『設定変更』という名の作者の悪趣味
プロトコル・スライムの冷たい手が、俺の心臓を鷲掴みにする。意識が、急速に遠のいていく。これが、乗っ取られるということか。俺の物語は、こんな最悪のバッドエンドで終わるのか――。
その、絶望的な瞬間だった。
俺に侵入しようとしていたスライムの体が、突如として、ぶるぶると激しく震えだした。そして、そののっぺりとしていた体が、まるで粘土細工のように、急速に形を変え始めたのだ。
「……は?」
数秒後。俺の目の前に立っていたのは、無機質な人型スライムではなかった。
そこにいたのは、半透明の水色の髪をツインテールにし、大きな瞳を潤ませた、ワンピース姿の、いかにもか弱そうな『美少女』だった。
《……え?》
少女の姿になったスライム――いや、彼女は、自分自身の変化に戸惑い、自分の半透明の手のひらを、きょとんとした表情で見つめている。
庭でノワールズと戦っていた他のスライムたちも、次々と同様の変化を遂げ、一瞬にして、俺の屋敷は、大量の『スライム美少女』に占拠されるという、カオスな状況に陥っていた。
《システムに通達……緊急の『設定変更』を検知……》
《全個体の種族特性を『プロトコル・スライム』から『スライムガール』へと強制変更……》
《戦闘能力、下方修正……個体『ノワール』と同等レベルまで引き下げ……》
脳内に響く、スライム少女たちの困惑した声。
これは、作者(神)の仕業だ。間違いない。
(……なんの、つもりだ?)
俺を乗っ取るという、最終手段に打って出たはずの作者が、なぜ、わざわざ敵を弱体化させるような真似を?
いや、違う。これは弱体化じゃない。
作者の、もっと悪質で、歪んだ『悪趣味』の現れだ。
作者は気づいたのだ。
ただ無機質なスライムに俺を乗っ取らせても、それはただの「処理」でしかなく、面白みがない、と。
それよりも、俺が「か弱く、愛らしい美少女」に体を乗っ取られ、心も体も支配されていく姿を描く方が、より俺に屈辱を与え、絶望させられる、と。
つまり、これは、作者による、俺への『嫌がらせ』なのだ。
「……マスター!」
庭での戦闘が小康状態になったのを見て、ノワールが数人の仲間と共に部屋に飛び込んできた。そして、俺の目の前に立つスライム少女を見て、警戒態勢に入る。
「あなた、マスターに何をするつもり!」
「……わ、わたしは……」
スライム少女は、ノワールに睨まれて、びくりと肩を震わせた。その姿は、もはや脅威の対象ではなく、ただの「いじめられっ子」にしか見えない。
ノワールズとスライムガールズは、互いに睨み合い、一触即発の空気が流れる。戦闘力は互角。だが、数は、明らかにスライムガールズの方が優勢だ。この屋敷だけで、ノワールズの倍はいる。
「……面白い」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
心臓を掴まれていたはずの胸は、もはや何ともない。
「面白いじゃないか、作者。お前のその歪んだ性癖、とことん付き合ってやるよ」
俺は、睨み合う二つの種族の間に立った。
「ノワール、手を出すな。彼女たちは、今日から、俺の新しい『商品』だ」
「「「「「ええええええっ!?」」」」」
その場にいた全員――ノワールズも、スライムガールズも、そして、メイド服姿で部屋の隅で震えていたルナさえもが、素っ頓狂な声を上げた。
作者よ、お前はまた、同じ過ちを犯した。
俺を絶望させるために、俺の性癖を無視した『美少女』という駒を送り込んできた。
だが、俺にとって、女は『商品』だ。そして、商品は、多ければ多いほどいい。
戦闘力は互角。だが、数ではこちらが圧倒的に不利。
ならば、やることは一つ。
敵の戦力を、丸ごと、こちらの戦力(商品)にしてしまえばいい。
「ようこそ、『ミナセ・プロダクション』へ、新人の諸君。お前たちも、俺が最高のアイドル(金蔓)に育ててやる。もちろん、俺の取り分は、9割だ」
俺の、あまりに常軌を逸した宣言に、スライムガールズたちは、ただただ、困惑した表情で顔を見合わせるだけだった。
《エラー……エラー……乗っ取り計画、失敗……。ていうか、何でそうなるんだよ……(作者の嘆き)》
脳内に響く作者の悲鳴を聞きながら、俺はほくそ笑んだ。
さあ、第二のアイドルグループ、『アクア・ドリームズ』でも結成して、一儲けするとしますか。




