敗走の果ての『バグ』
俺は、どれくらい走っただろうか。
仲間たちを盾にして逃げ出したという、焼けるような屈辱と、全身の激痛に耐えながら、ただひたすらに、無我夢中で走り続けた。
やがて、体力の限界が訪れ、俺は、森の奥深く、打ち捨てられた古い狩人の小屋に、倒れ込むようにして避難した。幸い、追っ手は来ていないようだった。ゴブリン・チャンピオンは、俺を逃した仲間たちの処理に手間取っているのかもしれない。
「……くそっ……! くそっ……!」
俺は、小屋の壁を、力の入らない拳で、何度も叩いた。
『お前の攻撃は絶対に当たらない』
作者の、あの声が、頭の中で何度も反響する。
あまりに理不尽な、絶対的なルール。あんなものを前に、俺に何ができる? 技術も、努力も、全てが無意味だ。
俺は、負けたんだ。
もう、終わりなんだ。
俺が、絶望の底で、全ての希望を失いかけていた、その時だった。
《……》
《……システムエラーを検知……》
《原因不明のオーバーフローにより、キャラクター『水無瀬』に、予期せぬデータが付与されます》
脳内に、これまでとは質の違う、か細く、途切れ途切れのシステムメッセージが響いた。
まるで、悲鳴のような、断末魔のような声。
《……スキル『物質形成』を、獲得しました……》
《……世界の『理』が、崩壊……シ……テ……》
その声を最後に、俺の頭の中に響いていたシステムメッセージは、完全に、沈黙した。
「……物質、形成……?」
俺は、呆然と、自分の手のひらを見つめた。
何が起こったのか、分からない。だが、俺の中に、何か、新しい『力』が流れ込んできたのを感じていた。
俺は、おそるおそる、その新しいスキルを使ってみることにした。
頭の中に、イメージする。
鉄。ただの、鉄の塊を。
すると、俺の手のひらの上に、何もない空間から、まるで3Dプリンターで出力されるかのように、小さな鉄の立方体が、ゆっくりと、形作られていった。
「……なんだ……これ……」
俺は、その鉄塊を、震える手で掴んだ。ひんやりとした、確かな質量と、金属の匂い。
本物だ。
なぜ、俺が、こんなスキルを?
考えられる理由は、一つしかなかった。
『世界の理が、崩壊』
作者は、俺を倒すため、『お前の攻撃は当たらない』という、あまりに強力な、局地的な『ルール改変』を行った。だが、その強引すぎるルール設定が、この世界そのものに、致命的な負荷をかけたのだ。
結果として、システムの根幹に予期せぬバグが発生し、そのバグが、俺という存在に、全く新しい、そして、おそらくは作者の想定外の『権限』を与えてしまった。
神が、自らの手で、自らの作った世界のルールを破壊した、その副作用。
皮肉なことに、俺を絶望の底に突き落とした作者の絶対的な一手が、俺に、最後の『逆転の目』を与えたのだ。
「…………」
俺は、しばらく、呆然としていた。
だが、やがて、俺の口元に、乾いた、しかし、確かな笑みが、浮かび上がった。
「……はは……はははははっ!」
復讐だ。
そうだ、復讐だ。
仲間たちの仇を討つ。そして、何より、俺の心を折った、あのクソったれな神(作者)に、一発、お見舞いしてやらなければならない。
俺は、その日から、この小さな小屋に籠り、ただひたすらに、新しいスキルの『練習』を開始した。
鉄。銅。鉛。
ありとあらゆる金属を、ただ、ひたすらに、生み出し続ける。
最初は、指先ほどの大きさの塊を作るのが精一杯だった。
だが、俺は、寝る間も惜しんで、練習を繰り返した。
俺には、もう、失うものなど何もない。
あるのは、この、腹の底で燃え盛る、復讐の炎だけだ。
一日、また一日と、俺が生み出す金属の量は、増えていった。
小屋の中は、あっという間に、様々な種類の金属の塊で、埋め尽くされていく。
作者よ。
お前は、俺に、最悪の絶望と、そして、最高の希望を与えてくれた。
この力で、俺が、何をするか。
楽しみに、待っていろ。
お前の物語のエンディングは、この俺が、この手で、作り変えてやる。




