作者の『良心に訴える罠』とモブの『拝金主義』
ボスを闇に葬り、スタンピードの「証拠」となる魔石のかけらをいくつか手に入れた俺は、意気揚々と迷宮の入り口へ向かっていた。これで王城に戻り、「予言通り、魔石が活性化していました。すぐにでも魔物が溢れ出しますぞ!」と報告すれば、俺の斥候任務は完了だ。
だが、作者(神)が、俺をこのまま無事に帰すはずがなかった。
俺が地上への階段を上がろうとした、その時。
「……助けて……」
通路の暗がりから、か細い、少女の声が聞こえた。
その瞬間、俺はピタリと足を止める。背筋に、これまでとは質の違う、粘つくような悪寒が走った。
(来たな……最悪のタイプの罠が)
恐る恐る声のした方を覗き込むと、そこには、瓦礫に足を挟まれ、動けなくなっている一人の少女がいた。年の頃は十歳くらいだろうか。ボロボロの服をまとい、その大きな瞳には涙が浮かんでいる。いかにも、庇護欲をそそられる健気な姿だ。
だが、俺のメタ知識は、その少女の正体を正確に見抜いていた。
額から、申し訳程度に生えている小さな二本の角。背中に、隠すように折り畳まれた、コウモリのような小さな翼。
間違いない。こいつは、魔物だ。
それも、『サキュバス』や『ラミア』の幼体といった、人間に極めて近い姿をした、高位の魔族。
作者の狙いは、手に取るように分かった。
ボスを倒した俺への報復。そして、単純な戦闘や罠では俺を殺せないと悟った作者が仕掛けてきた、精神攻撃系のトラップだ。
この、いかにもか弱そうな少女を、俺が「魔物だから」という理由で斬り捨てられるか?
あるいは、「可哀想だ」と同情心を見せ、助けたところを背後から刺されるか?
どちらに転んでも、俺のキャラクター性に大きな影響を与える、極めて悪質な「選択肢」だ。主人公としての良心を試す、作者渾身の罠。
《新規イベント:『か弱き魔族の少女』に遭遇しました》
《あなたの『慈悲』の心が試されています》
脳内に響くシステムメッセージ。うるさい。俺の心を試すな。
俺は、少女から数歩の距離を置いたまま、腕を組んで冷たく言い放った。
「おい、そこの魔族。いい商売道具を持ってるじゃないか」
「……え?」
少女の瞳が、怯えと驚きで見開かれる。
俺は構わず、品定めをするように続けた。
「その見た目。完璧だ。人間の庇護欲を最大限に引き出す、計算され尽くしたデザイン。涙の量、声のか細さ、瓦礫に挟まれた足の角度。どれをとっても一級品だ。作者(おまえの創造主)は、いい仕事をする」
「な、何を……言ってるの……? 私は、ただ、助けてほしいだけ……」
「嘘をつくな。お前、自分が何をすべきか、分かっててやってるだろ。俺みたいな甘っちょろい人間が助けに来たら、油断したところをその角で刺すか、毒の爪で引っ掻くか。そんなシナリオが、お前の頭の中にインプットされてるはずだ」
俺の言葉に、少女の表情から、徐々に怯えの色が消えていく。代わりに、図星を指されたことによる、困惑と、わずかな怒りの色が浮かんでいた。
さて、どうするか。
ここで斬り捨てれば、後味が悪い上に、作者の思うツボだ。
かといって、助ければ死亡フラグ直結。
ならば、俺が選ぶべき道は、そのどちらでもない、第三の選択肢。
作者の予想の、遥か斜め上を行く、究極の拝金主義だ。
俺は、懐から羊皮紙とペンを取り出すと、その場で何やら書きつけ始めた。そして、それを少女の目の前に、ひらりと落とす。
「……? なに、これ……」
「契約書だ」
俺は、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて言った。
「お前、いい金蔓になるぞ。題して、『会って話せる魔族のアイドル』だ。お前のその希少性と愛らしいルックスは、物好きな金持ち共に高く売れる。見世物小屋に売り飛ばしてもいいし、非合法なペットとして貴族に斡旋してもいい。どっちにしろ、大金が手に入る」
「……っ!?」
少女は絶句し、心底汚いものを見るような目で俺を見つめている。
「というわけで、選択肢をやろう。一つは、このまま俺に斬り殺されるか。もう一つは、その契約書にサインして、俺の金儲けの道具になるか。お前の命の値段は、俺が決めてやる。さあ、選べ」
俺は、彼女に慈悲などかけない。同情もしない。
ただ、彼女の存在を、徹頭徹尾「金儲けの手段」として利用する。
良心への問いかけ? 慈悲の心? そんなものは、腹の足しにもならない。
作者よ、これが俺の答えだ。
お前が俺の良心を試そうとしたその罠を、俺は、俺の懐を温めるための『商品』に変えてやる。
これ以上の冒涜と、屈辱はないだろう。
《エラー:キャラクターの行動が想定の範囲を大幅に逸脱しました》
《シナリオの整合性に、致命的な矛盾が発生する可能性があります》
《システム、緊急停止……しませんが、猛烈に混乱中……》
脳内で、作者の悲鳴が聞こえた気がした。




