第八話 勇者を強くする魔法、その代金を誰が払っている?
「お前らが毎日、起こしてる」
俺がそう言うと、アルベルトはしばらく黙っていた。
「……何を?」
「だから、あれを」
山を指差す。
「山を?」
「正確には山の中にいる何か」
「俺たちが?」
「ああ」
「毎日?」
「ああ」
アルベルトは山を見る。
次にセシリアを見る。
そして俺に戻る。
「レオン」
「なんだ」
「一度整理して話してくれ」
「奇遇だな。俺も整理できてない」
「駄目じゃない」
セシリアが呆れた。
仕方ないだろ。
昨日まで俺だって、山は死んだ古代竜だと思っていた。
今では、
【古代兵器再起動】
である。
情報の更新速度に俺の頭が追いついていない。
「とにかく」
俺は指を一本立てた。
「山は生きてる」
二本。
「王都から山へ魔力が送られてる」
三本。
「その魔力の供給元に《蒼天の剣》が登録されてる」
四本。
「供給目的は古代兵器の再起動」
「待て」
アルベルトが俺の手を掴んだ。
「最後だけ急に物騒すぎる」
「俺に言うな」
「本当にそう見えるのか?」
「ああ」
「鑑定で?」
「《真眼》だ」
アルベルトの表情が曇る。
以前なら。
『そんな情報は役に立たない』
で終わっていただろう。
だが今回は違った。
「……分かった」
あっさり言った。
「信じる」
俺の方が驚いた。
「いいのか?」
「炎王剣で懲りた」
「学習したな」
「殴るぞ」
「褒めたのに」
セシリアがため息をつく。
「それで、止める方法は?」
「分からない」
「見えないの?」
「やってみる」
山を見る。
《真眼》。
【対象:遠距離】
【解析精度:不足】
【詳細情報を取得できません】
「駄目だ」
「早いわね」
「遠すぎる」
これまで何となく使っていたが、《真眼》は何でも見通せるわけじゃない。
目の前の物なら、かなり詳しく分かる。
距離が離れるほど情報は粗くなる。
山ほど離れていれば、なおさらだ。
「近づけば?」
リナが言った。
「却下」
「まだ何も言ってないよ」
「山に近づく提案は全部却下する」
「怖いんだ」
「怖い」
「即答ね」
「命を大切にしていると言ってくれ」
俺はアルベルトを見る。
「支援術式とやらを見せてくれ」
「ここにはない」
「じゃあ何がある?」
アルベルトは自分の胸元に手を入れた。
金属製の小さな板を取り出す。
「登録証なら」
「それ」
受け取る。
銀色の板。
表面に《蒼天の剣》の紋章と、五つの名前が刻まれている。
アルベルト。
セシリア。
ガイン。
ミレーユ。
そして。
「…………」
俺は目を細めた。
「俺の名前がない」
「当たり前だろ」
アルベルトが言う。
「お前を追放した翌日に作ったんだから」
「そうだよな」
なのに。
妙な感じがした。
《真眼》。
【名称:勇者支援システム・登録証】
【発行:王都冒険者ギルド】
【登録パーティ:蒼天の剣】
【登録人数:4】
【機能:能力増幅/魔力循環補助/疲労回復促進】
「普通だな」
「だから言っただろ」
「待って」
情報が続く。
【供給方式:外部接続】
【供給元――】
文字が乱れた。
「……またか」
「何?」
「見えないところがある」
炎王剣でも。
竜断剣でも。
こんなことはなかった。
俺は登録証へ顔を近づける。
「レオン、近い」
「黙ってろ」
【供給元――秘匿】
【管理権限不足】
「秘匿?」
初めてだ。
《真眼》が情報を見つけられないのではない。
情報はある。
なのに。
隠されている。
「そんなことできるの?」
セシリアが覗き込む。
「知らない」
「あなたの能力なのに?」
「俺だって説明書もらってないんだよ」
もう一度見る。
【管理権限不足】
「権限……」
俺は登録証を裏返した。
何もない。
ただの銀板。
だが。
指で縁をなぞった瞬間だった。
【接触を確認】
【旧管理権限を検索】
「……ん?」
【該当あり】
ぞくりとした。
「レオン?」
「ちょっと待て」
表示が切り替わる。
【旧登録者を照合】
【照合中】
【一致】
何と?
俺は何も登録していない。
【旧管理者権限を一時復元しますか?】
「…………」
嫌だ。
ものすごく嫌だ。
最近《真眼》が何か質問してきたとき、ろくなことが起きていない。
「どうしたの?」
リナが聞く。
「選択肢が出た」
「押せば?」
「簡単に言うな」
「押さないの?」
「…………」
押したくない。
だが。
山を見る。
【覚醒進行率:0.04%】
昨日は0.01%だった。
放っておけば増える。
「……くそ」
俺は意識を表示へ向けた。
承認。
【旧管理者権限:一時復元】
銀板が光った。
「うおっ!?」
アルベルトが飛び退く。
地面に巨大な魔法陣が展開された。
「レオン!」
「俺も知らん!」
文字が溢れる。
【管理者用情報を開示】
【勇者支援システム】
【正式名称:対古代災害用・広域魔力収集機構】
「…………」
名前からして嫌だ。
【建造年代:3127年前】
【設計目的:古代兵器への魔力供給】
「待て」
セシリアの顔色が変わる。
「勇者を支援するためのシステムじゃないの?」
「違う」
「じゃあ私たちが使ってる力は?」
表示を読む。
【余剰魔力を登録者へ還元】
「……逆だ」
「何が?」
「お前たちを強くするために作られたんじゃない」
アルベルトを見る。
「本来は古代兵器に魔力を送る設備だ」
「なら、なぜ俺たちが強くなる?」
「余った分をもらってるだけ」
沈黙。
「つまり」
セシリアがゆっくり言った。
「私たちは、この半年間――」
「あれを起こすための設備に繋がってた」
山を見る。
誰も喋らなかった。
アルベルトが登録証を睨む。
「解除する」
「待て」
「なぜだ」
「まだ全部見てない」
「見る必要があるか?」
「ある」
嫌な予感がする。
こういうものには大抵。
解除したら全部解決。
なんて親切な機能はない。
「解除条件」
俺は呟いた。
《真眼》が反応する。
【登録解除条件を検索】
【通常解除:王都中央管理局による承認】
【緊急解除:管理者権限】
「できる」
「なら今すぐ――」
【警告】
ほら来た。
【現在、古代兵器への魔力供給進行中】
【供給経路の強制遮断を行った場合――】
文字が続く。
【蓄積魔力逆流】
【推定被害範囲:王都全域】
「…………」
俺は黙った。
「どうした?」
「解除できる」
アルベルトが安堵する。
「なら――」
「王都が吹き飛ぶかもしれない」
「…………は?」
「だから!」
俺は頭を抱えた。
「なんでこういうシステムは、止めると爆発するんだよ!」
「俺に言うな!」
「お前が登録したんだろ!」
「ギルドに勧められたんだ!」
「説明書読め!」
「古代兵器に繋がるなんて書いてあるわけないだろ!」
「二人とも!」
セシリアが怒鳴った。
俺たちは黙った。
「喧嘩してる場合?」
「……ない」
「ないな」
「じゃあ考えて」
正論だった。
俺は表示を見る。
止めれば王都が危ない。
止めなければ山が起きる。
「別の方法」
呟く。
【検索条件:安全停止】
【検索中】
文字が流れる。
【候補1:蓄積魔力完全消費後に停止】
【候補2:代替供給経路への切替】
【候補3:古代兵器側の受電機構を破壊】
三つ。
「方法はある」
アルベルトたちに説明する。
一つ目。
「魔力が全部使われるまで待つ」
「それは?」
「たぶん山が完全に起きる」
「却下だ」
俺もそう思う。
二つ目。
「別の場所へ魔力を流す」
「流せる場所があるの?」
「分からない」
そして。
三つ目。
「山側の受け取り口を壊す」
全員が山を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「レオン」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「絶対嫌だ」
アルベルトが俺の肩を掴んだ。
「場所は分かるのか?」
「分からない」
「《真眼》で探せるだろ」
「遠すぎる」
「近づけば?」
「嫌だ!」
リナが手を上げた。
「じゃあ、みんなで行けばいいんじゃない?」
「リナ」
「なに?」
「大人は今、どうやって山へ行かずに済むかを考えている」
「でも行かないと分からないんでしょ?」
「…………」
「それに」
リナは俺の腰にある剣を指差した。
竜断剣アルディオン。
「その剣も直したいんでしょ?」
「…………」
「月白銀も取れたし」
「…………」
「山に行けば全部分かるじゃん」
子供というのは時々、残酷なくらい正論を言う。
「レオン」
アルベルトが言った。
「俺たちが守る」
「その台詞、冒険者時代に何回聞いたと思ってる?」
「今回は本当に守る」
「前も本気だっただろ」
「……そうだな」
アルベルトが笑った。
俺は山を見る。
行きたくない。
本当に行きたくない。
でも。
今までとは違う。
俺が行かなければ。
たぶん誰にも見つけられない。
何を壊せばいいのか。
どこを直せばいいのか。
何が起きているのか。
俺にしか見えない。
「…………一つ条件がある」
「何だ?」
「危なくなったら即帰る」
「ああ」
「宝箱があっても無視」
「ああ」
「珍しい魔物がいても戦わない」
「ああ」
「未知の遺跡を見つけても入らない」
「ああ」
「絶対だぞ?」
「分かった」
俺はアルベルトの手を握った。
「明日の朝」
「ああ」
「山へ行く」
言ってしまった。
死ぬほど後悔した。
◇
その夜。
俺は眠れなかった。
仕方なく、もう一度登録証を調べていた。
【旧管理者権限:有効】
なぜ俺に管理者権限がある?
それだけが分からない。
「旧登録者を表示」
【検索中】
【旧登録者:1名】
「一人?」
【登録年代:3127年前】
俺が生まれる遥か前だ。
当然、俺ではない。
【氏名:破損】
【生体照合率:99.98%】
「…………」
意味が分からない。
三千年前の人間と。
俺が?
「詳細」
【記録破損】
【復元可能情報:職種】
嫌な汗が流れた。
【旧登録者職種――鑑定士】
俺は表示を見つめる。
そして最後に。
もう一行が浮かんだ。
【真眼保有者】
「…………俺以外にもいた?」
その瞬間。
竜断剣が光った。
【管理者を確認】
【封印解除条件:一部達成】
錆びた刀身に一本。
青白い線が走る。
【アルディオン試作一号】
【正式用途を開示】
【対古代兵器用――管理者護衛兵装】
俺はしばらく黙っていた。
それから布団に潜った。
「……明日、行きたくねえ」
もちろん。
眠れるわけがなかった。




