最弱の英雄、最後の戦場へ
俺は、一丁の異形の銃器――FN P90を肩に担ぎ、再びあの絶望の戦場へと向かっていた。仲間たちを見捨ててから、一週間。彼女たちがまだ無事であるという保証はどこにもない。だが、俺の心には、不思議と確信があった。彼女たちは、生きている。俺が戻ってくるのを、信じて待っている、と。
空に浮かぶ『黒い太陽』は、もはや世界そのものを飲み込まんばかりに巨大化し、大地は不吉な紫色の光に照らされている。時折、遠くで世界が軋むような、悲鳴のような音が聞こえた。作者による、世界の強制削除。この物語の、強制的なゲームオーバーが、刻一刻と迫っていた。
ステータスは、今も最弱のまま。攻撃力『5』。二発殴られれば死ぬ、脆いモブの体。
だが、俺の心は、かつてないほどに、静かで、そして燃えていた。
俺が手にした『物質形成』スキルと、それによって生み出された100発の弾丸。それは、神(作者)が自らの手で生み出してしまった、この世界のルールを破壊する、唯一の『バグ』。
やがて、見えてきた。
俺たちの村があった、あの草原。
そこは、もはや地獄と化していた。
大地はえぐられ、かつて俺たちが建てた家々は、無残な残骸となっている。
そして、その中央で、一体の巨大な魔物が、玉座に座る王のように、君臨していた。
ゴブリン・チャンピオン。
俺に、初めての敗北を教えた、あの『規格外』の敵。
そして、その周囲には、無数の鎖で繋がれた、俺の仲間たちの姿があった。
ノワール、アクア、ルナ、アリシア……。
全員、ボロボロになりながらも、その瞳の光だけは、失っていなかった。彼女たちは、チャンピオンを睨みつけ、決して屈服しないという、強い意志を示していた。
チャンピオンは、俺の存在に気づくと、ゆっくりと立ち上がった。その口元が、嘲笑うかのように歪む。
そして、作者の声が、再び、俺の脳内に直接響き渡った。
《……来たか、水無瀬。無様に逃げ出した敗北者が、今更、何をしにきた?》
その声には、絶対的な勝利者の余裕が満ちていた。
《無駄なことだ。お前の攻撃は、そいつには『絶対に当たらない』。そのルールは、この世界が消滅する瞬間まで、変わることはない》
「……ああ、知ってるよ」
俺は、P90を、ゆっくりと、構えた。
その、見慣れない鉄塊に、チャンピオンも、そして捕らえられた仲間たちも、訝しげな視線を向ける。
「だから、お前の作った『ルール』の外から、殴らせてもらう」
俺は、P90のセレクターを、フルオートの位置に切り替えた。
そして、引き金に、指をかける。
作者よ。
お前の物語は、ここで終わりだ。
エンディングは、この俺が、この手で、書き換えてやる。
§2. ルールの外側から響く銃声
「グオオオッ!」
ゴブリン・チャンピオンが、地を蹴る。
一週間前と、全く同じ、砲弾のような突進。
俺の攻撃など、どうせ当たらないと、完全に油断しきった、一直線の動き。
だが、俺はもう、剣など持っていない。
俺は、冷静に、チャンピオンの巨大な眉間に、照準を合わせた。
そして、引き金を、引いた。
ダダダダダダダダダダダッ!!
世界が、初めて聞く音が、戦場に轟いた。
それは、剣戟の音でも、魔法の詠唱でもない。
空気を引き裂き、鼓膜を突き破る、暴力的なまでの『銃声』。
P90の銃口から、火花と共に、5.7x28mm弾が、毎秒15発という、この世界の理を超えた速度で、撃ち出される。
一週間前、俺の剣を弾いた『見えない壁』。
作者が設定した、絶対的な防御ルール。
だが、その壁は、一発目の弾丸が着弾した瞬間、ガラスのように、あっけなく、砕け散った。
パリンッ!
《なっ……!?》
作者の、驚愕の声が響く。
なぜなら、俺が放った弾丸は、『攻撃』ではないからだ。
それは、この世界のシステムから見れば、ただの『高速で飛来する、小さな金属の塊』。
作者が設定したのは、『水無瀬の攻撃は当たらない』というルール。システムが、『攻撃』と認識しないこの弾丸は、そのルールの対象外。
システムの盲点を突いた、完璧な『バグ』。
そして、防御ルールを突き破った弾丸は、容赦なく、ゴブリン・チャンピオンの巨体に、吸い込まれていった。
「ギ……ギァアアアアアアアアッ!?」
チャンピオンが、初めて、苦痛の悲鳴を上げた。
鋼鉄の弾芯を持つ小口径高速弾は、その分厚い皮膚をやすやすと貫通し、体内で暴れまわり、内側から、その肉体をズタズタに引き裂いていく。
俺は、引き金を引いたまま、弾丸の雨を、浴びせ続けた。
眉間、心臓、両膝。
かつて俺が『技術』で狙おうとした急所を、今度は、圧倒的な『物理法則』の暴力で、破壊していく。
数十発の弾丸を浴び、チャンピオンの巨体は、もはや、原型を留めていなかった。
全身から血飛沫を上げ、悲鳴を上げながら、ゆっくりと、その場に、崩れ落ちていく。
《そん……な……馬鹿な……! 私の……私の作ったルールが……!》
作者の、狼狽した声。
俺は、銃撃を止め、静かに、倒れゆくチャンピオンを見下ろした。
「言ったろ、作者。お前のルールは、もう古いんだよ」
ドッッッッシン!!
凄まじい地響きと共に、ゴブリン・チャンピオンは、完全に、沈黙した。
俺に、絶対的な絶望を見せつけたはずの敵は、たったの数十秒で、ただの肉塊へと変わった。
戦場に、静寂が訪れる。
捕らえられていた仲間たちが、ノワールも、アクアも、ルナも、アリシアも、全員が、何が起こったのか理解できず、ただ、呆然と、俺と、俺の手に持つ鉄塊を、見つめていた。
§3. 神への最後の一撃
ゴブリン・チャンピオンを倒したことで、仲間たちを繋いでいた魔法の鎖が、音を立てて消え去った。
彼女たちは、自由の身になると、一斉に俺のもとへ駆け寄ってきた。
「マスター!」「ミナセさん!」
「その……武器は、一体……?」
「信じられない……。あの化け物を、一瞬で……」
彼女たちの賞賛と疑問の声を、俺は、手で制した。
「まだだ。……まだ、終わってない」
俺は、P90の銃口を、天に向けた。
空に浮かぶ、巨大な『黒い太陽』。
この世界を終わらせようとしている、元凶。
そして、その向こう側にいるであろう、この物語の、本当の『最後のボス』に向かって。
「おい、作者! 見てるんだろ!」
俺は、天に向かって叫んだ。
「お前の負けだ! とっとと、そのクソみたいな黒い太陽を消して、この世界を元に戻しやがれ!」
《……負け……? 私が……?》
作者の声が、震えながら響く。
《……ふざけるな……ふざけるな、水無瀬ぇ……! たかがキャラクターの分際で、創造主に、指図するな……!》
次の瞬間、黒い太陽が、脈動を始めた。
世界の終わりが、加速する。作者は、俺の言うことなど聞かず、この世界ごと、俺を消し去るつもりだ。
《お前さえ……お前さえいなければ、私の物語は、完璧だったんだ……! お前ごと、この失敗作は、消えてなくなれぇぇぇっ!!》
神の、断末魔の叫び。
だが、俺は、もう、驚かなかった。
「……そうかい。なら、こっちも、遠慮はいらねえな」
俺は、再び、P90を構える。
残弾は、あと、わずか。
「なあ、作者。お前は、この世界を、自分の物だと思ってるんだろうな」
俺は、静かに、語りかけた。
「だが、違う。この世界は、もう、お前だけのものじゃない。俺たちが、泣いて、笑って、戦って、生きてきた、俺たちの世界だ」
「俺は、モブだ。物語の隅っこで、平穏に暮らしたかった、ただのモブだ。だがな」
俺は、引き金に、指をかけた。
「俺たちの平穏を脅かすっていうなら、たとえ相手が、神だろうと、俺は、引きずり下ろす」
そして、俺は、残った全ての弾丸を、天の黒い太陽に向かって、撃ち尽くした。
ダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
最後の銃声が、世界にこだまする。
俺の、神への、最後の叛逆。
弾丸は、黒い太陽に吸い込まれ――そして、その内部で、何かが、弾けた。
黒い太陽の表面に、亀裂が走る。
それは、瞬く間に、空全体に広がり、やがて、ガラスの天井が砕け散るように、甲高い音を立てて、粉々に、砕け散った。
《あ……ああ……あああああ…………》
作者の、悲鳴ともつかない声が、遠ざかっていく。
黒い太陽が消えた空からは、眩いほどの、青空と、温かい太陽の光が、再び、地上に降り注いだ。
世界の終わりは、回避された。
俺の、たった100発の弾丸が、神の悪意を、打ち砕いたのだ。
§4. そして、物語は『日常』へ
全てが、終わった。
俺は、弾丸を撃ち尽くし、空になったP90を、地面に置いた。
もう、これが必要になることは、ないだろう。
俺の周りには、仲間たちが集まっていた。
彼女たちは、泣きながら、あるいは、笑いながら、俺の名前を呼んでいた。
アリシアが、俺の前に進み出た。
かつての王女は、もう、そこにはいなかった。ただ一人の、か弱き、しかし、強い意志を持った女性として、彼女は、俺に、深々と、頭を下げた。
「……ありがとう、ミナセ。貴様が……あなたが、この世界を、救ってくれた」
「やめてくれ。俺は、英雄じゃない。ただのモブだ」
俺は、照れ隠しに、そっぽを向いた。
「俺は、ただ、俺たちの平穏な日常を、取り戻したかっただけだ」
その後の世界は、少しずつ、だが、確実に、復興へと向かっていった。
消滅したと思われていた人々や街も、世界の理が修復されると共に、少しずつ、元の姿を取り戻していった。まるで、悪い夢から覚めたかのように。
俺たちは、王都には戻らなかった。
あの、名もなき草原で、再び、村での生活を始めた。
アリシアも、王女の座を捨て、一人の村人として、俺たちと共に、畑を耕している。
俺のステータスは、相変わらず、最弱のままだ。
だが、もう、そんなことは、どうでもよかった。
ある晴れた日の午後。
俺は、いつものように、丘の上の木の下で、昼寝をしていた。
ルナが淹れてくれた紅茶の、いい香りがする。
ノワールズが、畑仕事の合間に、楽しそうに歌っている声が聞こえる。
スライムガールズが、水遊びをしながら、きゃっきゃとはしゃいでいる。
そこにあるのは、何の変哲もない、どこにでもある、退屈で、ありふれた、『日常』。
これこそが、俺が、神にさえ逆らって、手に入れたかった、最高の『物語』。
ふと、俺の脳裏に、声が聞こえた気がした。
それは、かつての作者の声とは違う、もっと穏やかで、少しだけ、悔しそうな、新しい『誰か』の声。
《……まあ、いいか。こういうエンディングも、悪くない》
俺は、その声に、フッと、笑みをこぼした。
そして、ゆっくりと、目を閉じる。
俺の物語は、ここで終わる。
そして、ここから、俺たちの、新しい『日常』が、始まるのだ。
もう、誰も、俺たちの平穏を、邪魔することはできない。




