土作りと、ミミズという名の同盟軍
地獄のような筋肉痛と格闘しながらも、俺の開墾作業は、着実に、しかし、牛歩のごときペースで進んでいた。
一週間も経つ頃には、俺の体も、少しずつ、この重労働に慣れてきた。初日には、悲鳴を上げていた筋肉も、今では、心地よい張りを感じさせる程度になっている。人間の適応能力というものは、大したものだ。
そして、俺は、単に土を掘り起こすだけではなく、より良い『土作り』という、次の段階へと進むことにした。
「……ただ耕すだけじゃ、ダメなんだよな」
俺は、掘り起こした土を、一握り、手に取った。
長年放置されていたこの土地の土は、粘土質で、固く、水はけも悪そうだ。これでは、作物の根が、うまく呼吸できない。
俺は、前世で、なぜか暇つぶしに読み漁っていた、家庭菜園や農業に関する本の内容を、頭の中から引っ張り出していた。
良い土の条件。それは、『団粒構造』になっていること。
土の粒子が、小さな塊(団粒)となり、その隙間に、水と空気が、適度に含まれている状態。それが、植物にとって、最高のベッドになるのだ、と。
「そのためには……有機物、か」
俺は、村の周辺の森へ向かった。
目的は、落ち葉や、朽ち木。これらは、土の中で、ゆっくりと分解され、土を豊かにしてくれる、最高の『肥料』となる。
俺は、大きな麻袋を背負い、来る日も来るも、森と畑を往復した。
集めた落ち葉を、耕した土に、たっぷりと混ぜ込んでいく。それは、まるで、ケーキの生地に、具材を混ぜ込むような作業だった。
そんな俺の、奇妙な行動を、村の子供たちが、遠巻きに眺めていた。
「ねえ、あの人、何してるの?」
「枯れ葉なんか集めて、畑に入れてるよ。変な人ー」
まあ、無理もない。この村の農業は、昔ながらの、連作や、痩せた土地での栽培が基本のようだ。土作りという概念そのものが、あまりないのかもしれない。
俺は、子供たちの声に、構うことなく、作業を続けた。
落ち葉を混ぜ込み、鍬で、何度も、何度も、土を掘り返す。空気を含ませるように、丁寧に、優しく。
すると、土の中に、ある『仲間』の姿を見つけた。
うねうねと、体をくねらせる、ミミズだ。
「……おお、いたか。俺の、同盟軍」
俺は、思わず、笑みを浮かべた。
多くの人が、気味悪がるこのミミズこそが、実は、『最高の土職人』なのだ。
彼らが、土の中を動き回ることで、土に隙間ができ、水はけと、通気性が良くなる。そして、彼らの排泄物は、植物にとって、極上の栄養素となる。
俺が、落ち葉という『エサ』を投入したことで、この土地のミミズたちが、活発に活動を始めてくれたのだろう。
俺は、ミミズを傷つけないように、そっと、土の中に戻してやった。
「頼んだぞ、相棒。一緒に、最高の畑を作ろうぜ」
そんな、一人と、一匹の、奇妙な共同作業が、続くこと、数週間。
俺の畑の土は、見違えるように、変わっていった。
固く、粘土質だった土は、ふかふかと、柔らかくなり、手で握ると、ほろりと崩れる、理想的な状態に、近づきつつあった。
色も、以前の薄茶色から、生命力を感じさせる、黒々とした色へと、変化している。
ある日の午後。
俺が、いつものように、土いじりをしていると、背後から、声がした。
「……あの、すごいですね」
振り返ると、そこにいたのは、パン屋の娘のアンナだった。
彼女は、俺が作り上げた、黒々とした土と、村の他の畑の土を、見比べながら、感心したように、目を丸くしている。
「こっちの土、なんだか、すごく、柔らかそうです。それに、いい匂いがします」
「……まあな。少し、手間をかけてやっただけだ」
俺は、ぶっきらぼうに、そう答えた。
彼女は、手に持っていた、いつもの籠を、俺に差し出す。中には、ほかほかのパンと、チーズが入っていた。
「……これ、代金だ」
俺が、銅貨を渡そうとすると、アンナは、それを、手で制した。
「いえ、いいんです。これは、お代じゃないんです」
彼女は、少し、はにかみながら、言った。
「その……いつも、お一人で、大変そうだと思って。だから、これは、その……お、応援、です」
そう言って、アンナは、顔を真っ赤にしながら、走り去っていった。
残された俺は、その場に、立ち尽くすしかなかった。
(……まずい。非常に、まずい)
応援。
それは、『取引』ではない。
純粋な、好意。
俺が、最も警戒すべき、『フラグ』の一種だ。
俺は、頭を抱えた。
俺の、鉄壁のはずだった、フラグ回避術に、早くも、亀裂が、入り始めている。
どうする、俺。このままでは、俺の平穏なスローライフが……!
俺は、とりあえず、アンナのくれた、温かいパンを、一口、かじった。
……めちゃくちゃ、美味かった。
土作りは、順調だ。
だが、俺の、対人関係(フラグ管理)は、早くも、暗雲が立ち込め始めていた。
俺の戦いは、まだまだ、これからだった




