第七話 元仲間が、俺を迎えに来た
「…………引っ越そう」
本気でそう思った。
山に目が開いたのだから、当然である。
家が安いとか。
飯がうまいとか。
村人が親切だとか。
そういう問題ではない。
山に目がある。
十分だ。
「村長」
「はい」
「避難しましょう」
「どこへ?」
「できるだけ遠くへ」
「具体的には?」
「王都とか」
「遠すぎません?」
「じゃあ国外」
「もっと遠くなってますよ」
駄目だ。
この人、危機感がない。
俺は北の山を見る。
さっきまで開いていた青白い目は、もう閉じていた。
ただの暗い山に戻っている。
だが《真眼》には表示が残っていた。
【覚醒進行率:0.01%】
見なかったことにしたい。
非常にしたい。
「レオン!」
リナが走ってきた。
「お父さんは?」
「大丈夫。腕を折っただけだって」
「そうか……」
よかった。
本当によかった。
「それより、これ」
リナが差し出した。
黒い欠片。
さっき俺を襲った腕の残骸だ。
【黒曜竜晶】
【純度:87.1%】
【月白銀含有率:8.1%】
「……拾ったのか?」
「うん。いっぱい落ちてるよ」
見る。
畑一面に、黒い破片が散乱していた。
俺は頭を抱えた。
黒曜竜晶。
月白銀。
どちらも普通なら、とんでもない希少素材だ。
それが今。
畑に散らばっている。
村人たちが箒で集めていた。
「そっちにも落ちてるぞー」
「おーい、袋持ってこい」
「肥料と一緒でいいか?」
「混ぜないで!」
俺は叫んだ。
危ない。
この村に慣れてきている自分が一番危ない。
◇
翌朝。
俺は昨日の残骸を鍛冶屋へ持っていくことにした。
月白銀が含まれているなら、竜断剣を修復できる可能性がある。
山には行かない。
絶対に行かない。
向こうから素材が来てくれたのだから、わざわざ取りに行く理由もなくなった。
「完璧だ」
「何が?」
隣を歩くリナが聞く。
「計画が」
「逃げるんじゃなかったの?」
「…………」
「王都に引っ越すって」
「…………」
「国外とも言ってた」
「子供は忘れることを覚えなさい」
「都合いいね」
痛いところを突く。
村を出る。
街道を歩き始めて十分ほどだった。
前方から馬車が来た。
豪華な馬車ではない。
冒険者用の頑丈なものだ。
横に青い剣の紋章。
「……嘘だろ」
知っている。
《蒼天の剣》。
馬車が俺たちの前で止まった。
扉が開く。
「レオン」
アルベルトが降りてきた。
「…………」
「探したぞ」
「なんで?」
「お前に話がある」
「俺にはない」
「ある」
「ない」
「ある」
「ない」
「子供みたい」
リナが言った。
「どっちが?」
「二人とも」
アルベルトが咳払いした。
「とにかく乗れ」
「嫌だ」
「話だけでも聞け」
「嫌だ」
「……まだ怒ってるのか?」
「そういうわけじゃない」
本当に違う。
昨日、山に目が開いた。
俺には元パーティとの人間関係を気にしている余裕がない。
「じゃあ何だ?」
「今、忙しい」
「何をしている?」
「世界の終わりっぽいものから逃げる準備」
「…………何?」
「気にするな」
横を通り過ぎようとする。
「レオン」
アルベルトの声が低くなった。
「炎王剣の件だ」
足が止まった。
「お前の言った通りだった」
「…………」
「王都の鑑定院で調べ直した。刀身内部に十四箇所の亀裂。高出力で使用できるのは、あと三回程度」
第4話で俺が見た結果と一致している。
「そうか」
「それだけじゃない」
馬車からセシリアが降りてきた。
昔と変わらない長い赤髪。
俺を見るなり、気まずそうに目を逸らした。
「……久しぶり」
「久しぶり」
「元気そうね」
「まあ」
「…………」
「…………」
会話が終わった。
元仲間との再会なんて、そんなものだ。
セシリアがアルベルトを見る。
「あなたから言って」
「ああ」
アルベルトは俺を見る。
「王都で過去の装備も調べた」
「過去の?」
「お前が鑑定した装備だ」
嫌な予感がする。
「十二件あった」
「それで?」
「十二件全部、お前の鑑定が正しかった」
「…………」
俺は黙った。
「覚えているか? 三年前の《雷牙の槍》」
「……ああ」
「お前は『柄の内部が腐食している』と言った」
「言ったな」
「別の鑑定士は問題なしと判断した。だから俺たちはそっちを信じた」
覚えている。
アルベルトに、
『余計な情報はいらない』
と言われた。
「半年後、折れた」
「…………」
「《白竜の盾》もそうだ。お前は魔力伝導経路に欠陥があると言った。鑑定結果では最高品質だった」
「壊れた?」
「三ヶ月後にな」
セシリアが続ける。
「ミスリルの杖も。あなたが『魔石を交換した方がいい』って言ったの、覚えてる?」
「なんとなく」
「去年、魔石が破裂した」
「怪我は?」
「なかったわ」
「ならよかった」
セシリアが変な顔をした。
「……あなた、そこなのね」
「何が?」
「何でもない」
アルベルトが一歩近づく。
「俺たちは、お前の能力を勘違いしていた」
胸の奥がざわついた。
半年間。
欲しかった言葉だったのかもしれない。
役立たずじゃなかった。
お前は必要だった。
そう言ってほしかった。
追放された直後なら。
「レオン」
アルベルトが頭を下げた。
「戻ってきてくれ」
「…………」
リナが俺を見る。
セシリアも俺を見る。
アルベルトは頭を下げたままだ。
俺は――。
「嫌だ」
答えは簡単だった。
アルベルトが顔を上げる。
「……なぜだ?」
「今の方が楽しいから」
「楽しい?」
「ああ」
自分で言って、少し驚いた。
村へ来てから、まだ数日しか経っていない。
神話級素材を漬物石にしている老人がいる。
国宝で薪を割っている。
山に目がある。
昨日は地面から腕まで出てきた。
冷静に考えると、最悪の村だ。
でも。
「俺の鑑定を使ってくれる人がいる」
月白草でガルドさんの腰を治した。
黒曜竜晶の価値を見つけた。
竜断剣を直そうとしている。
全部。
以前なら「余計な情報」で終わっていたものだ。
「俺が見えてるものを、必要だって言ってくれるんだ」
「…………」
「だから戻らない」
アルベルトはしばらく黙っていた。
「そうか」
意外にも、それだけだった。
「もっと説得すると思った」
「したいさ」
アルベルトが苦笑する。
「だが、お前がそんな顔をしているのを初めて見た」
「どんな顔?」
「自分で考えろ」
なんだそれ。
「じゃあな」
俺は歩き出す。
「待て」
「まだあるのか?」
「ああ」
アルベルトの表情が変わった。
今度は冒険者の顔だった。
「お前を迎えに来たのは、それだけじゃない」
「…………」
「王都から依頼が出た」
嫌な予感。
最近、嫌な予感ばかり当たる。
「北部一帯で異常な魔力反応が観測された」
北。
俺はゆっくり山を見る。
「発生源を調査しろと?」
「ああ」
「断る」
「まだ何も言ってない」
「分かる」
「発生源は――」
「聞きたくない」
「この先の山だ」
「ほら!」
リナが笑った。
笑い事じゃない。
「《蒼天の剣》は明日の朝、山へ向かう」
「やめとけ」
「依頼だ」
「断れ」
「A級指定だ。放置できない」
「本当にやめた方がいい」
アルベルトが俺を見る。
「何か知っているのか?」
「…………」
言うべきか迷った。
山が生きている。
昨日、目が開いた。
地面から正体不明の腕が出てきた。
普通なら信じない。
だが。
今のアルベルトなら。
「山には行くな」
「理由は?」
「俺の《真眼》で見た」
アルベルトの表情が強張る。
「何を?」
俺は山を指差した。
「あれ、生きてる」
沈黙。
セシリアも山を見る。
「……山が?」
「ああ」
「何の冗談だ」
「俺もそう思いたい」
《真眼》を発動する。
【覚醒進行率:0.03%】
「…………」
昨日より増えている。
0.01%。
今朝は見ていなかった。
いつ増えた?
「どうした?」
「覚醒が進んでる」
「何の?」
「分からない」
その瞬間。
別の表示が浮かんだ。
【外部魔力源を検知】
「外部?」
視界に一本の線が現れる。
山からではない。
逆だ。
どこか遠くから――山へ魔力が流れ込んでいる。
俺は線を目で追う。
街道。
町。
さらにその先。
方角は。
「……王都?」
アルベルトが眉を寄せた。
「どうした?」
「王都から、山に何か送られてる」
「何を?」
「魔力」
「そんな馬鹿な」
俺もそう思う。
解析する。
【外部魔力流入:継続中】
【供給開始:約六ヶ月前】
六ヶ月。
何かが引っかかった。
「アルベルト」
「なんだ」
「俺が追放されたの、いつだ?」
「……何を今さら」
「いいから」
「半年前だ」
同じだ。
偶然。
そう思った。
だが《真眼》はさらに情報を表示した。
【魔力供給経路を解析】
【中継点:王都】
【中継術式――】
文字が止まる。
そして。
【術式登録者:蒼天の剣】
「…………は?」
俺はアルベルトを見る。
「どうした?」
本人は何も知らない顔をしている。
「アルベルト」
「なんだ?」
「お前たち」
喉が乾いた。
「半年前、王都で何かしたか?」
「何か?」
「魔法陣。儀式。装備の登録。何でもいい」
アルベルトは考える。
そして。
「ああ」
答えた。
「お前を追放した翌日、新しい支援術式を登録した」
背中が冷たくなる。
「誰に?」
「ギルドだ」
「何のための?」
「パーティ強化だ。お前が抜けた穴を埋めるための――」
そこで。
山が揺れた。
ドン。
鳥が飛び立つ。
俺の視界で数字が変わる。
【覚醒進行率:0.04%】
アルベルトが山を見る。
「……今のは?」
俺は答えられなかった。
表示がもう一つ増えていた。
【外部魔力供給元】
【登録名称:勇者支援システム】
そして、その下。
【供給目的】
【古代兵器再起動】
俺は頭を抱えた。
「……アルベルト」
「なんだ」
「やっぱりお前ら、山に行くな」
「だから理由を――」
「たぶん」
山を見る。
もうただの山には見えなかった。
「お前らが毎日、起こしてる」




