規格外という名の絶望
俺の『技術』は、雑魚の群れには、完璧に通用した。
100体いたゴブリンの群れは、俺の錆びた剣一本で、そのほとんどが戦闘不能となり、地面に転がっている。俺の体には、傷一つついていない。
その、あまりに一方的な光景に、最後まで残っていた一体――群れのボスである『ゴブリン・チャンピオン』が、怒りの咆哮を上げた。
「グオオオオオオオオッ!!」
そいつは、他のゴブリンとは、明らかに『格』が違った。
筋骨隆々とした体は、通常個体の三倍はあろうかという巨躯。その手には、歪な巨大な斧が握られ、その瞳には、紛れもない『知性』と、そして、俺への純粋な『殺意』が宿っていた。
作者が、この戦いのために用意した、最後の切り札。
そして、そいつは、これまでの雑魚とは、決定的に違う『何か』を持っていた。
チャンピオンが、地を蹴る。
その速度は、これまでのゴブリンの比ではない。まるで、砲弾のような突進。
(……速い。だが、見える!)
俺は、これまで通り、相手の動きの『隙』を探す。
重心、呼吸、筋肉の収縮。その全てを、俺の『目』は完璧に捉えていた。
突進してくるチャンピオンの、わずかにがら空きになった、右脇腹。そこが、急所だ。
俺は、完璧なタイミングで、カウンターを合わせるべく、剣を突き出した。
勝った。そう、確信した、瞬間だった。
ガギンッ!!
俺の剣は、チャンピオンの脇腹に届く、寸前。
まるで、見えない壁に阻まれたかのように、弾かれた。
「……なっ!?」
俺が驚愕に目を見開くのと、チャンピオンの巨大な斧が、俺の体に叩きつけられるのは、ほぼ、同時だった。
ゴシャッ、という、鈍い音。
俺の体は、木の葉のように、いとも簡単に、数メートル先まで吹き飛ばされた。
「……がっ……はっ……!」
地面に叩きつけられた衝撃で、肺から空気が全て搾り出される。口から、血の塊がこぼれ落ちた。
肋骨が、数本、折れたのが分かった。全身が、悲鳴を上げている。
HP 30 / 5
一撃。
たった、一撃で、俺は、瀕死の状態に陥った。
何が、起こった?
俺の攻撃は、なぜ、通じなかった?
俺が、混乱する中、ゴブリン・チャンピオンは、ゆっくりと、俺に歩み寄ってくる。そして、その口元を、歪に吊り上げた。まるで、俺を嘲笑うかのように。
その時、俺の脳内に、作者の、勝ち誇った声が、直接、響き渡った。
《無駄だ、水無瀬。その個体には、『お前の攻撃は絶対に当たらない』という『設定』を、私が与えた》
『……は?』
《急所が見える目? 圧倒的な技術? 笑わせるな。そんなものは、全て、私が作ったこの世界のシステム(ルール)の上での話だ。私が、『当たらない』と決めれば、お前の攻撃は、永遠に、そいつに届くことはない。これが、創造主と、被造物の、絶対的な差だ》
『……そん、な……反則、だろ……』
《反則? 違うな。これは、私が作る、私の物語だ。ルールは、私が決める》
絶望。
初めて、俺は、本当の意味での『絶望』を味わった。
俺が、これまで抗ってきたもの全てが、作者の、そのたった一言の『設定』で、無に帰す。
俺が、積み上げてきた全ての努力が、踏みにじられる。
チャンピオンが、俺にとどめを刺すべく、巨大な斧を、ゆっくりと、振り上げた。
ああ、俺は、ここで、死ぬのか。
こんな、理不尽な『ルール』の前に、負けるのか。
(……すまない、みんな……)
俺が、死を覚悟し、目を閉じた、その時だった。
「「「「マスター(ミナセさん)に、指一本、触れさせるものですか!!」」」」
俺の前に、無数の影が、立ちはだかった。
ノワールが。アクアが。ルナが。アリシアが。
村の、全ての少女たちが、武器を手に、あるいは、その身一つで、俺と、チャンピオンの間に、壁となって、立ちはだかっていたのだ。
「どけ! お前たちでは、そいつには……!」
俺の叫びも虚しく、彼女たちは、果敢に、ゴブリン・チャンピオンに立ち向かっていく。
だが、結果は、分かりきっていた。
ノワールズの爪も、スライムガールズの体当たりも、ルナの魔法も、アリシアの剣も、全てが、チャンピオンには、全く通用しなかった。
彼女たちは、次々と、赤子のように、いとも簡単に、弾き飛ばされていく。
それでも、彼女たちは、諦めなかった。
倒されても、倒されても、何度も立ち上がり、俺を守るために、チャンピオンの前に、立ちはだかり続ける。
その光景を見て、俺は、気づいた。
俺は、もう、一人じゃないんだ、と。
「……どけええええええっ!!!」
ノワールの一人が、チャンピオンの足に、必死にしがみつく。
「マスター! 今のうちに、逃げてください!」
「早く!」
彼女たちは、自分たちの命を盾にして、俺を、逃がそうとしてくれていた。
俺は、歯を食いしばった。唇から、血が滲む。
負けた。
俺は、初めて、作者に、完全に、負けた。
だが、このまま、彼女たちを、見殺しにすることだけは、絶対に、できない。
俺は、折れた体を引きずりながら、彼女たちが作ってくれた、ほんのわずかな隙間を抜けて、その場から、逃げ出した。
背後で、仲間たちの悲鳴と、チャンピオンの雄叫びが聞こえる。
屈辱だった。
これほどの屈辱は、なかった。
だが、今は、生き延びなければならない。
この、借りを、返すために。
この、理不尽な神に、一発、お見舞いするために。
俺は、涙で滲む視界のまま、ただ、ひたすらに、走り続けた。
初めての、そして、人生最悪の『敗走』だった。




