平穏の終わりを告げる『強制召喚』
S級パーティ救出騒動から一週間。
俺の日常は、驚くほど平穏だった。あの後、ギルドでは俺に関する噂が立つこともなく、手柄を横取りしたパーティたちの武勇伝(ただし内容は脚色だらけ)が語られるだけ。実に素晴らしい。これぞモブの醍醐味だ。
俺とルナは、稼いだ金でより日当たりの良い安アパートに引っ越し、相変わらず薬草採取やゴブリン討伐といった、地味で安全なクエストだけをこなす日々を送っていた。
「ミナセさん、今日の夕食は私が作りますね! 市場で珍しいお野菜を見つけたんですよ!」
「頼む。変なものは入れるなよ」
「失礼ですね! 私の料理の腕も上がったんですよ?」
アパートの小さなキッチンで、エプロン姿のルナが楽しそうに鼻歌を歌っている。彼女も、ここでの生活にすっかり馴染んだようだ。ヒロインオーラは相変わらずだが、もはやその役割は「荷物持ち兼同居人」として完全に定着していた。
(いいぞ、この調子だ。このままフェードアウトして、物語の背景に溶け込んでやる……)
そんな俺のささやかな希望を、作者(神)が許すはずもなかった。
その日、アパートの扉が、壊れるのではないかというほど乱暴に叩かれた。
ドンドンドンッ!
「誰だ、こんな時間に……」
俺が訝しげに扉を開けると、そこには、見覚えのある豪奢な鎧をまとった騎士たちが、厳しい表情で立っていた。王城の近衛騎士団――先日、市場で遭遇した王女アリシアの護衛たちだ。
まずい。非常にまずい。
俺は即座に扉を閉めようとしたが、騎士の一人がそれを屈強な腕で阻んだ。
「水無瀬殿とお見受けする。第四王女アリシア殿下からの、勅命である」
「ちょ、勅命……? 人違いでは? 俺はただのしがないモブ冒険者ですが」
「とぼけるな。先日、市場にて不敬極まる土下座を披露した、あの男であろう」
最悪だ。あの全力土下zaが、逆に忘れられないほどのインパクトを与えてしまったらしい。作者め、俺の斜め下の行動さえも、シナリオに組み込んできやがったか。
騎士は、有無を言わせぬ口調で告げた。
「アリシア殿下が、貴殿を『物語の語り部』として、急ぎ王城までお連れするよう仰せだ。問答無用。これは、強制召喚である」
『物語の語り部』?
なんだその胡散臭い役職は。
《強制イベント『王城への招待』が発生しました》
《このイベントは拒否できません》
脳内に響く、無慈悲なシステムメッセージ。
背後で、ルナが「ミナセさん……!」と心配そうな声を上げている。
騎士たちに両脇を固められ、俺はなすすべもなく連行される。まるで、罪人のように。
連れていかれた先は、当然、きらびやかな王城。その一室で、不敵な笑みを浮かべた王女アリシアが、優雅に椅子に腰かけて俺を待っていた。
「ようやく来たか、面白い男よ。いや、『ミナセ』と言ったか」
「……これは、一体何の茶番でしょう、姫様。俺のようなモブに、一体なんのご用で」
「ふふ、とぼけるでない。そなたが、ただのモブでないことなど、お見通しなのだぞ」
アリシアは扇子を広げ、その瞳で俺を射抜くように見つめた。
「そなた、この世界の『物語』を知っているであろう?」
その言葉に、俺は凍りついた。
まさか。この女、俺と同じく――?
いや、違う。彼女の瞳には、俺のような諦観はない。あるのは、純粋な好奇心と、物語の登場人物としての自信だ。
これは、作者が仕掛けた、新たな、そして最も悪質な罠。
俺が「メタ知識を持つ」という設定を、この世界の登場人物に逆利用させ、俺をシナリオの舞台に引きずり出そうという、邪悪な策略だ。
「さあ、語ってもらおうか。これからこの国で、この私に、どんな面白い『物語』が起こるのかを。そなたの役目は、それを私に語ること。――これは、王女命令であるぞ?」
最悪だ。俺は、神(作者)と、その手駒である王女によって、完全に逃げ道を塞がれてしまった。
モブを望んだ俺に与えられた役割は、皮肉にも、物語の筋書きを解説する『語り部』だったのだ。




