第九話 役立たずの鑑定士、初めてパーティの先頭を歩く
翌朝。
「帰りたい」
山の入口で、俺は言った。
「まだ入ってないぞ」
アルベルトが呆れた顔をする。
「だから今なら間に合う」
「何に?」
「帰るのに」
「帰らない」
「…………」
駄目だった。
俺は北の山を見上げる。
近くで見ると、なおさら大きい。
山頂は雲に隠れ、木々が山肌を覆っている。
あのどこかに。
【覚醒進行率:0.07%】
昨日より増えていた。
見なかったことにする。
「全員いるな」
アルベルトが確認する。
勇者アルベルト。
魔術師セシリア。
斥候ガイン。
神官ミレーユ。
そして俺。
半年前と同じ五人。
違うのは。
「レオン」
「なんだ?」
「前へ」
「嫌だ」
「即答するな」
「俺、鑑定士だぞ」
「だからだ」
アルベルトが山道を指差した。
「お前にしか見えないものがある」
「それと先頭を歩くことに何の関係が?」
「危険を見つけたら教えてくれ」
「俺が最初に危険に遭うじゃん」
「俺が横にいる」
「そういう問題じゃない」
「相変わらずね」
セシリアが笑う。
ガインまで肩をすくめた。
「懐かしいな」
「俺は全然懐かしくない」
だが。
結局。
俺は先頭になった。
◇
山へ入って十分。
何も起きなかった。
二十分。
何も起きない。
三十分。
「普通だな」
俺は言った。
「何が?」
「山」
鳥が鳴いている。
木々が揺れている。
虫もいる。
昨日、巨大な目が開いた場所とは思えない。
「考えすぎだったんじゃない?」
ミレーユが言う。
「そうだといいけど」
《真眼》。
【樹齢:42年】
【健康状態:良好】
隣の木。
【樹齢:37年】
【健康状態:良好】
地面。
【腐葉土】
【含水率:31.4%】
普通。
全部普通だ。
だから。
気持ち悪い。
「止まって」
俺は足を止めた。
後ろの四人も止まる。
「どうした?」
「静かすぎる」
「鳥鳴いてるぞ」
ガインが言う。
「そうじゃない」
俺はしゃがむ。
地面を見る。
【腐葉土】
【含水率:31.4%】
もう一度。
【腐葉土】
【含水率:31.4%】
「…………」
三メートル先へ移動する。
【腐葉土】
【含水率:31.4%】
「おかしい」
「何が?」
「全部同じ」
落ち葉を拾う。
【分解率:18.2%】
別の落ち葉。
【分解率:18.2%】
さらに別。
【分解率:18.2%】
「自然じゃない」
アルベルトの顔から軽さが消えた。
「どういうことだ?」
「分からない。でも」
近くの木に触れる。
【樹齢:42年】
別の木。
【樹齢:42年】
その隣も。
【樹齢:42年】
さっきは違った。
いや。
違うように見せられていた?
「《真眼》」
意識する。
「表面情報を除外」
文字が消える。
【再解析】
森が。
変わった。
「……嘘だろ」
木々に重なっていた表示が、一斉に書き換わる。
【擬装外装】
【擬装外装】
【擬装外装】
【擬装外装】
見渡す限り。
全部。
「レオン?」
「木じゃない」
「何?」
「この森」
一本の幹へ手を当てる。
【構成材:生体繊維】
【機能:外部装甲】
「……山の一部だ」
セシリアが息を呑んだ。
俺は山頂を見上げる。
今まで木々だと思っていたもの。
土だと思っていたもの。
岩だと思っていたもの。
全部が。
一つの巨大な何かを覆っている。
「山じゃない」
ようやく理解した。
「最初から」
喉が乾く。
「俺たちは、こいつの上を歩いてる」
その瞬間。
足元が脈打った。
ドン。
「うわっ!」
地面が上下する。
「全員構えろ!」
アルベルトが剣を抜く。
セシリアが杖を構える。
ガインが短剣。
ミレーユが祈祷杖。
俺は。
「…………」
何も持っていなかった。
「レオン!」
「あ」
慌てて竜断剣を抜く。
錆びている。
「これで何と戦えっていうんだ」
地面が裂けた。
黒い何かが飛び出す。
「来るぞ!」
アルベルトが前へ出る。
四本脚。
黒い外殻。
頭らしき部分には目がない。
昨日の腕と同じ材質だ。
《真眼》。
【対象分類:防衛機構】
【外殻:黒曜竜晶】
【弱点――】
「アルベルト、右前脚の付け根!」
「分かった!」
一閃。
剣が正確に入る。
バキン!
防衛機構が崩れる。
「…………」
俺は目を瞬いた。
「一発?」
「次!」
セシリアが叫ぶ。
二体。
三体。
地面から出てくる。
《真眼》。
【個体A:腹部中央】
【個体B:左後脚接合部】
【個体C:頭部下方3.1cm】
「ガイン、左の後ろ脚!」
「了解!」
「セシリア、中央の腹!」
「火?」
「駄目! 冷却!」
「分かった!」
「ミレーユ、右の奴の頭の下!」
「私、神官なんだけど!?」
「杖で殴って!」
「後で覚えてなさい!」
ゴンッ!
意外といい音がした。
三体がほぼ同時に崩れる。
「…………」
静かになった。
俺は四人を見る。
四人も俺を見る。
「何?」
アルベルトが笑った。
「いや」
「気持ち悪い」
「半年ぶりだなと思って」
「何が?」
「お前の指示で戦うの」
俺は黙った。
昔も。
見えていた。
『右の装甲が薄い』
『魔力が左側へ偏っている』
『その剣、あと三回強く打ったら折れる』
何度も言った。
でも。
戦闘中にそんな細かい話をするな。
鑑定士は後ろにいろ。
そう言われた。
「……昔もこうすればよかったな」
アルベルトが言った。
「今さらだろ」
「ああ」
「それに」
俺は崩れた防衛機構を見る。
「昔の俺も悪い」
「何が?」
「見えたものを言ってただけだから」
「…………」
「どう使えばいいか、俺も分かってなかった」
初めて。
そう思った。
《真眼》が強くなったわけじゃない。
昔から見えていた。
俺が。
使い方を知らなかっただけだ。
◇
さらに山を進む。
「止まって」
今度は全員すぐ止まった。
ちょっと嬉しい。
いや。
別に嬉しくない。
「何かある?」
セシリアが聞く。
「下」
「下?」
地面を見る。
【擬装外装】
そのさらに奥。
【内部空間】
「入口がある」
土を払う。
金属。
巨大な扉が埋まっていた。
表面には見覚えのある紋章。
竜断剣と同じもの。
「これ……」
アルベルトが触れようとする。
「待て」
「何だ?」
「こういうの、勝手に触ると大体ろくなことにならない」
「経験談?」
「物語の常識」
「何の話だ」
俺が触れる。
「お前は触るのかよ」
「俺なら見える」
【管理者認証】
【照合中】
【真眼保有者】
【認証完了】
ゴゴゴゴゴ。
扉が開いた。
「…………」
全員が俺を見る。
「何?」
「ろくなことになってないじゃない」
「まだ何も起きてない」
暗い通路が現れる。
壁に青白い光が順番に灯る。
一つ。
二つ。
三つ。
奥まで。
「行くの?」
ミレーユが聞く。
「…………」
帰りたい。
だが。
ここまで来てしまった。
「行こう」
内部へ入る。
壁は金属。
だが錆びていない。
三千年以上前の施設とは思えない。
《真眼》。
【第七整備通路】
【稼働率:12%】
「整備通路……」
つまり。
これは遺跡ではない。
機械だ。
しばらく進む。
やがて。
巨大な部屋へ出た。
「……何だ、これ」
アルベルトが呟く。
壁一面に。
透明な筒が並んでいる。
百。
いや。
もっと。
中は空だ。
ほとんどが。
一つだけ。
何か入っている。
「人?」
セシリアが駆け寄ろうとする。
「待って」
筒を見る。
男だった。
白い服。
銀色の髪。
目を閉じている。
眠っているように見える。
「生きてる?」
ミレーユが聞く。
《真眼》。
【生命反応:なし】
「死んでる」
「三千年前の人?」
「たぶん」
さらに見る。
【保存状態:良好】
【登録職種――】
表示された。
【鑑定士】
「…………」
嫌な予感がした。
もう一段。
【保有能力:真眼】
全員が俺を見る。
「俺を見るな」
「でも」
「知らない。俺じゃない」
顔を見る。
似ていない。
髪も違う。
年齢も違う。
ほっとした。
しかし。
【生体情報照合】
【現管理者との一致率:99.98%】
「…………」
ほっとできなかった。
「レオン?」
アルベルトが俺を見る。
「どうした?」
「こいつ」
喉が鳴った。
「俺と同じらしい」
「何が?」
「生体情報」
セシリアが眉を寄せる。
「血縁?」
「三千年前だぞ」
「なら――」
その瞬間。
部屋に光が灯った。
【管理者帰還を確認】
「帰還?」
【休眠プロトコルを終了】
「待て」
筒の中。
死んでいるはずの男の指が。
動いた。
「全員下がれ!」
アルベルトが剣を抜く。
【生命維持装置再起動】
【記憶領域――破損】
【人格領域――破損】
【緊急復元を開始】
「止められるか!?」
「待って!」
《真眼》。
【復元素材を検索】
【適合対象を検出】
嫌な予感。
文字が続く。
【対象:現管理者】
「……俺?」
筒の中の男が。
目を開いた。
俺と目が合う。
そして。
男は口を動かした。
「――やっと戻ったか」
声が出た。
「俺」
ぞっとした。
男は。
俺に向かって言ったのではない。
俺を見て。
自分自身に向かってそう言った。




