報酬(おこぼれ)と平穏(モブライフ)の味
俺がギルドに戻ると、そこはすでにお祭り騒ぎだった。
英雄『銀色の流星』の生還。その吉報に、ギルド中が沸き立っている。
「聞いたか! 『銀色の流星』を救ったのは、D級パーティの『鉄の拳』らしいぜ!」
「いや、俺が聞いた話じゃ、C級の『疾風』が最初に見つけたとか……」
「どっちにしろ、すげえ手柄だ! 俺たちも行けばよかった!」
冒険者たちが、誰が一番に英雄を助けたかという、不毛な手柄話で盛り上がっている。担がれて帰ってきたS級パーティの連中が、疲労と屈辱でぐったりしているのを尻目に、後続パーティのリーダーたちが、受付で自分たちの功績を必死にアピールしていた。
俺は、その喧騒を壁際からぼんやりと眺める。誰も、この騒動の本当の火付け役が俺だとは夢にも思っていない。それでいい。それがいいのだ。
やがて、例のB級パーティのリーダーが、人混みをかき分けて俺のところにやってきた。
「よう。約束通り、持ってきたぜ」
彼はそう言って、ずしりと重い革袋を俺に放り投げる。中には、金貨が数枚。S級パーティ救出という歴史的なクエストの報酬からすれば、まさに「おこぼれ」程度の金額だ。
「助かった。お前らも、英雄様を担いでご苦労だったな」
「へへっ、お互い様だ。あんた、面白い奴だな。また何かうまい話があったら、声をかけてくれよ」
彼はそう言い残し、再び手柄争いの輪の中へ戻っていった。
俺は金貨の重みを確かめると、誰にも気づかれることなく、そっとギルドを後にした。
外に出ると、すっかり夜になっていた。ギルドの喧騒が、まるで別世界の出来事のように遠く聞こえる。
「ミナセさん!」
ギルドの前で、ずっと待っていたのだろう。ルナが心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「ご無事だったんですね! よかった……!」
「ああ、言っただろ。ただの『お使い』だって」
俺は、さっき手に入れた金貨の中から一枚を取り出すと、近くの屋台を指差した。
「腹が減ったな。今日は、あのちょっと高い肉の串を買って帰るか」
「えっ、いいんですか!?」
「たまにはな。今日の稼ぎだ」
俺の言葉に、ルナの顔がぱあっと明るくなる。
その、物語のヒロインらしからぬ、ただただ食い意地の張った笑顔を見て、俺は思わず、フッと息を漏らした。
神(作者)よ。
お前が描きたかったのは、きっとこんな結末じゃないんだろうな。
俺が英雄になり、王女やS級パーティに認められ、やがては魔王と戦うような、壮大な物語。
だが、俺が望むのは、そんなものじゃない。
死亡フラグを回避し、理不尽な展開をぶち壊し、こうして一日の終わりに、ちょっといい飯を食う。
そんな、どこにでもいる「モブ」としての、ささやかで、退屈で、最高に平穏な日常だ。
俺はこれからも、お前の筋書きに抗い続ける。
お前がこの世界の神だというのなら、俺は、その神にさえ「NO」を突きつける、ただ一人の読者になってやる。
熱々の肉串を頬張りながら、俺は夜空を見上げた。
そこには、物語の終わりを示すエンドロールなど、どこにも見当たりはしなかった。
一方その頃……
とある、次元の狭間。
PCの前にシャーペン、そして無数の原稿用紙が散らばる、。
この世界の創造主である『作者』は、目の前で繰り広げられた結末に、わなわなと肩を震わせていた。
用意した感動的なイベントは、ことごとく破壊された。
輝かしいはずの英雄たちは、醜い手柄争いのダシにされた。
そして、主人公であるはずの水無瀬は、主役の座を自ら放棄し、モブに紛れて肉串を食らっている。
「……ふざけるな……ふざけるなよ、水無瀬ぃぃぃっ!!」
作者は、絶叫と共に、机の上に広げていた構想案――『第2章:王都激震!狙われた王女と伝説の聖剣』と書かれた下書きを、その手で掴み、ぐしゃぐしゃに握り潰し、破り捨てた。
原稿用紙の上に、折れた芯が増えていく。
それはまるで、作者の屈辱と怒りを体現しているかのようだった。
「……いいだろう。そこまで私のシナリオを壊したいというのなら、望み通りにしてやる」
作者は、震える手で、新しい原稿用紙とシャーペンを取った。
その瞳には、もはや創造主としての穏やかな光はなく、ただただ、一人のキャラクターに対する、底なしの敵意と殺意だけが燃え盛っていた。
「次こそは、お前を……絶対に、『物語の都合』で殺してやる……!」
こうして、神と、神に抗う一人のモブとの、誰も知らない戦いの幕は、まだ始まったばかりなのだった。




