『お約束』のプレゼンと斥候という名のボス狩り
覚悟を決めた俺の口から紡がれる「真実の物語」に、王女アリシアは身を乗り出して聞き入っていた。
「――数日のうちに、王都の地下に広がる古代遺跡……通称『忘れられた迷宮』から、大量の魔物が溢れ出します。これは『スタンピード』と呼ばれる現象。放置すれば、王都は火の海と化すでしょう」
俺は、ラノベで百万回は使われた王道イベントの幕開けを、さも重大な預言のように語った。
「スタンピード……!」
アリシアの顔に、緊張と、そして隠しきれない武者震いのような興奮が浮かぶ。これだよ、これ。お前が望んでいたのは、こういう分かりやすい危機だろう。
「原因は、迷宮の最深部で、邪悪な力を持つ『魔石』が活性化したため。その影響で、魔物たちが凶暴化し、地上を目指しているのです。これを防ぐには、迷宮の最深部に到達し、魔石を破壊するしかありません」
完璧だ。我ながら完璧なプレゼンだ。原因、目的、解決方法。王道ファンタジーのお約束を、過不足なく盛り込んでやった。
アリシアは腕を組み、満足そうに頷いた。
「なるほどな。面白い。実に面白い物語ではないか」
「ですが、危険すぎます。どうか、殿下はご自身の身を……」
「黙れ。私が、民の危機を座して見過ごすとでも思うか?」
アリシアは立ち上がると、凛とした声で宣言した。
「騎士団に命じ、ただちに迷宮の封鎖と、周辺住民の避難を開始させよ! そして――」
彼女は、俺を鋭い目つきで指差した。
「ミナセ。そなたには、この予言が真実であるか、その目で確かめてきてもらう。斥候として、ただちに『忘れられた迷宮』へ向かえ。これは、王女命令である」
(はい、来た。知ってた)
これもまた、お約束。主人公(俺)を、危険な場所に単独で(あるいは少人数で)送り込むための、都合のいい口実だ。ここで俺が魔物に襲われたり、何かを発見したりすることで、物語が大きく動き出す。
「……御意。この命に代えましても」
俺は、わざと悲壮感たっぷりに頷いてみせた。だが、内心は全く違う。
(斥候、ね。好都合だ。作者(神)が本格的に介入してくる前に、少し『掃除』をしておいてやるか)
俺は王城を後にすると、その足でルナが待つアパートへは戻らず、『忘れられた迷宮』の入り口へと向かった。もちろん、斥候任務を忠実にこなすためではない。
「さて……作者様がご用意してくださった、壮大な物語の舞台。少しばかし、俺好みに『編集』させてもらうとしよう」
俺は不敵な笑みを浮かべると、誰にも見られることなく、一人で薄暗い迷宮の中へと姿を消した。
――数時間後。
迷宮の最深部。邪悪な紫色の光を放つ巨大な『魔石』。その前には、このスタンピードの総大将となるべくして配置されたであろう、ダンジョンボス『ケイオス・オーガ』が、気持ちよさそうに大いびきをかいて眠っていた。まだ魔石の力が完全に覚醒していないため、活動を開始していないのだろう。
俺は、その無防備な巨体に、音もなく近づく。
作者のシナリオでは、俺、もしくはアリシア率いる騎士団が、無数の雑魚モンスターを蹴散らし、満身創痍でこの場所にたどり着き、覚醒したこのボスと死闘を繰り広げるはずだった。
だが、そんな面倒な手順は、俺の流儀に反する。
「寝てるところ悪いが、お前の出番(出演シーン)は、カットだ」
俺は懐から、ありったけの猛毒と、遅効性の爆薬を組み合わせた特製の『プレゼント』を取り出す。そして、それをオーガの巨大な口の中に、そっと、優しく、滑り込ませた。
「せいぜい、いい夢でも見てな」
俺は小さな声で呟くと、オーガが目を覚ます前に、目的のブツ――活性化する前の、まだ力の弱い『魔石』のかけらを数個だけ、ハンマーで叩き割って懐にしまう。これが、スタンピードが起こる「証拠」として王城に持ち帰るための、重要な小道具だ。
そして、俺は振り返ることなく、迷宮を後にした。
俺が地上に出る頃、最深部で小さな、しかし致命的な爆発音が響いたのを、俺だけが知っていた。
こうして、来たるべき王都決戦の総大預は、誰に知られることもなく、その出番を終えた。
俺は、作者が用意したクライマックスを、開幕前に叩き潰したのだ。これから始まるのは、ボスのいない、ただの雑魚処理という名の、退屈な作業だけである




