第五話 漬物石の方が価値が高い
「三百年前に王都から盗まれた――初代勇者の剣だぞ」
鍛冶屋の主人はそう言った。
俺はカウンターの上を見る。
錆びた剣が一本。
刃こぼれ多数。
柄には布が巻かれ、その布も茶色く変色している。
つい昨日までガルドさんが薪を割るのに使っていた剣だ。
「……これが?」
「ああ」
「初代勇者の?」
「ああ」
「薪割ってましたけど」
「何してんだそいつ!?」
怒鳴られた。
俺に言われても困る。
隣にいたリナが首を傾げた。
「おじいちゃん、硬い薪を割るときはいつもそれ使ってるよ?」
「やめさせろ!」
「なんで?」
「聖剣だからだ!」
「でも剣でしょ?」
「そういう問題じゃねえ!」
主人が頭を抱える。
気持ちは分からなくもない。
俺だって村へ来たばかりの頃なら同じ反応をしていただろう。
だが。
黒曜竜晶が漬物石になっている村だ。
もう慣れた。
「それで、直せますか?」
「…………」
主人が俺を睨む。
「お前、状況分かってんのか?」
「一応」
「こいつが本物なら国宝だぞ」
「らしいですね」
「王都へ報告すれば騎士団が飛んでくる」
「困るな」
「なんでだ?」
「ガルドさんのだから」
「国宝だっつってんだろ!」
また怒鳴られた。
リナが俺の服を引っ張る。
「レオン」
「ん?」
「おじさん、顔赤いよ」
「見ないふりしてあげなさい」
「聞こえてるぞ!」
主人は大きく息を吐くと、剣を持ち上げた。
「……まあいい」
目つきが変わる。
さっきまでの驚きではない。
職人の目だった。
「見たところ、刀身そのものは生きてる。だが魔力炉が死んでるな」
「魔力炉?」
「魔剣や聖剣の心臓だ。魔力を受け取って術式へ流す」
主人が柄を叩く。
「こいつを直すとなると、相当な素材がいるぞ」
「黒曜竜晶ならあります」
「は?」
「黒曜竜晶」
「……今なんて言った?」
「黒曜竜晶です」
主人の顔が引きつった。
「持ってるのか?」
「はい」
「どれくらい?」
俺は考える。
村の広場。
井戸の脇。
畑。
ガルドさんの家。
「……たくさん?」
「具体的に言え」
「村に落ちてます」
「落ちてる?」
「はい」
「黒曜竜晶が?」
「はい」
「その辺に?」
「はい」
「…………」
主人が黙った。
最近、この反応をよく見る。
「現物は?」
「持ってきました」
袋から黒い石を一つ取り出す。
ゴトン。
主人が硬直した。
「お前これ……!」
「黒曜竜晶ですよね?」
「純度は!?」
俺は石を見る。
【黒曜竜晶】
【純度:99.82%】
【魔力含有量:21840M】
【結晶欠損率:0.7%】
【推奨用途:超高密度魔力炉/竜種兵装/空間固定装置】
「九十九・八二パーセント」
「…………」
「高いんですか?」
主人は答えなかった。
両手で顔を覆った。
「帰ってくれ」
「なんで!?」
「俺の常識が壊れる!」
気持ちは分かる。
俺も三日前に壊れた。
「でも、これがあれば修理できます?」
「……足りねえ」
主人は黒曜竜晶を恐る恐る置いた。
「確かに魔力炉の核には十分だ。十分どころか過剰なくらいだ。だが聖剣の刀身と炉を接続する素材がいる」
「月白銀」
主人の動きが止まった。
「……なぜ知ってる?」
「見えるので」
「鑑定で?」
「はい」
主人が怪訝な顔をする。
俺にはいつものことだった。
剣を見る。
【竜断剣アルディオン】
【状態:機能停止】
【修復可能】
【必要素材】
【黒曜竜晶:充足】
【月白銀:不足】
【竜脈炉:必要】
【推奨加工温度:1840~1870℃】
【魔力流入速度:38M/s以下】
その下に、昨日はなかった表示があった。
【追加解析完了】
……ん?
俺は目を細める。
【本来名称:アルディオン試作一号】
「…………試作?」
「どうした?」
さらに文字が現れる。
【分類:対竜試験兵装】
【製造数:12】
【完成品:竜断剣アルディオンⅫ】
俺は黙った。
主人を見る。
「これ、本当に初代勇者の聖剣ですか?」
「だからそう言ってるだろ。柄の紋章も記録と一致して――」
「試作品みたいです」
「…………は?」
「しかも一号」
静寂。
「十二号まであります」
「待て」
「たぶん初代勇者が使った完成品は十二号です」
「待て待て待て」
主人が剣を奪い取る。
「そんな記録はねえぞ!」
「でも見えるんですよ」
「お前の鑑定、どうなってんだ!?」
「俺が知りたいです」
主人は剣と俺を交互に見る。
三百年間、国宝だと思われていたものが試作品だったらしい。
これは黙っておこう。
王都の偉い人が泣く。
「じゃあ、大した剣じゃないの?」
リナが聞いた。
「いや」
俺はもう一度鑑定する。
【推定現存数:1】
【歴史的価値:極大】
【戦闘兵装としての評価:A】
強い。
間違いなく強い。
ただ。
昨日から見慣れてしまったせいだろうか。
どうにも感覚がおかしい。
俺は持ってきた黒曜竜晶を見る。
【素材評価:神話級】
聖剣を見る。
【兵装評価:A】
「……石の方がすごいな」
「何?」
「いや、なんでもないです」
国宝より漬物石の方が希少。
絶対に言わない方がいい。
「とにかく月白銀だ」
主人が言った。
「それがなけりゃ修復は無理だ」
「どこで手に入ります?」
「普通なら王都だな。一欠片で金貨百枚はする」
「そんなに」
「ただ――」
主人が顎を撫でた。
「この辺にも鉱脈があったという話は聞いたことがある」
「この辺?」
「ああ。北の山だ」
俺とリナが同時に顔を上げた。
「北の山って」
リナが指差す。
「あの山?」
窓の向こう。
村の背後にそびえる巨大な山が見える。
俺が《真眼》で見たもの。
【古代竜骸】
【死亡推定:約3200年前】
嫌な予感がした。
「昔、あの山では銀が採れたらしい」
主人は続ける。
「だが百年以上前に鉱山は閉鎖された」
「どうして?」
「鉱夫が消えた」
「消えた?」
「坑道へ入った人間が、誰一人戻らなくなった。それ以来、誰も近づかねえ」
リナが俺を見る。
「レオン」
「なんだ」
「行くの?」
「…………」
行きたくない。
ものすごく行きたくない。
人が消える鉱山なんて、まともな場所じゃない。
しかし。
俺の視界の端に、黒曜竜晶が映った。
【生成環境:高濃度竜属性魔力】
続いて、月白銀。
【生成環境:竜脈周辺】
そして山。
【古代竜骸】
三つの情報が頭の中で繋がる。
「……たぶん、ある」
「何が?」
「月白銀」
問題はそこじゃない。
俺は山を見る。
ずっと疑問だった。
どうして辺境の小さな村に、神話級素材が転がっているのか。
どうして国宝級の剣が薪割りに使われているのか。
どうして、こんな場所に古代竜の死骸があるのか。
偶然だと思っていた。
でも。
本当にそうなのか?
俺は《真眼》を凝らした。
距離が遠すぎる。
普段なら何も表示されない。
それでも一瞬だけ。
山全体に重なるように、見たことのない赤い文字が浮かんだ。
【解析対象――】
文字が乱れる。
【古代竜骸――否定】
「……え?」
表示が切り替わった。
【対象状態:生存】
俺は息を止めた。
山が。
ほんのわずかに――上下した。




