初めての収穫と、分かち合う喜び
アンナからの『応援』という名の、フラグ爆弾投下事件から、数ヶ月。
季節は、春から、生命力あふれる夏へと移り変わっていた。
俺の頭の中に、かつてのように、作者の介入を警告する声や、システムメッセージが響くことは、もう、なかった。どうやら、この辺境の村は、本当に、神(作者)の監視が届かない、聖域らしい。
(……なら、いいか)
俺は、ある種の『悟り』を開いていた。
作者の干渉がないのなら、ヒロインと多少関わったところで、面倒なイベントに強制参加させられることもない。死亡フラグが立つこともない。
そうだ。これは、俺の物語(日常)だ。俺が、望むように、生きていいはずだ。
フラグ? 上等だ。たとえ立ったとしても、それが、俺の平穏なスローライフを脅かさない限りにおいて、受け入れてやろうじゃないか。
俺は、もはや、ただの『逃げるモブ』ではない。自らの意志で、人生を選択する、『勝ちモブ』なのだ。
そんな俺の、心境の変化を知ってか知らずか、俺とアンナの関係は、少しずつ、変化していた。
彼女は、毎日のように、昼食の差し入れを持ってきてくれるようになった。俺も、それを、無下に断ることはせず、「いつも、すまないな」と、素直に礼を言うようになっていた。
交わす言葉は、まだ、少ない。だが、その間には、気まずさではなく、穏やかで、温かい空気が、流れるようになっていた。
そして、俺の畑は、春に蒔いた種が、見事な実りを迎える、収穫の季節を迎えていた。
俺の目の前には、青々とした葉を茂らせた、豊かな作物が、どこまでも広がっている。
俺が、この世界で、初めて育てる、未知の野菜たち。
一つは、『ポポイモ』。
見た目は、地球のジャガイモに似ているが、皮が鮮やかな紫色をしている。茹でると、驚くほどホクホクになり、ほんのりとした甘みがある、この村の主食だ。
もう一つは、『太陽トマト』。
真っ赤に熟したその実は、太陽の光をたっぷりと浴びて、キラキラと輝いている。大きさは、ミニトマトほどだが、その甘さと酸味のバランスは、絶妙だ。
そして、『月光レタス』。
夜露を吸って育つという、不思議なレタス。その葉は、驚くほどシャキシャキとしていて、瑞々しい。
これらは全て、俺が、汗水流して、土を作り、種を蒔き、毎日、世話をしてきた、俺の『子供』のような存在だ。
「……さて、と。収穫、始めますか」
俺は、籠を手に、畑の中へと入っていった。
一つ一つ、丁寧に、傷つけないように、収穫していく。
土の中から、ゴロゴロと顔を出す、紫色のポポイモ。
プチッ、という小気味良い音と共に、蔓から離れる、太陽トマト。
その、確かな重みと、生命力あふれる感触が、俺の手に、直接、伝わってくる。
これが、収穫。
これが、農業の、最大の喜び。
俺は、夢中で、収穫を続けた。籠は、あっという間に、色とりどりの野菜で、いっぱいになった。
その日の午後。
俺は、収穫したばかりの野菜を、荷車に積んで、村の中心にある広場へと向かった。
俺が、荷台の布をめくると、村人たちが、どよめきの声を上げた。
「……おい、見ろよ、ミナセさんのところのポポイモだ!」
「なんて、大きいんだ! ツヤも、全然違う!」
「太陽トマトも、真っ赤で、宝石みたいだぞ!」
俺の育てた野菜は、痩せた土地で、代々同じ作り方を続けてきた村の野菜とは、明らかに、その出来が違っていた。
土作りに、徹底的にこだわった、俺の努力の、賜物だ。
俺は、少し、照れ臭いのを感じながら、村人たちに言った。
「……豊作だったんでな。みんなで、分けてくれ。俺一人じゃ、食いきれん」
俺の言葉に、村人たちは、最初、遠慮していたが、一人の子供が、太陽トマトを一つ、パクリと食べた瞬間、その場の空気が、一変した。
「……あ、あまいっ!」
その一言を皮切りに、村人たちは、我先にと、野菜に群がった。
広場は、あっという間に、お祭りのような騒ぎになった。
俺は、その輪から、少し離れた場所で、満足げに、その光景を眺めていた。
すると、横から、アンナが、そっと、やってきた。
彼女の手には、ほかほかの、ポポイモのシチューが入った、木の器が二つ。
「……ミナセさん。これ、さっきいただいたポポイモで、早速、作ってみました。一緒に、食べませんか?」
アンナは、はにかみながら、器の一つを、俺に差し出した。
夕暮れの広場。
村人たちの、楽しげな笑い声。
子供たちの、はしゃぐ声。
そして、目の前には、俺の育てた野菜で作られた、温かいシチューと、優しく微笑む、一人の少女。
俺は、シチューを、一口、食べた。
ポポイモの優しい甘さが、口の中に、広がる。
……めちゃくちゃ、美味い。
ああ、そうだ。
これだ。
これこそが、俺が、本当に、望んでいた、スローライフ。
俺は、心の中で、誰に言うでもなく、呟いた。
ありがとう、作者。
お前が、俺を、この世界に生み出してくれたおかげで、俺は、最高の『日常』を、手に入れることができた。
俺の、辺境の村での物語は、これからも、穏やかに、ゆっくりと、続いていく。
それは、誰も知らない、ただのモブの、最高に幸せな、物語。




