこには、多くの冒険者や商人が集まる、『冒険者ギルド』が存在する。
ある日のこと。俺は、一つの、試作品を、手にしていた。
それは、木製の、丸い盾。
だが、その表面には、何層にも、薄く引き伸ばされ、特殊な加工を施された、スライムの膜が、コーティングされていた。
俺は、その盾を、木の杭に立てかけると、少し離れた場所から、石を、思い切り、投げつけた。
ガンッ!という、鈍い音。
石は、盾の表面で、弾かれた。盾には、傷一つ、ついていない。
スライムの、驚異的な『衝撃吸収能力』。
これが、俺の、次なるビジネスの、切り札だった。
俺は、村で一番、腕の立つ、木工職人の老人に、頭を下げ、スライムをコーティングした、盾や、胸当てといった、軽量な『防具』を、いくつか、作ってもらった。
見た目は、ただの木の防具。だが、その性能は、下手な鉄の防具を、遥かに凌駕するはずだ。
俺は、それらの試作品と、ひんやりクール枕などの日用品を、オンボロの荷馬車に、満載にした。
そして、アンナに、村の留守を頼むと、一人、ギルドのある、中継都市へと、向かった。
片道、三日の、キャラバンの旅だ。
ギルドの、騒がしい酒場。
俺は、カウンターの隅で、エールを飲みながら、一人の、屈強な冒険者に、声をかけた。
「……旦那。あんたの、その盾、ずいぶんと、年季が入ってるじゃないか」
「ああん? なんだ、兄ちゃん。喧嘩売ってんのか?」
男は、ギロリと、俺を睨みつけた。
俺は、慌てて、首を横に振る。
「いやいや、とんでもない。ただ、もっと、良くて、安くて、何より、軽い盾に、興味はないか、と思ってね」
俺は、持参した、スライムシールドを、カウンターの上に、置いた。
「……なんだ、こりゃ。木の盾か? こんなもん、ゴブリンの一撃で、真っ二つだぜ」
男は、鼻で、笑った。
「まあ、そう言わずに。一つ、試してみてくれよ」
俺は、ニヤリと笑うと、近くのテーブルにいた、別の冒険者グループに、声をかけた。
「よう、そこのハンマー使いの旦那! ちょっと、頼みがあるんだが、この盾を、アンタの自慢のハンマーで、思いっきり、ぶん殴ってみてくれねえか?」
その、突拍子もない提案に、酒場中の視線が、俺たちに、集中した。
ハンマー使いの男は、面白そうに、笑う。
「へっ、いいぜ! 粉々になっても、知らねえぞ!」
男は、巨大なウォーハンマーを、振り上げた。
そして、俺の、スライムシールド目掛けて、渾身の一撃を、振り下ろした!
ゴンッ!!!!
酒場中に、腹に響くような、鈍い音が、響き渡る。
誰もが、盾が、木っ端微塵になるのを、想像した。
だが、
盾は、無傷だった。
それどころか、ウォーハンマーを振り下ろした男の方が、「ぐっ……!?」と、手首を押さえて、呻いている。
スライムの膜が、衝撃のほとんどを、吸収し、跳ね返したのだ。
その、信じられない光景に、酒場は、水を打ったように、静まり返った。
そして、次の瞬間。
「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」
割れんばかりの、歓声と、どよめきが、巻き起こった。
「な、なんだ、今の盾は!?」
「兄ちゃん、それを、俺に売ってくれ!」
「いくらだ! 金なら、あるぞ!」
冒険者たちが、一斉に、俺の元へと、殺到した。
俺の、もくろみは、大成功だった。
こうして、辺境の小さな村で生まれた、『スライム防具』は、その圧倒的な性能で、冒険者たちの間に、瞬く間に、口コミで、広がっていくことになる。
ポプラ村は、もはや、ただの農村ではない。
一大産業を抱える、注目の『生産拠点』へと、その姿を、変えようとしていた。
俺のスローライフは、もはや、俺一人の、小さな世界では、収まらなくなっていた。
だが、まあ、いいか。
村が豊かになり、仲間たちが、笑顔でいてくれるなら、それもまた、俺が望んだ、スローライフの、一つの形、なのだろう。
俺は、冒険者たちに、ふっかけられるだけの、高い値段を提示しながら、心の中で、そんなことを、考えていた。
商売は、楽しまなくちゃ、損だからな。




